5.16.Side-地伝-落とされどただでは落ちぬ
第五章はこれにて完結です。
この時点で第六章未完成です何やってんだお前死ぬ気で頑張れ。
何とか間に合うよう頑張ります
霧が晴れると、そこは三途の川だった。
陸地が見えた途端地伝は舟を強めに蹴って跳躍する。
「おおおおっととっとと!? ちょちょいやめなせぇやぁ!」
「すまぬ死神!」
振り返ることもせずそう言い残し、陸地に着地した瞬間足に力を込めて地面を蹴り飛ばす。
あっという間に見えなくなった地伝の背中を呆れるように眺めていた死神は、舟に異常がないか確認する。
どうやら無事だったらしいのでほっと息を吐いた。
鬼の本気をこの目で見られるとは。
この生業も存外悪いものではないのかもしれない。
「顛末は二柱に伝えるとしょうかね」
だが今日は疲れた。
舟をゆったり漕いで船着き場に寄せ、ごろんと寝転がる。
今日の仕事は……明日の己がなんとかしてくれるだろう。
◆
大急ぎで沙汰の間へ戻った地伝は肩で息をしていた。
ここまで長い間本気で走り続けたのはいつぶりだろうか。
掌で額に浮き出た汗を拭い取る。
そんな様子に驚いている閻魔は、一人の側近と仕事をしている最中だった。
彼女もまた鬼であり、地伝の文を見た閻魔が急遽選んだのだろう。
上司である地伝の姿を見て目を見張っている。
「ぜぇ……ぜぇ……閻魔様……! 至急……お伝えしたいことと……お願いが……!」
「お前がそこまで取り乱しているとは珍しい……。どうした、なにがあった」
聞く耳を持ってくれたことに安堵し、何度か深呼吸をして息を整える。
心臓がまだ痛むが痩せ我慢しつつ言葉を震わせないようにして吐き出す。
「刃天を……この世に戻していただきたく……!」
「なに?」
閻魔の表情が一変した。
疑念と怒り、更に失望が混じったような顔になる。
これは……側近も同様だ。
「地伝……貴様……。亡者に情でも湧いたか!?」
「!? ゲホッゴホゴホ……! な、なにを……!」
「失望しましたよ地伝さん。閻魔様、異なる世に向かわせた亡者の担当は私が引き継ぎましょう」
「うむ」
「ちょっと待ってくれ……!」
話す順番を間違った。
地伝は腹に力を入れて弁明する。
「違うのだ! 異なる世の神々は戦を引き起こし、魂を使って世と世の境目を曖昧にし……ここ世の文化を得るつもり! 『幸喰らい』はこれを拒んでいる! 故に──」
「ええい、黙れ黙れ! そのような妄言聞きとうないわ! 亡者に絆されおって……! 地伝! 貴様に沙汰を下す!」
「は!?」
握っていた巨大な杓子を掲げ、風を斬る程の勢いでビシッと地伝へ向けた。
「地獄及びこの世から追放する! 異なる世にて足掻くがいい!!」
「話を聞け閻魔ぁ!!」
「沙汰は下された!」
「んぐっ!!?」
閻魔が片手に力を入れる。
途端、地伝に強い重力がのしかかった。
鬼の力をもってしても抗うことのできない荷重がのしかかり、その場から完全に動けなくなってしまう。
これは一種の拘束の術だ。
抗われては困ると思って閻魔は最初にこれを唱えたのだろう。
だが指一本動かせないというわけではない。
その場から移動することは不可能だが、他の箇所は動かせる。
とはいえ腰に携えている日本刀を抜くことは出来なさそうだ。
なにかできることはないか、と歯を食い縛ってこの重力に耐える。
まだ……話は聞いてくれるか……?
「話を……聞け貴様らぁ……!!」
「恵欄。やれ」
「はっ」
恵欄と呼ばれた女の鬼は懐から短刀を取り出す。
この地からの死を持って沙汰を下されるのだ。
これは地伝が刃天に何度もやっていた事なので、最もよく知っている。
二人は既に聞く耳を持っていない。
それに抵抗したとしても時間の問題だろう。
恵欄の実力は地伝もよく知っているし、このような負荷がかかった状態で抵抗できるような相手ではない。
このままでは、確実に沙汰が下される。
(……! クソ、どうにもならんか! であればぁ……!)
地伝は力を振り絞って背を伸ばし、直立不動のまま印を結ぶ。
小指、薬指、中指を結び、人差し指はピンと伸ばして指先をくっつけ、手を開くように伸ばした親指は天に向ける。
常に左右に引っ張りながら力を籠め続けた。
「!? 地伝、貴様!!」
「この場で……説得できぬならば……! あちらで阻止するのみ……! だがしかぁし!!」
地伝が何かしようとしていることに気付いた恵欄はすぐさま走り出す。
持っていた短刀をしっかりと握り、彼の心臓目がけて飛び込んだ。
だがそれよりも早く、地伝は苦笑いを浮かべる。
自分の体の中に鉄の塊が侵入してくる感触をしかと感じながら、口から血を零して最後の台詞を吐き捨てた。
「ただでは落ちぬ……! 一人、連れていくぞ……!」
「ハッ!」
短刀をねじり、刺さったまま上に持ち上げて地伝の顔面まで切り裂く。
鮮血が飛び散ったと思ったが、その時には既に彼の姿は跡形もなく消えていた。
恵欄は閻魔の方を振り返る。
あの印が何を意味していたのか知らなかったので、彼に回答を得ようとしたのだ。
だが……深刻そうな、それでいて残念そうな表情を見て口が開かなかった。
地伝が今し方までいた場所をじっと見る閻魔。
難しい表情を浮かべ、目を瞑って後悔した。
(すまぬ地伝……。わしではその問いに答えられんし、対処もできん。何も知らぬ者しか、解決できぬことなのだ……。だがなぜあの印を……? お前が罪人になってどうする……)
どこであの印を知ったかは知らないが……あれは解放の印だ。
鬼だけが使うことができるもので、閻魔すら実際には初めて見るものだった。
そもそも地獄の獄卒がそのような物を使う必要はなく、多くの鬼の一族たちの間でひそかに廃れていったものだと思っていたが……。
何にせよ、地伝は刑期を終えていない亡者の一人を解放した。
それを自分の沙汰の中に取り込み同じ世へと向かわせたらしい。
器用なことをする。
さすが長年閻魔の側近として働いてきた鬼だ、と感心せざるを得ない。
だが誰を連れて行ったのか確認しなければならなかった。
閻魔はすぐに立ち上がり、恵欄に指示を飛ばす。
「地伝が亡者の一人を沙汰から解放した。誰が解放されたのか即座に調べを付けよ」
「!? は、はいっ!!」
背を伸ばしながら返事をした恵欄はすぐさま駆けて沙汰の間を後にする。
誰もいなくなったところで一つ息をつき、閻魔は椅子に深く腰掛けた。
なんとか地伝の罪を軽くできないか、と考えたりしてみるがそれは不可能だと自分が一番よく分かっている。
だがなぜ地伝はあの事を知っていたのか。
幸喰らいがどうだとか話していたが、結局最後まで聞くことはしなかった。
他の者たちに聞かせていい話ではないのだから。
しかしこの世を守ろうとして行動したということは分かる。
これがどう出るか分からないが……今は経過を待つことしかできなさそうだ。
「チチ……」
歯を打ち鳴らすような音が聞こえてみやれば、鉄の蟻がこちらに歩いてきていた。
背には巻物を背負っている様だ。
「……鉄蟻か。もしや」
閻魔はすぐにその巻物を手に取り、中身を検める。
そこには亡者が一人どこかに消えてしまったという異常事態の報告が記されてあった。
その名は……。
「面倒な奴を連れていきおって……」
半ば匙を投げる用に巻物を放った。
鉄蟻が慌ててそれを受け止めたが、広がった巻物を綺麗に受け止めることはできない。
潰されることはないが巻物は放り投げられたことによりどんどん広がっていく。
最終的に鉄蟻に覆いかぶさってしまった。
もそもそと動いて脱出し、巻物を丁寧に巻いていく。
巻物の隅には『衣笠義真』という名が記されていた。
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