6.5.Side-チャリー-情報収集
街の家屋を通り抜けていく風が甲高い音を立てている。
今日は風が強く、山から吹き下ろしてくるためとても冷たく感じられた。
冬が近づいている証拠だ。
この街も寒波からは逃れられないので、冬ごもりの準備を多くの住民が整えている最中である。
さて、水売りが異変に気付く前に雪が降ればいいのだが。
アオと刃天に共有してもらった話を思い出しながら、チャリーは腰に携えている短剣を取り出してその輝きを確認した。
暇があれば手入れをしている愛用の短剣だ。
少し大きめに作られているので取り回しがしやすい。
静かに鞘に戻したあと、屋根の上に座って今まで調べてきた情報を頭の中で整理する。
この街の名前はテレッド街。
テレンペス王国の領地であり、その中のレスト領の領地に入る。
調べてみたところ街はレスト領領主のカノベール家が支援、管理しているようだ。
この街のトップはカノベール家に仕えているリテッド男爵。
領地を任されているということは信頼も厚いのだろう。
一度リテッド家が住まう屋敷を覗いてみたが、それ相応の大きな家だった。
上手く街を管理しているようで、新築の家を建てている最中だったが……随分余裕はあるのかもしれない。
なにせそこら中で建築がされている。
住民の住居や施設などを大きく改良しているようだった。
しかし最前線ではあるはずなのに、防衛設備はほとんどない。
敵意を見せないためだろうか?
普通に街としての機能は充実しているし、ダネイルから訪れた旅人や商人が居なくても問題はなさそうに感じた。
中立を維持したいのだろうか?
だがダネイルが本気で攻めてきた時、真っ先に攻められるのはこの街だ。
「ううん……何でだろう?」
ここまで発展しているのだから、敵が攻めて来たとしても放棄することはあるまい。
それとも……冒険者や兵士の質に相当自信があるのか。
見たところそこまで戦力が充実している風ではなかったのだが。
とりあえずこの辺りのことを調べたい。
最も効率的なのはリテッド家に侵入して多くの情報を手に入れることだが、正直面倒くさい。
潜入は骨が折れるのだ。
「ま、でもいかないわけにはいかないかっと……。手ぶらで帰ったらアオ様に叱られちゃいます」
トッと屋根を蹴って隣の屋根に飛び移る。
明らかに届かないような場所でも『実体移動』を使って瞬時に移動し、いつの間にか屋根に足を着けていた。
これを続けていればすぐにリテッド家にまでたどり着く。
誰にも気づかれていないことを確認しながら、少し離れた場所で屋敷の光を眺める。
多くの部屋の窓からは光が零れていた。
チャリーの魔法があれば潜入など簡単なのだが、入った瞬間人と鉢合わせないように暗い部屋を選ぶのだ。
さて、この屋敷から何か得られることはあるだろうか。
布で口を隠し、片手に短剣を持ったまま屋敷へと侵入した。
◆
「なんもなかった……!!」
屋敷の全てとまではいかないが、会話、資料、書斎などをあらかた漁ったが有益な情報は一切出てこず撃沈していた。
確かに事前準備はおろか前知識もなにもなく突っ込んだのではあるが、ここまで大きく空振りするとは思っていなかった。
このままでは帰れない。
しかし開拓を早く進めるには道具が必要不可欠だ。
チャリーの帰還が遅れれば村の開拓にも遅れが出る。
これ以上この街でうろうろしているわけにはいかない。
「くそぉ……手ぶらで帰ったら刃天さんに何て言われるか……! でも……帰るしかないですね……」
肩を落として諦める。
さすがに街の核心に触れる大きな話は簡単には聞き出せない。
そういった繋がりもないのだから。
そんな調子で朝となり、開拓に必要な道具をあらかた購入して村に戻ることにした。
道具を大量に購入したが資金にはまだまだ余裕がある。
これは開拓資金に回そう、と考えながらチャリーは街をあとにしたのだった。
◆
Side-??-
ガラゴロと音を立てながら進む幌馬車が一台、若干整備された道をゆっくり進んでいる。
一見すれば普通の馬車なのだが、そこには大きな違和感が同乗していた。
御者。
彼の服装はピシッとしており見事なもので、誰が見ても高価な衣服であると分かるだろう。
礼儀、マナーなどを全て熟知している執事のようにも感じられる。
そして馬。
良く調教されているのもそうだが、なにより白い馬だということが気にかかる。
普通は茶色の毛並みをしている馬が一般的だが、普通の幌馬車が引かせていい馬ではないような気もする。
更に言えば二名の護衛。
背を伸ばし軽快な足取りで周辺を警戒している女騎士と、常にびくつきながら背を丸めている女騎士。
見事な甲冑に身を包んでおり、所持している槍も新品で太陽の光を反射しているようだった。
庶民が使用するような幌馬車に似合わない御者、馬、護衛が付いているのだ。
どうやら彼らはテレンペス王国の方面からやってきているらしい。
とはいえ長旅をしてきたというわけでは無い様だ。
その証拠に馬の脚もそこまで汚れていないし、幌馬車も比較的綺麗なままである。
そんな折、御者の男が幌馬車の中に声をかける。
「もうすぐ村に着きます。ご挨拶の準備は宜しいですか?」
「……いいと思う……?」
幌馬車の中から返ってきたのは案外若い声だった。
だが言葉の節々には不安の色が見え隠れしているということがわかる。
ここに来る前の出来事が心身を疲弊させているのだろう。
御者は目をつむりながら再び声をかける。
「言いたいことは分かります。私どもも同じ気持ちでここに居るのです。ですからどうかあの憎たらしい御兄弟様を見返すためにもここは一肌脱いでいただきたく……!!」
「お、抑えて……?」
御者の男は相当鬱憤が溜まっているのか、握り拳を鳴らしながら額に青筋を走らせた。
すると護衛をしていた女騎士が貫くような大声で御者を叱る。
「貴様! 経緯がどうであれ主君のご子息を侮辱するのは許されんぞ!!」
「ええ、ええ、分かっておりますとも! しかしあまりにも酷いではありませんか! このような仕打ち、あのような冤罪! 私はそれが許せなくて自らこの任に着きましたよ、ええ!!」
「と、トールさんが怒ってるとこ……初めて見たかもです……」
強く反論されたこともあったのか、それとも女騎士も思うところがあるのか。
小さく息をついてからはそれ以上彼を責めることはしなかった。
だが彼は止まらない。
「お二方はどうなのですか!? 任だから仕方なくついてきているだけですか!? とばっちりもいいところだ、と呆れているのですか!?」
「そんな訳がないだろう! 私とて思うところはある。だがトール、貴様は一度頭を冷やせ」
「わ、私もそれが良いと思います……。そんな顔で村の人に挨拶するんですか……?」
「んぐぬ……! ぬぅ……」
振り上げた拳を下ろすのは難しいが、トールは二人の意見に従って深呼吸をして気を落ち着かせた。
物にでも当たりたい気持ちではあっただろう。
それすら御せるのは彼が本当に優しい性格をしているからだ。
トールという人物を分かっているからこそ、二人は少し強気の説得ができた。
すると、ようやく幌馬車の中にいた人物が顔を出した。
齢10歳程度の少年だ。
真っ赤な瞳と茶色い髪の毛は良く似合っているが、その表情は晴れやかではない。
それでも感謝の念は忘れていなかった。
「ありがとうトール。僕じゃそこまで怒れないや。クティとテナも、嫌だったら帰っていいからね」
「それだけは絶対にあり得ません。ディバノ様、私どもは貴方の騎士ですから」
「そうですよぉ! そんな寂しい事言わないでくださいよぉ……!」
「あはは……ごめんね……」
「はぁ……。それにしても、この三人だけとは……。んん、言いたいことが吐くほど出てきそうです……!」
トールのそんな様子に苦笑いを返すディバノ。
騎士のクティは小さく嘆息し、テナは困った様子で眉を顰めた。
そのまましばらくの間沈黙が続く。
もう少しすればテノ村という村が見えてくるはずだ。
ある程度大きな村であり、近くにはテレッド街もあるので生活には比較的困りはしないだろう。
この一行はテノ村を管理するためにここへと派遣されてきた。
……というのは建前で、どちらかと言えば追放といった形が正しいだろうか。
誰もこの事を口にしないのは互いに気を使っているからだろう。
別に今語るべきことでもないし、その必要性もない。
何にせよ、敵国であるダネイルの国から最も狙われやすい土地の領主になれとのお達しだ。
上手く立ち回らなければならない。
常に死神の鎌が首元に宛がわれているような気分だ。
ディバノがそんなことを考えていると、急に馬車が止まった。
何だろう、と思って耳を澄ませてみるが誰の声も聞こえない。
不安になって幌を捲ってみれば、御者にはしっかりトールが座って手綱を握っている。
どうしたのだろう?
少し不安になって御者の席へと進み、トールの顔を見やる。
彼は口をあんぐりと開けたまま固まっていた。
他二人も同様だ。
滅多に感情を顔に出さないクティが目を見張って動揺している。
ガシャンという音が聞こえたのでバッと振り返ればテナが尻もちをついて槍を手放していた。
三人が見ている方角は一つ。
ディバノも前方をようやく見た。
「……え?」
トールの話ではここに村があるとの事だった。
地図にも記載されているので間違いはないはずだ。
更に言えば“村があった痕跡”が四方に散らばっている。
家屋が崩壊し地面にすりつぶされるようにして埋もれており、育てていたであろう野菜の残骸が腐り果てて変色していた。
大きな戦闘があったのか地面には深い大穴が開いていたり、土が隆起して壁のようにもなっている。
ここが村であるということは間違いない。
だがテノ村は……そこにはなかった。
「……え?」




