3.2.初めての味方
女の首根っこを掴んでアオの下まで引きずってきた刃天は、それをぺいっと投げ捨てた。
面倒くさい相手だったが、これが味方であるならば大きな助けとなる。
しかしその前にアオ本人に彼女が味方かどうかの是非を問わなくてはならなかった。
そう考えるとこうして気絶させてから運んだのは正解だったかもしれない。
会話をするのが面倒くさくなって気絶させたことは黙っておくつもりだ。
兎にも角にも、アオを起こさなければならない。
しゃがみ込んで肩をゆすってみる。
「アオ、起きろ」
「むー……」
「なんか面倒くさそうな奴が来たんだが、お前こいつ知ってるか?」
「んん……?」
もそもそと起き上がったアオは、寝ぼけまなこな目を擦って刃天が連れてきた女を視界の中に入れる。
最初は誰だか分からなかったようだが、次第に驚きが勝って眠気が吹き飛ぶ。
「チャリー!?」
「お? よしよし、知り合いだったようだな」
アオの反応に恐怖の色は混じっていない。
どちらかというと再会できたことによる喜びが大きいように感じた。
この反応からしてチャリーという女はアオに仕えていた使用人の一人なのだろう。
武芸を嗜んでいる女というのは刃天から見れば珍しい物だったが、この世ではそう珍しい物ではないのかもしれない。
さて、味方だと分かったのはいいが、さすがにアオ本人から彼女のことについて知っておきたい。
視線を送って説明を求めると、それに気付いたようで一つ頷く。
「この人はチャリー。僕の家でメイドと護衛を兼任してくれてた人だよ」
「め、冥途……!? な、なんだその不吉な役職は……」
「不吉……?」
「ああ、なるほど。冥途という暗殺者なのか。この世では忍びのことをそういうのか」
「……?」
まったく見当違いな納得をしてしまった刃天だったが、それを指摘できる人物はこの近くには居なかった。
アオは『また変な事言ってる』と胸の内で呟いたあと、チャリーを起こす。
だが気絶させてしまっているのでそう簡単には起きそうにない。
刃天はチャリーと対峙したことをアオに伝えた。
途中で味方かもしれないという可能性に気付いて気絶させるだけに留めたのだ。
アオは苦笑いしながらとりあえずその配慮に感謝し、チャリーをもう一度起こしにかかる。
何度かゆすって見たり、声をかけて見たりするが……やはり起きなかった。
気絶させた相手がそう簡単に起きてたまるか、とは思った刃天だったが、彼女が起きるまで話が進まない事に気付いてしまった。
別に生き急いでいるというわけではないのだが……この世のことをアオ以上に知っており、更にアオの身に起きたことを詳しく聞けそうな相手だ。
そう考えると今すぐにでも叩き起こして話を聞きたい。
この世の事、そしてアオのことを知ればこれからの動きに方向性が出て来る。
「どうする? 叩き起こすか?」
「ダメだよ。僕たちを探すの大変だったろうし、ちょっとは休ませてあげないと」
「ふむ、アオがそう言うなら従おう」
言うなれば彼女はアオの家臣だ。
ともなれば、己が彼女を叩き起こすのはお門違いだろう。
ここは主人であるアオに任せる。
しかし彼女が目覚めるまで暇な時間が続いてしまう。
食料も以前確保した鹿の肉が残っているし、水も衣類なども奪った魔法袋の中にしっかり入っている。
今すぐに何かを調達する必要はなさそうだ。
やることがない。
だがそこで、刃天はチャリーに目が留まった。
「んー……。アオー」
「なに?」
「こいつと少し戦ったんだが、妙な……魔法だったか? それを使っていたんだ。ありゃ何か知ってるか?」
「どんな魔法?」
「一回斬っても別の所から出て来るっていうやつだ」
「あの魔法!? 刃天よく無事だったね!?」
「あん……?」
アオの方を見やれば、とんでもなく驚いた顔をしてこちらに体を乗り出していた。
どうやらあの技を見切るのは相当難しいらしい。
そもそも初見殺しの魔法に加え、運よく回避できたとしても反応できない攻撃を繰り出すことが可能な魔法になるので、彼女の任務達成率はとにかく高いとのこと。
それはそうだ。
あんな魔法があれば、どんな対象であっても簡単に倒すことができるだろう。
正直言って卑怯である。
とはいえ、長年山の中で過ごしてきた刃天は気配を辿ることに長けていた。
山の中であればその精度は大きく上がる。
これが功を奏したようで、刃天は彼女の全ての攻撃を見切ることができたようだ。
もう少しその魔法について詳しく知っておきたいと思った刃天は、アオに更なる説明を求めた。
どうやらあの魔法は『実体移動』という魔法らしい。
これは特殊元素を使用した魔法で、光の元素を基にして発動できるもののようだ。
つまり……あの魔法は幻覚。
だが気配が斬るまで残り続けていたことが気になった。
こちらについても問うてみれば、あれは『まだ発動していないだけ』だったらしい。
斬られる寸前に『実体移動』を使用して本体を瞬間移動させ、相手の視界外から攻撃を繰り出す。
「む? ということは移動するだけの魔法ということか」
「うん。実体移動に殺傷能力はないよ。光の元素を使ってる魔法だからね」
「ほお~。そういうのもあるのか」
話を聞き終え、納得する様にして頷く。
このチャリーという女……目が良いと見た。
刃天は確実に彼女を斬ったつもりだったが、そこで『実体移動』を使用して本体を瞬間移動させた。
ともなれば、もしかしたらチャリーは刃天の攻撃を見切っていたのかもしれない。
見切れなければギリギリで魔法を使用するなど不可能だろう。
それに発動速度も速い。
ということはそれだけ『実体移動』を使い込んでいるということになるだろう。
だがそこでふと疑問が浮上する。
攻撃を見切ることができるのであれば、それを長所にして受け流したり、斬撃の合間を縫って斬り返すこともできるだろう、と。
とはいえチャリーは女である。
どうしても力量差という壁が立ちふさがってしまう。
見たところ、彼女は細身でお世辞にも力が強そうだとは言えなかった。
ということは、この非力差を回避で補っているのだ。
しかし足は速かった。
己の長所と短所を理解し、己にあった戦闘方法を選ぶことができるこの世では、面倒くさい相手が多そうだ。
「フハハ、この世に武術と魔法に興味が出てきたな」
「刃天は魔法使えなさそうだけどね~」
「惜しいことだ……。はぁ~~~~、一度は諦めたが興味が湧くと如何せん無念に思うものだなぁ~」
そのまま寝転がり、ふて寝をする様にそっぽを向いた。
この世で生きるために魔法というのは必要不可欠なものではないのだろうか。
今度死んだら地伝に何か得られないか聞いてみようと思う。
すると、寝ていたチャリーがもぞもぞと動いた。
「ううん……」
「お? 早かったな」
「! チャリー! チェーリーィー!」
「んん……?」
パチリ、と目が開いた。
一番最初に飛び込んできたのは、今まで探し続けてきた主のご子息である。
即座に理解することができずそのまましばらく固まっていたが、満面の笑みで迎え入れてくれた顔を思い出して飛び起きた。
「エル様ぁ!!」
「チャリー! 久しぶり!」
「本当にエル様!? エル様なんですね!? 本当にエル様なんですよね!?」
「僕だよ!」
「よかった……よかったああぁ……!」
身分をわきまえてか、どれだけ嬉しい再会だとしても抱きしめるようなことはしない。
だが手を握るくらいは許されるだろう。
長く探し続けていた相手を見つけたのだ。
アオもそれに応える様に力強く手を握っていた。
再会の喜びを分かち合っている二人を見ながら、刃天は胡坐をかいた状態で頬杖を突き笑っている。
これはお家再興に向けた大きな一歩だ。
ここからどうなっていくか……今から非常に楽しみだった。
するとチャリーがこちらに気付いた。
バッと振り返って見せた顔は、この世の者ではない何かを見た様な驚愕に満ちた表情を張り付けている。
「うわああああああ!!」
「気付いたか」
「なっななななんなんでお前がああああ!!」
「チャリー。この人、僕の命の恩人ね」
「ええええええ!?」
先ほどまで戦っていた相手が、主のご子息である恩人だとは誰が思うだろうか。
理解することを拒んでしまいそうなアオの説明に、チャリーはあたふたとするだけでそれ以上言葉を発することはできなかったようだ。
刃天は立ち上がる。
片手を腰に置き、片手で軽く挨拶をした。
「刃天だ。よろしくな、小娘」
「……ふぁ……」




