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【完】異世界にてやりなお死  作者: 真打
第二章 下手人
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2.10.冒険者ギルド


 一夜が明けた。

 この世のベッドという物は画期的だな、と刃天は感心していた。

 柔らかい布団を敷くだけであそこまで寝心地が良くなるとは思ってもみなかったのだ。

 本当に久方ぶりによく眠れたが、余り慣れたくない感覚だった。

 これに慣れてしまうと後々大変そうである。


 なにより深く眠りすぎてしまって気配を辿ることができない。

 これでは奇襲を返り討ちにすることができないのだ。

 今まで培ってきた野性的感覚を完全に手放してしまう前に、ベッドでは寝ないということを心から誓った。


「今日からは座って寝るか……」


 昨晩何事もなかったことに安堵しつつ、刃天は栂松御神を握って腰に差す。

 それからまだ気持ちよさそうに寝息を立てているアオを起こした。


「んむぅ……」

「朝だぞ」

「……暗ぁ……」


 部屋の明るさを見て大体の時刻を把握したアオは、もそもそと毛布を被って二度寝に入ってしまった。

 刃天は外を見てみるが、朝日が昇り始めているのでやはり朝である。

 この世の人間は寝坊助なのかもしれない、と一旦諦めることにした。

 窓を開けて明るくなり始める街並みをぼーっと見ながら、少しばかり思案する。


 さて、今日やることは単純だが仕事量は多くなると予測していた。

 まず目下の目的は金銭面の確保である。

 そのため冒険者ギルドへ向かい、登録をして身分証を作ってもらう。

 これができなければ仕事を斡旋してもらうことはできないのだ。


 しかし問題が一つ。

 アオについてだ。

 刃天の素性についてはこの世の誰もが知らない所なので、何を聞かれたってぼろを出すようなことはしないのだが、アオは今追われている身であり身分を隠さなければならない。

 登録が必要な冒険者ギルドがどのようにして身分証を発行するのか分からない今、そこが不安の種になっていた。

 最悪、素性がバレてしまったことのことは考えておいた方がよさそうだ。


 瞳の色だけでも判別されてしまうというのに、書面的な問題で身分がバレてしまうのは厄介だ。

 アオは『多分大丈夫』とは言っていたが……ここだけは非常に不安である。


「……ん?」


 窓の下で誰かが出入りする音が聞こえた。

 見下ろしてみればこの店の店主がやけに周囲を警戒しながらこそこそと移動している。

 明らかに怪しい動きに笑い転げそうになったがなんとか堪えて気配を消し、その行き先だけを目視て追った。

 夜目はそこまで利く方ではないのだが、気配はすべてを教えてくれる。

 だがそれにも限界があり、大きな通りを横断したところで気配はぷっつりと消えてしまった。


 森の中であればもっと遠くまで追跡できたかもしれないが、町の中では難しい。

 だが別に彼が何をしているか知る必要もないし、それを突き止める義理もない。

 パッと忘れることにして立ち上がる。


「アオ~~~~! 暇だからもう行こうぜえええ!」

「むううぅぅう……!」

「あっ。たまにゃ朝稽古してもいいか」


 アオにだる絡みしたところでその考えに至り、一言告げてから部屋を後にする。

 周囲に怪しい気配はないし、この家屋丸ごとくらいであれば常に気を張っていられるので少しばかり離れていても大丈夫だろう。



 ◆



 腰帯をしっかりと結び直し、上半身の服だけを脱ぐ。

 細いが目に見えてくっきりしている傷だらけの筋肉が露わになった。


 宿の裏手にあった井戸を使って水を汲み、それを頭からかぶる。

 ぶんぶんと頭を振るって水けを飛ばしてから用意した剣を握った。

 この剣はあの緑色の異形、ゴブリンの大きな奴が持っていた大きな大剣だ。

 アオと共にゴブリンの巣に行った帰り、ついでだと思って回収しておいたのである。


 技を極めるためであればこの武器は些か大きすぎるし重すぎるのだが、体を鍛えるといった面では丁度いい重量だ。

 力強く柄を握り、グッ~っと持ち上げてブンッと振り下ろす。

 地面すれすれでビタッ……と止めて一つ息を吐く。

 たったこれだけでの稽古ではあるが一振りするたびに汗が噴き出る。


 剣を振るたびに意識が鋭くなり、意識が一つに収束されていく。

 最後の渾身の一撃を持って横凪に振るう。

 これを最後にして剣を地面に突き刺した。


「あっつ……」


 井戸で水を汲んで再び頭からかぶる。

 魔法袋から取り出した手拭いで水気を拭いながら剣を仕舞った。


 空を見上げてみれば既に周囲は明るくなっており、宿の中でアオがもそもそと起き上がってくる気配も感じられた。

 そろそろ戻ってやらなければなるまい。


 服を着直してから戻ってみれば、宿屋の娘であるラルとアオが何やら話をしていた。


「あ、刃天さんおはようございます!」

「なんでびしょびしょなの……」

「森と違って街は気がたるむからな。朝稽古だ」

「『回復水』」


 アオが手の平にポッと作り出したそれが、刃天の中に入っていく。


「どぅおあああ!? おいアオてめぇ! 驚かすなよ!」

「でも綺麗になるよ?」

「その理屈どうなってんだ……」


 ふと手を見てみれば、確かに先ほどよりもさっぱりしているということが分かる。

 残っていた水気も何処かに行ってしまったし、何なら服も新品そのものになっているような気がした。

 そして縮れていた髪の毛が真っすぐに伸びている。

 何年も洗っていなかった髪の毛が本来の姿を取り戻したかのような艶があった。


「なんっじゃごりゃああああ!」

「え、刃天……そんなに汚かったんだ……」

「ぶっ飛ばすぞお前ら」


 その後ろで爆笑している娘もどうしてやろうか、と考えながら綺麗になってしまった髪の毛を弄っていた。

 今までは縮れていたのでそこまで気に留める必要はなかったのだが、真っすぐになったので前髪と後ろ髪が非常に邪魔である。

 だが髪の毛を結ぶ紐も、鋏もないので適当に掻き上げるだけに留めておく。

 若干鬱陶しいが……髪の始末などしたこともないのでこれが限界である。


「はぁー……。まぁいいか。行くぞアオ」

「あ、うん」

「行ってらっしゃい……くふふっ……」


 後ろからまだ笑ってる声に気付きつつもそれを無視し、本日の目的地である冒険者ギルドへと移動する。

 曲がり角を何度か曲がり、大きな通りを辿って行けば一際大きな建物の前に到着した。

 これまた石工技術を惜しげなく使った建造物であり、木材とのバランスが程よく整っている。


 そして周囲には重そうな鎧をしっかり着込んだ冒険者や、布だけで妙な杖を突いている女、そして時々子供まで見える。

 総じて若い者が多いようではあるが、歳を少しでも取っている者は豪奢な武器などを携えていた。

 見栄えを気にしている若者も多いようで、明らかに金がかかっていそうな武具を着込んでいる者もいる。


「……ここは眩しいな」

「王都の冒険者ギルドはさすがに人が多いなぁ……」

「人が多すぎて吐きそうだ。手早く済ませてしまいたいが、大丈夫なんだな?」

「うん、多分」


 その自信はどこから来るのか、と若干呆れたが刃天はようやく冒険者ギルドの中へと足を運んだ。

 刃天はこの世の世界の人間ではないということもあって良く目立ってしまっていた。

 その隣にいる子供もローブのフードをしっかりを被って顔を隠しているので怪しさが漂っているのかもしれない。

 どの道目立ってしまうのならそこまで深く考える必要はなかったか、と刃天は吹っ切れて受付へと向かった。


 冒険者ギルドの新規受付は空いていた様で、すんなりと順番が回ってくる。

 受付嬢は珍しそうな顔をして挨拶をしてきた。


「初めての方々ですね? 本日は登録ですか?」

「僕とこの人の身分証が欲しくて冒険者ギルドに登録をしたいんです。旅の途中でして」

「そうでしたか。ではこちらに触れてください」


 そう言って取り出したのは小さな水晶だ。

 どうやらこれに触れるだけで登録に必要な情報が浮かび上がってくるのだという。


 摩訶不思議なカラクリだ、と思いつつもまずは刃天がそれに触れた。

 すると水晶が一気にどす黒くなる。

 これを見た受付嬢は顔を凍り付かせて硬直し、近くにいた作業員もその水晶の反応を見て手に持っていた道具を全て落とした。


「……あ? なんだ?」

「さ……殺人鬼……!?」

「なんて?」


 なんだか嫌な予感がしてきた。

 刃天は気配を辿って周囲を確認してみると、数名がこちらの異常に気付いて剣の柄を握り込んでいる。

 まさかこんなところで己が標的になるとは。


「じ、刃天……?」

「ちーとばかし、いや、随分やばそうだなぁ……」


 そこで受付嬢が声を発した。


「皆さん! この人、殺人鬼です!」


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