6.3.出立
「んで~……? これ……どうするっていいました……?」
「売ってこい」
「んできるかぁ!!!!」
初めてチャリーの口調が崩れたところを見た刃天はカラカラと笑うしかなかった。
彼女は今一つの依頼を投げつけられて怒り心頭中なのだ。
二台の内一台の幌馬車に多くの村民が集まっており、綺麗になめされた大きな毛皮と大きな尻尾を積み込んでいる。
その尻尾はナイフのようになっており、加工すれば武器になるだろう。
ロックブレードベア。
クマに近い姿をしている魔物である。
チャリー曰く簡単には仕留められない魔物であり、冒険者の依頼書でも難易度の高い相手になるらしい。
難易度が高い、つまり報酬も高額。
今回は冒険者ギルドを通していない単独討伐なので報酬金などは貰えないが、毛皮と尻尾は何かに使えるはずだ。
これを隣街に卸してこい、というのがチャリーに言い渡された依頼である。
だがそれを無理だと言い張るのだ。
さて、貴重で狩猟するのが難しい獲物であれば、なおのこと買い手が付くものなのではないだろうか。
と、思っていたのだがどうやら違うらしい。
「足が付くって話ですよ!」
「あしぃ?」
「いいですか!? そもそもロックブレードベアはAランク冒険が討伐する魔物! 頭部にある脂肪は美容効果があるとして貴族に人気ですし、爪、牙、尻尾の刃は加工して武器に! 毛皮はとても貴重でステルスマントになったりしますけども!」
「肉体全てが使えるのか。大したものだな」
「卸に行けば確実に高値で売れますよ!? ですが! ロックブレードベアを狩猟できる人間がいるってだけで注目されるんです! 目、立、つ、ん、で、す!!」
「ああ」
ようやくチャリーの言いたいことが分かってきた。
今この村は水売りから隠れている状況にある。
そこで狩猟難易度の高いロックブレードベアを狩れる人間がその村、もしくはロックブレードベアを卸した街の近辺にいるというだけで注目されてしまうという話だ。
村の位置を教えなければいいとは思うのだが……。
ロックブレードベアを何処で討伐したのか、など聞かれると厄介だし、この近辺に生息域があるとなれば冒険者が捜索に入る可能性もある。
チャリーは小さな可能性全てを排除しておきたいのだろう。
少しでも村の情報が漏洩する行動は控えるべきだと考えているのだ。
刃天は少し考える。
首をゆーっくりと傾けながら思案し、ふいに戻して口を開いた。
「気にする必要あるか? それ」
「話聞いてました?」
短剣を携えている腰に手を伸ばそうとしたチャリーをすぐさま止める。
「まぁまぁ待て待て。いいじゃねぇか、そんな強い奴がいるって噂が立つ分には」
「水売りはこの村の場所を知っています。噂を聞けばすぐにこの村にロックブレードベアを倒せるだけの実力を持つ者がいる、と考えますよ? そうなったら相手も準備してくるじゃないですか」
「させりゃあいいんだよ。俺たちの目的は、それだろう?」
「いやだから…………。あ、ああぁ~……そういうことかぁ……」
チャリーは刃天の言いたいことを理解したらしく、片手で顔を覆った。
この村の大きな目標はこれである。
“敵国に情報提供という裏切り行為を行った事実を挽回できる成果の達成”。
この手段の一つとして、落ちない村、死なない兵士を作り上げて最前線を張り続ける。
刃天は噂を立てさせて水売りに準備させ、強い奴らを呼び込んでそれを返り討ちにし、大きな手柄にしようと考えているのだ。
「クハハ、上等上等」
「はぁ~~~~……。それでとばっちり喰らうのこっちなんですからねぇ……?」
「まぁなるようになる。てことで卸してこい」
「分かりましたよ……」
大きなため息を吐いてチャリーは馬の様子を見に行った。
あともう少しで積み込みも完了するだろう。
今回彼女にこの依頼を任せるのは、相場を知っており、諜報に長けているからである。
これは昨晩アオと話して決めたことだ。
それにしては随分反発されたが、刃天の提案だとしてあるので本音が聞けた。
こうして指摘してくれる存在はやはり大切にしなければならない。
「シュイ?」
「ん……? ロク、どうしたの?」
「シュー」
急にロクが背を伸ばして周囲を気にし始めた。
しばらくすると一点を見つめて動かなくなったので、同じ方へ視線をやるが青い空が見えるだけだ。
あの先に何かあるのだろうか。
少し気になったので村民を一人捕まえて聞いてみた。
「……おい、あの先には何がある」
「え? ええーと……。山です。ですがずっと行くと広大な平原があって海がありますよ」
「ほう? この地は水源が少ないと聞いたが」
「ず~っと先です。それこそダネイルとテレンペスを繋げて横断するくらいの距離じゃないですかね?」
「詳しいな」
「そっちから来たもんで」
昔話はあまりしたくないのか、軽く会釈して作業に戻ってしまった。
ロックブレードベアの頭部にある脂肪の入った樽を運び入れる。
あれは腐らないのだろうか……?
刃天と村民の話を聞いていたアオは、しゃがみ込んでロクを撫でる。
いつもであれば自分から撫でられに行くのだが……今回ばかりは固まって動かなかった。
獣だけが理解できる何かが向こうにあるのだろうか?
「まぁいいか。ではチャリー、頼んだぞ」
「はいはい……。付き添いはいらないんで大丈夫ですからね~! あ、この幌馬車売ってもいいですか?」
「駄目に決まってんだろ」
「むぅ。まぁいいです」
何を考えていたかは知らないが、貴重な馬車なのだからそう簡単には手放せない。
今後大きな獲物を運搬できなくなってしまう。
一種の資源でもあるので大切にしなければならない物だ。
そんなこんなで準備が完了し、出発できるようになった。
馬の様子も問題なかったようで力強く踏み込んで幌馬車を動かし始める。
「チャリー! いってらっしゃーい!」
「必ずやご期待以上の成果を持って帰還しますので!」
「待ってるよ~!」
「ハッ。アオの前じゃ子犬だな」
アオが手を振ると、チャリーも振り返って手を振った。
声が届かなくなるほどまで見送ると、村民たちを集めて会議をするようだ。
全員がアオと刃天に付いていく。
「よし、じゃあ私も一仕事しますかね」
今回の目的はロックブレードベアの素材売却、開拓道具の調達、そして街の情報収集だ。
暫く滞在するかもしれないな、と思いながらチャリーは手綱を操った。




