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【完】異世界にてやりなお死  作者: 真打
第五章 疑念の答え
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5.13.Side-地伝-常世の国


 出雲大社に来たまではよかったが、やはり大国主命には会えなかった。

 はなから期待はしていなかったのでここまでは別にいい。

 しかしまさか少名毘古那神様が常世にいるとは。

 少しでも下調べしてくればよかった、と素直に後悔した。


 出雲大社にいる他の神から教えてもらったことなのでまず間違いはないだろう。

 鬼が訪ねてくるのが珍しいのか、二柱ほど集まってきたが急ぎの用なのでさっさと退散して海へと赴く。


「おい、死神」

「もう用事は終わったんで?」

「まだだ。少し急いた。常世へ連れていけ」

「こりゃ今日一日はあんさんに付き合わにゃならんらしいですなぁ」


 よく分かっているではないか、と鼻で笑ってから舟に乗り来む。

 仔細を聞かずに運んでくれるこの死神船頭は良い奴だ。

 詮索されないのは楽でいい。


 死神が骨の手を持ち上げると、霧が濃くなってからすぐ晴れた。

 気付けば常世の桟橋に到着している。

 慎重に舵を取って細いしめ縄を丸太にくくりつけた。


「降りられますかい?」

「心配ご無用」


 とっ……と舟を蹴って飛び上がり、桟橋に着地した。

 舟は少し沈んだだけで大きく傾くことはない。

 それを見た死神は感心するようにカラカラと骨を鳴らす。


「わかってるたぁ思いますが、長居はしませんよぅ」

「ああ」


 ジャッと砂利道を踏みしめて歩き出す。

 常世は時が完全に止まっている世界。

 黄泉の国などとも言われたりするが、地伝は透き通る風を真に受けて少し身震いした。


 死者の世界だ。

 常世の冷気は凍てつききっており、氷ようで芯から冷える。

 八寒地獄よりも寒いこの空間は鬼であっても長居はできそうもない。

 ……と、いうより生きているもの全てに対してこの世は毒だ。


 冷気の風は確かに流れてくるが、草木はやはり揺れていない。

 死者の時は亡くなった時にピタリと止まる。

 それがこの空間にも写し出されているようだ。

 そのため常世に居続けられるのだろう。


 暫く歩きながら道行く亡霊、もしくは神様に道を尋ねては服を着込んでさらに進む。

 次第に指先の感覚がなくなってきたが……ここまで来て諦めるわけにはいかない。

 刃天も幸が減るかもしれぬのに人を切って確かめてくれたのだ。

 そうさせた手前、それ相応の仕事をせねば。


 少名毘古那神すくなびこなのかみがいる場所は検討が付いた。

 静止している小川に沿って登って行けば、ようやく目的地へと辿り着く。


「居られるか……?」


 カタカタと震えながら、地伝は茅葺き屋根の戸を叩いた。

 明らかに普通の人間が住まう様な大きな家だが、少名毘古那神すくなびこなのかみはとても小さな神だ。

 こんな大きな一軒家に住んでいるとは到底思えないのだが……。


 そう思っていると、ひとりでに扉が開いた。

 どうやら招かれている様だと気付き、静かに戸をくぐる。

 地伝が入れば戸はぴしゃりと閉まった。


「ぬ?」


 戸の奥から火箸を弄る音が聞こえた。

 それと同時に冷え切っていたはずの体が次第に熱を帯びてくる。


「……こりゃ、大層な出迎えで……」

「鬼に常世は厳しかろうに」

「はは。まぁ……そうですが、是が非でも聞かねばならぬことがありまして」

「まぁ上がりなさい」


 では失礼して、と前置きを置いてから草鞋を脱いで板間に上がる。

 戸を開け、更に障子を開ければ囲炉裏が設置してある間が目に入った。

 そこにいたのは小さな小人で、普通の人が使うのと同じ鍋の火を弄っている。

 自分の背丈以上の火箸を肩に担いで地伝を見た。


 彼が少名毘古那神すくなびこなのかみだ。

 年老いた老人の姿をしており、綺麗な着物をぴしっと着こなしている。

 小さいということもあって威厳はあまりなさそうに思えてしまうが、小さいはずなのにやはり大きく見える気がした。

 彼はあの大国主と共に国造りを命じられた一柱……大きな偉業を成した神なのだ。


 失礼があってはならない、と地伝は居住まいを正しながら座る。

 カチコチになっていることに気付いたのか、少名毘古那神すくなびこなのかみはくつくつと笑った。


「そう大層な神ではないのだから、気を抜きなされ」

「何を仰いますか……」

「生きるものすべてを拒むような常世にわざわざ生身で赴いたのだ。鬼である君の方が今は大きく見える。して? 何が聞きたいのか。時間は惜しいのだろう?」


 少名毘古那神すくなびこなのかみはその場に座り、火箸を置いた。

 話が早いのは助かるが良く急いでいることが分かったな、と感心する。

 神様だから全てお見通しなのだろうか?


 ……そういえば手土産も何も持って来ていないことに気が付いた。

 ハッとして背を伸ばすと、少名毘古那神すくなびこなのかみはまた笑う。


「それ程急いでおったのだろう?」

「な、なるほどそれで……。刃天の様だな……」

「じんてん?」

「あ、いや……!」


 言い訳を口にしようとしたが、そうする意味はないということに気付き、慌ててあげた手を下ろす。

 一つ息をつき、本題に入る為視線を少名毘古那神すくなびこなのかみへ向けた。


「……連絡も、手土産もなく訪れて申し訳ありませぬ。是が非でも聞かねばならぬことがあり、ここまで参った次第」

「なにかな」

「『幸喰らい』、異なる世の神について……何か知っておりませぬか?」

「幸喰らいか。それは地獄の沙汰の一つではなかったか? それに異なる世の神か。地獄の獄卒からそのような言葉が飛び出るとはなぁ」

「何か、知りませぬか」


 両の拳を床に付け、少し睨みつけるような形で少名毘古那神すくなびこなのかみを見る。

 生半可な問いではないのだ。

 真剣に答えてもらいたい、と視線で訴えかける。


 すると、彼の目つきが変わった。

 一度だけ首を捻ってから静かに口を開く。


「名は?」

「地伝とお呼びくだされ」

「地伝。他に知っていることを説明してくれるか。何を懸念している」

「……『幸喰らい』の沙汰を下された亡者が、掟を破っても幸が減らぬのです。その者は異なる世に落とされており、異なる世の神が提示した道を歩んでおります。……説明すると長くなるのですが……実は──」

「もうよい」


 少名毘古那神すくなびこなのかみは片手を上げて地伝の言葉を止めた。

 喉に蓋をする様に息を止めて言葉を無理やり飲み込んだ地伝は暫く固まる。

 この説明だけで何か分かったのだろうか。

 すべてを理解するには明らかに情報が足りないはずだが……。


 そう思っていると少名毘古那神すくなびこなのかみは顎を撫でる。


「地獄の沙汰である『幸喰らい』、異なる世の神について儂は深く知らぬ。だが久延毘古(くえびこ)なら知っておるやもしれん」

「くえびこ……様にございますか?」

「その場を動くことは出来ぬが、天下のこと如くを知る神である。久延毘古(くえびこ)能登(のと)(石川県)におわす。赴いてみると良い」

「……少名毘古那神すくなびこなのかみの名を言い当てた神様にございますな?」

「左様。次はこの儂が紹介することになるとはな」


 懐かしい話だ、としみじみしながら小さな湯呑みを傾けた。

 ほっと一息付いた後、地伝を見る。


「送ってやろう」

「いや、そこまでしていただかずとも……」

「常世はお主にとって毒だ。船頭のところまでは送ってやるとも」

「で、では……。お言葉に甘えて」

「また顛末を聞かせておくれ」


 パンッと手を叩く音がしたとおもったら、地伝は座ったままの状態で船頭の舟に乗っていた。

 船頭は船首でのんびりと常世を眺めている。


「おお」

「ほぉ!? どっからきなった!?」

「能登へ行け」

「死神使い荒すぎやせんかね……。はいはい……」


 自分の主義なのか、それともなんとなく理解したのか。

 死神はそれ以上深く聞かずに舟を動かした。


 久延毘古(くえびこ)を祀っている神社って結構あるんですよね。

 執筆している時この問題にぶつかりました。


真打「……? 待って? 神社って祀っているだけで大国主命様が神社に聞きに行ったわけじゃないよね……? 久延毘古(くえびこ)様って何処にいて大国主命様どこに聞きに行ったの!?」


 久延毘古(くえびこ)がどこにいるのか……と調べまくったのですが、明確に『ここにいるよ!』って記載は発見できませんでした。

 しかし石川県にある久氐比古神社のことを少し調べていくうちに『石川県鹿島郡中能登町久江に鎮座する』という記載を発見しました。

 鎮座地の久江という地名はどうやら平安時代末まで遡って確認できるらしいですね!

 そんなに古くからあるんだったら最も有力なのはここじゃない……?

 鎮座って『神霊がそこにしずまりいること』って意味だし……?

 と、いうことで能登(石川県)を使わせていただきました。


 出雲(島根県)から能登(石川県)まで移動して少名毘古那神すくなびこなのかみ様の名前聞きに行くの流石神様すぎる。


 ですが諸説あります!

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