6.1.Side-??-どこじゃここは
こちら第六章は全16話となっております。
何とか間に合いましたヤッタゼ。
第七章は多分今の調子でいけば間に合います。
では、お楽しみください。
強い潮の匂いが鼻孔を突きあげる。
久しく感じていなかった匂いにはやはり敏感になってしまうのだろうか。
目で見ずとも匂いで、そして肌で感じられる塩っ気の混じった風がここが海であるということを教えてくれる。
今踏みしめているのは砂だろうか?
一歩踏み込むたびに熱された土が飛び散り、灼熱により肉が溶けるような場所ではない。
心地の良いぬくもりがそこにはあった。
だがまだ目を開けるのが恐ろしくあり、にじにじと砂の中に足を潜り込ませる。
するとすぐにひんやりとした感触が襲って来た。
それに驚いて目を開けながら飛び退く。
「おお……! ……つ、冷たい……」
今しがた掘った砂地は白色から茶色に色を変えている。
久しく見ていなかった砂を触り、次に堀った穴に手を入れてひんやりとした感触を楽しんだ。
ぼさぼさで縮れている髪の毛を半分だけ掻き上げ。掻き上げた髪の毛を後ろで結んでいる男。
服装はボロボロだが何枚も重ねて着ているため肌の露出は見られない。
腰には二振りの小太刀が携えられているだけで他には何もなかった。
隈の酷い目をこすり、蓄えた髭を撫でる。
ドロリとしたような不気味な顔立ちをしているが、これは寝不足がたたっているだけだと思いたい。
首を捻って周囲を見渡し、ここがどこなのか正確に把握しようと試みる。
「……地獄にいたはずなのだが……」
どこの地獄にいたのかはよく覚えていない。
ただただ無限に続く苦しみに声を上げていただけの筈だ。
意識を手放そうにも地獄がそうはさせてくれず、死んでも生き返らされて責め苦に合い続ける。
最後にはよく分からないような感覚だった記憶しかないが……明らかにここは平和そのものだ。
赤と黒以外の色を久しぶりに見た。
それだけでなんと心が晴れやかになるものか……。
白い砂浜、青く広がる広大な海。
沖に視線をやれば陽の光を反射させて美しく輝いている。
海の青、空の青、白い砂、茶色い砂。
普通に見ればただ一般的な色だというのに、今の彼にはこれすべてが特別で奇跡に近い物なのだと感じられた。
「……いいな」
いつまでもここにいられそうだ。
とはいえ……この先生きていく為には今すぐにでも行動を起こさなければならない。
己の胸に手を置き、心臓の鼓動がしかと感じ取れることを確認して踵を返す。
今海で何かする為の道具を彼は所持していない。
まずは山に入らなければ。
だが……振り返って唖然とする。
日ノ本といえば四方どこを見たとしても山が見えるはずだ。
海の側だとしても歩いていけばそこそこ近い距離になにかあるはず。
都の中心にいたとしても、だ。
だがどうだろうか。
振り返って目に飛び込んできたのは広大な平原だった。
山は確かに見えるがどれも霞が掛かっており、徒歩数週間はかかる距離にある。
あそこへ到着するには相当な労力が必要だ。
平原で何か使える物が手に入るわけではないだろうし、そもそも平原に何があるかよく分かっていない。
使える物があったとしても、それは長い時間を掛けて加工しなければならないものばかりの筈だ。
何もない生活から一変できるような道具が作れるわけではない。
「……参った……」
がしがしと頭を掻いてため息を吐く。
折角あの地獄から抜け出したというのに、死んでしまったら元も子もない。
ではどうするか……と思案していたところで強い気配を感じた。
だが敵意を向けられているわけではない。
どちらかと言えば……彼が良く知っている存在の気配そっくりだったのだ。
まさかな、と思いながらも確認しないわけにはいかないので振り返る。
そこには赤を基調とした分厚い着物を纏い、赤黒い日本刀を携えている鬼がいた。
「鬼……!」
「成功したようだな」
「……連れ戻そうという魂胆か? それは聞けぬぞ」
「別に連れ戻そうというわけではない。それに、今の私にその力はないし、そもそもここは日ノ本に非ず」
「なに?」
何を言っているのか意味が分からない、といった様子で眉を顰める。
だが鬼の言うことなど信じられようか。
腰に携えている二振りの小太刀へと手を伸ばす。
「待て、私に敵対する意志はない」
「……どうだか」
「まず話を聞け。貴様を解放したのは私だ」
「……地獄の獄卒が? 何故」
「説明しよう」
鬼はその場に腰を下ろし、携えていた日本刀を鞘ごと抜いた。
右側にそっと置いて男を見上げる。
「鷹匠。まずは話を聞いてほしい」
久しく呼ばれていないその台詞に、男は目を見開いた。




