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【完】異世界にてやりなお死  作者: 真打
第五章 疑念の答え
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5.9.稽古


 湿気のなくなった森の中で、コーン、コーンという木を切る音が聞こえていた。

 だがその力は弱いのか、それとも使っている道具が原因なのか……。

 木を切る効率は悪く生い茂っている木の葉もそこまで揺れてはいない。

 一体切り倒すのにどれだけの時間を必要とするのか見当もつかないが、今はそれで良かった。


 三人の青年が剣を手に持って巨木に立ち向かっている。

 何度も何度も鉄の剣で木を殴りつけて少しずつ削っていた。

 汗だくになりながら剣を振るい続ける三人の後ろで、刃天は切り倒した木に腰を下ろしているところだ。

 これは彼らに課した一つの稽古。

 更にこれからこの場を開拓するにあたって邪魔な木を切ってもらうという一石二鳥の稽古方法なのだ。


「ラグムはもっと腰を入れろ。リッド、握り方を忘れたか。まずしっかり持て。ローエンは足を開き過ぎだ。閉じろ。脇も締めろ」

「「「はいっ……!」」」


 正直稽古というには随分雑なものだ。

 普通であれば素振りから始めるだろうが、そんな時間はない。

 であればまず剣を振って敵を打った時に耐えられる腕を作らねばならない。


 耐えられる体があれば継続戦闘能力に長ける。

 走ったりして体を作ることも重要だが……刃天は全身を覆う鉄の鎧を見たことがあった。

 そしてエディバンとの戦いで打撃が有効だと知ったのだ。

 これらを対処するためには、武器を叩きつけた際に耐えられる腕が必要。


 それができればあとは実戦で覚えていけばいい。

 模擬稽古でもいいだろう、と考えながら三人の悪い点を指摘しておく。

 薪割の姿勢などで鷹匠からとやかく言われたことを思い出す。

 彼もこのような面持ちでやっていたのだろうか?


 すると、木が傾く音が聞こえた。

 バッと見上げてみればラグムの切っていた木が倒れそうになっている。


「下がれ」

「お、おわああああ!」


 大きな音を立てて大木が地面を叩きつける。

 振動がしっかり足の裏から伝わってきたが、その衝撃で他二人が切っていた木も倒れてしまった。

 これは四人で移動させることができないほど大きなものなので、一旦ここに放置しておいてもいいだろう。

 また準備が整ったらこれらを使って家でも建てればいい。


 三人はその場にへたり込み、肩で息をしていた。

 これは暫くの休息が必要だろうか。


「少し休むか。あとは細い木ばかりだしな」

「……ほ、細い木……?」


 ラグムが周囲を見渡すが、確かに先ほど三人が切っていた木程太くはないが、それでも剣で切ろうとすれば相当時間がかかるものばかり。

 だが……三人はまず手本を刃天に見せてもらった。

 彼はものの数分で木を切り倒してしまったのだ。


 あんなに簡単に切り倒せるのだから楽なものだ、と余裕をこいてみたが実際にやってみるとその難しさと技量の差がはっきりとわかった。

 同じ剣を使っているはずなのにこの違いは何だ、と木を切りながら自問したものだ。


 因みに……剣は既に刃が潰れている。

 切れ味は終わっているが斧も似たようなものなので問題はない。

 ただ重さがないので振る速度、技量がしっかりと試される。


「う、腕が……手が……」

「俺……感覚ないんだけど」

「僕も。手が真っ赤だ……」

「情けねぇなぁ」


 刃天はスッと立ち上がり、一本の木の前に立った。

 丸い柄なので少しばかり握りが変わるが、そこまで大きくは変わらない。

 スッと腕を動かし、腰から肩、肘、手首に力を連鎖させて一撃を叩き込む。

 まずは縦に三回、次に横に三回切って約三十度ほどの角度で切り込みを作った。


 あとはこれを広げていくだけなので単調作業だ。

 そして一定の深さまで行ったら反対側に切り口を作る。

 こちら側はどんどん叩き切って切り口を大きくし続ければ木が倒れてしまう。


 バキバキと音を立てながら一本の木が倒れて地面を揺らす。

 手に持っている剣を軽く回して肩に担ぎ、倒したばかりの木に腰かけて三人を見た。


「鍛錬には丁度いいな」

「……あり得ねぇ……」

「早すぎ」

「うん……」


 唖然としながらそう呟くしかなかった三人は、ぺしゃりと地面に倒れて休息に入った。

 自分が若い頃は寝そべっている暇などなかったぞ、と胸の内で呟きながら欠伸をする。

 まぁ己の経験したことを他者にまで強要するつもりはない。

 鈍らとなった剣を地面に突き刺し、三人の下まで近づいて胡坐をかく。


「お前ら、人を斬ったことはあるか?」

「……あると思いますか?」

「まぁそうだわな」


 その度胸があれば、もっとましな環境に居られてかもしれないのだから。

 力がないと己の口で言っていたし、そもそも戦うという選択肢を除外していたのだろう。


 だがこの先、戦うと決めた以上人を斬る時が必ず訪れる。

 今この話をしても彼らの覚悟には直結しないだろうが、斬る覚悟を持っている者と、そうでない者が戦った時、軍配が上がるのは斬る覚悟を持ったものだ。

 実感を持てずとも、この話だけはしておかなければならない。


「人間を斬れるか?」


 この問いに、三人は口をつぐんだ。

 これは妥当な反応だ。

 間髪入れずに『斬れる』と言わないだけまだ評価できる。


 誰も口を開かないので刃天は更に言葉を繋げた。


「敵対意思を持った以上、斬らねば殺される定めにあると思え。水売りは水魔法の使い手だと聞いた。遠距離武器で人を殺めるものは接近武器で人を殺める者よか覚悟が要らぬ。相手は簡単に殺しにかかるぞ」

「……まぁ、そうですけど……。その時にならないと分からないです」

「俺も」

「僕は……ううん、どうだろう。でもやらなきゃいけないなら、できると思う」


 最後に答えたローエンの頭を刃天は掻き回すように撫でた。


「うっ、う……な、なんですか」

「お前は人を斬れそうだ。残り二人は分からぬがな。いいか、死ぬときは躊躇した時だと覚えて置け。そしてもう一つ教えてやろう」


 悪い教えだということは重々承知しているが、言わないわけにはいかない。

 過去の若い配下のことを思い出し、彼らが口にしたことを三人に教えてやる。


「一人殺めれば次は躊躇しなくなる」


 その台詞にラグムとリッドは悪寒を覚えた。

 だがローエンは首を小さく傾げて疑問符を浮かべている様だ。

 やはり彼は良い兵になるかもしれない。


 しかし……戦える者が三人というのはいささか少なすぎる気がする。

 戦闘員は刃天、アオ、チャリー、そしてラグム、リッド、ローエンの六人。

 村の現状維持を怠ってはならないとはいえ、今後のことを考えれば戦力増強は急務である。


「んで? 他には居ねぇのか戦いたいという奴は」

「あ~、魔法を教えてもらう人が多い感じですね~」


 これにはローエンが答えてくれた。

 どうやらアオの水魔法に感化され、村民はチャリーに頼み込んで魔法の適性を見てもらう場を設けたらしい。

 これで適性がなければこちらに合流するとのこと。


 だが刃天の稽古は既にハードなので、もしかしたらチャリーに教わるかもしれないとの事だった。

 この三人は今すぐにでも強くなりたいがため、刃天にの教えに従うことにしたらしい。

 なんとも健気なことだ。

 ではそれに応えてやらねばなるまい……とは考えずこ奴ら次第だ、と鼻で笑った。


 しかしチャリーに教えを乞う者がいるというのは、ある意味妥当だ。


「チャリーは器量がいいからな。その点でも靡く者は少なくなかろう。だがチャリーは特殊だぞ」

「え、そうなんですか?」

「なんでも光? の元素? とやらを駆使した戦いをする。暗殺を得てとしているのだ」

「「へ~」」


 あまりピンと来ていないのか適当な返事が返ってきた。

 どうやら息も整ってきたようだし、稽古を再開してもいいかもしれない。


「立て。次の木を指定する。切れ」

「「もう!?」」

「分かりましたっ……!」


 ローエンだけが真っ先に立ち上がり、木に立ち向かう。

 その姿を見て感化された二人も気合を入れ直して同じ様に木に近づき、剣を振り上げた。


「ふむ。あとは水売りが来るのを待つのみか。魔法使いはアオに任せよう」


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