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【完】異世界にてやりなお死  作者: 真打
第三章 此処より始まる
33/167

3.8.偽兎


 パチパチと焚火にくべている枝が弾ける。

 ナイフで適当にスライスした鹿肉を炙って火を通し、ある程度色が変わったところでそれを口に放り込んだ。


「……」

「んぎぎぎ……!」


 相変わらずアオは筋張った鹿肉を食べるのに苦戦している様だ。

 だが若いのだから歯はいいだろうし、硬い物でもなんでも食べられる筈だ。

 鹿肉の柔らかいところは刃天が食べる。

 その部位は教えていないので好きなだけ良い部位を食べることができそうだ。


 しかし……こうした質素な食事をしていると、ダネイル王国で食べた料理を思い出してしまう。

 あの料理は美味かった。

 この世はこの世で美味い飯があるのだな、と理解させられた瞬間だ。

 叶うことならもう一度食べたいところだが、さすがに暫くは無理だろう。

 チャリーが料理のできる味方を連れて来ることを願うばかりだ。


(……次に会う人間に気を付けろ……か。ふむ……)


 考えないようにしていても、どうしてもこの問いに辿り着く。

 とはいえ何もできないのが現状。

 もどかしいな、と思いながら焼いた肉を再び口に放り込んだ。


「……んで? そいつは……なんだ」

「んぐ? あ、この子? 可愛いよね」

「シュイシュイ」

「いや、そうじゃなくてだな……」


 刃天はアオの側にちょこんと座っている兎のような生物を見る。

 真っ黒な長い毛並みと、六足の足、そして小さな一本角が生えた生き物だ。

 大きさとしては小型犬ほどの大きさだ。

 ここでは便宜上偽兎と呼ぶ。

 人懐っこいのかアオを見るなり側に寄って眠り始めた。

 しばらくすれば何処かへ行くだろうと考えていたのだが、どうやらアオが偽兎を気に入ってしまったらしく可愛がっている。

 ただで飯が貰えることを察したのか、偽兎もこの場を離れようとはしなくなった。


 アオには非常になついているが、刃天には頭をペコペコと下げるだけで近づきはしない。

 野生の勘という奴なのだろうか。

 相手の実力が分かっているのかもしれない。


 アオが肉を切り取って与えてみれば、前脚を器用に使ってそれを受け取り、鋭い牙が欄列した口を使って食べていく。

 刃天が知っている兎は草食なはずだが、この偽兎は雑食のようだ。

 もちゃもちゃと食べる姿は愛らしくあるが……こんな人懐っこい野生動物がいるとは考えにくい。

 どこかから逃げ出してきたのだろうか……?


 刃天が考え事をしながら偽兎を見ていると、視線に気づいたらしくまた頭をペコペコと下げた。

 この行動は一体何なのだろうか。

 それともこの獣に気を付けるべきなのだろうか……?


「まさかな……」

「刃天! 名前つけてよー!」

「は、はぁ?」


 偽兎を膝に乗せたアオがそう頼んでくる。

 名前など何でもいい、というのが本音だ。

 なんなら『偽兎』でもいい。

 そもそも己が何故獣に名を与えてやらなければらないのか。


「アオが勝手につければいいだろう」

「それじゃ普通なんだよー! ほら、刃天って異国の人でしょ? 異国でよく聞くのがいいなぁ~って!」

「……おいアオ。お前その獣をどうするつもりだ……」

「飼う!」

「抜かせ!」


 頬を膨らませるアオに、刃天は首を横に振った。

 そのような獣を抱えて旅など面倒くさいに決まっている。

 そもそもだ。


「それがどんな獣なのかもわかっていないんだろう?」

「う、うん。僕も初めて見た。本にも載ってなかったと思う」

「いつ牙を剥くかもわからん獣だ。もしやすれば牙や爪に毒を持っているやもしらん。そんなもんが真横にいられちゃおちおち眠ることもできん」

「で~も~……」

「愛嬌に騙されるな。話は終いだ」

「むー」


 モフモフ触れば、心地の良い肌触りが手の平に伝わってくる。

 確かに名も知らない獣ではあるが、アオはどうしても危険な獣であるとは思えなかった。

 なんとか飼うことができないか、と思案を巡らせる。


 とりあえずこの獣を飼うことによって得られるメリットを見つけ出すべきだ。

 可愛らしい姿をしているが、恐らく魔物に近い存在である。

 何かしらの能力を持っていてもおかしくはない。


「ねぇ、君はどんなことができるの?」

「シュイ?」

「何か役に立てたら連れて行ってくれるかもしれないよー?」

(アオめ……諦めていないのか……)


 刃天は横目でそのやり取りを見ていた。

 確かに役に立つのであれば、連れて行ってもいいとは思う。

 だがこんな獣に何ができるというのだろうか。

 とはいえ折角アオが連れていけるように何かを得ようとしているのだから、少しばかりその様子を楽しむことにした。


 偽兎は首を傾げていたが、一つ頷いてアオの膝の上から飛び降りた。


「わっ」

「……? 人の言葉が分かるのか?」


 偽兎は焚火の前に立つ。

 そこから数歩離れて立ち上がった。

 バランスを崩しそうになったが何とか立て直し、安定したところでポーズを決める。

 前脚を大きく広げ、中脚で腕を組み、後ろ足でバランスを取ったのだ。


 このポーズが何かを発生させているのかもしれない、とアオは周囲を見渡したが何もない。

 もしや何かをおびき寄せているのかもしれないと感じた刃天は周囲の気配に注意を払うが……特に何もなかった。


「……」

「……」

「シュイ」

「しゅい、じゃねぇよ。何がしてぇんだこいつは」

「刃天! この子でお金稼げるよ!」

「んなことしてる暇ある訳ねぇだろうが! 立場考えろ立場ぁ!」

「でも人の言葉分るんだよー!? 一回転して?」


 偽兎にそうやって指示を出せば、前脚を下ろしてクルリと回った。

 次にアオが『立ち上がって』と指示を出せば立ち上がり、『鳴いて』といえば『シュイシュイ』と鳴いた。

 どうやら確かに人の言葉は理解しているらしい。

 この小さい脳みその中のどこにそんな奥深い知識が眠っているというのか。


「これでもダメ!?」

「駄目に決まってんだろ!? 何故にこれで良しと言うと思った!?」

「君も一緒に行きたいよね?」

「シュイシュイ!」

「頷くなぁ!!」


 今すぐ捌いて食ってやろうか、と思ったがさすがに人の言葉が分かる獣を手に掛けるのは気色が悪かった。

 大きくため息を吐き、寝転がる。

 飯も食ったし、もう暗いし、あとやることと言えば寝るだけだ。


「んじゃ、俺は寝るからな」

「むぅー。おやすみ……」


 やはり納得のいかないアオは、再び偽兎に向きなおる。

 何か聞かれるのだろうと察したのか、ちょこんと座って顔を見上げた。


「お話しできる?」

(コクリ)

「どこから来たの?」


 すると偽兎は夜空を見上げた。

 アオも釣られて空を見上げるが、今日は雲がかかっている為か星は見えない。

 視線を戻すと偽兎は既にこちらを見ていた。


「空から来たの?」

(フルフル)

「んー、まぁそうだよね。じゃあさ、この辺に住んでたの?」

(コクリ)

「誰かのペットだった? 毛並みとかきれいだし」

(首を傾げる)

「ん? え、何その反応……。じ、実験動物とか……!? それとも売り物だったとか……!?」


 この二つの問いには、どちらも首を横に振るった。

 ペットであるかどうかに対して首を傾げたことがアオはとても気になった。

 ペットであるか微妙な立場にいたということならば……。


「……使役?」

(コクコク)

「あ、使役されてたの!? じゃあ……飼い主は?」

(フルフル)

「もう居ないの?」

(コクリ)

「なるほどなぁ……」


 だからこんなに人懐っこいのか、と納得した。

 人の言葉を理解できるのもその影響なのかもしれない。


 主を失くして彷徨っていた時、アオたちを発見して近づいてきたというところだろう。

 やはりこのまま放置するのは可哀想である。

 偽兎をひょいと持ち上げて膝に乗せ、長い毛並みを丁寧に撫でた。


「……使役されてたってことは、何かしらすごい力を持ってたってことかなぁ? でも見た目可愛いし、本当にペットとして使役してただけかも? うーん、その辺どう?」

「……」


 偽兎はこれに答えなかった。

 そのまま顔を下ろして寝はじめる。


「へへ、んじゃ一緒に寝よっかぁ~」


 抱き上げてから寝袋の中に一緒に入る。

 小動物と一緒に寝るなんて初めてだなぁ、と思いながら目を閉じた。


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