10.3.合流
久しぶりに戻って来た、と周囲の景色を楽しみながら馬車に揺られていた。
その中でチャリーたちはディバノの弟、コルトという子供を世話することになるのだが……。
なかなかやんちゃだった。
ぐずったりはしなかったのだが、馬車を抜け出したり森の中へ走って行ったりと随分苦労させられたのだ。
初めて領の外に出るということもあって楽しくて仕方がないのだろう。
しばらくはチャリーとトールが何とか御していたが、それでもその隙間を縫ってくる。
と、いうことで刃天が一度泣かした。
さすがに刃天としても苛立ちが募っていたし、一度痛い目を見せた方がいいと判断したのだ。
もちろんトールからボロクソに言われたがそんなことで折れるような男ではない。
このままではディバノのような子供に育たないぞ、と言ってやればトールも黙った。
「ったく世話の焼ける」
「流石にやりすぎですよ? 言ってはなんですけど領主のご子息なんですから」
「知ったことか」
「もー」
だがこの一件からコルトは大変大人しくなった。
終止刃天を怖がってはいたが、刃天が『そこに居ろ』と言えばずっと大人しくて座っていたし、どうすれば怒られないか慎重に探っていた様でもあった。
つまるところ、刃天の言うことには従うようになったのだ。
これにより苛立ちもなくなったし、馬車をいちいち止めることもなくなった。
コルトも流石に懲りたらしい。
トールやチャリーとしては納得のいかない教育だったが、結果がものを言ってしまったのでそれ以上の口答えはできなかった。
そんなこんなで開拓村に到着する。
それと同時に、一行は目を瞠る光景を目にする事になった。
「なんっじゃこりゃ……」
「も、門……?」
「鷹匠め……。手始めに家屋ではなく門を作ったか……」
村の入り口には、ずっしりとした柱を基盤とした門が建っていた。
瓦は流石に作れないので木材のみで作り上げられているが、それでも相当な出来栄えだ。
飛び出した骨組みの先には地伝が作ったであろう金物がはめ込まれており、木口が見えな様になっている。
大きさもそこそこで、馬車を二台並べても余裕で通れるほどの大きさだ。
よくここまで木材を運搬したものだ、と感心する。
屋根を見てみれば垂木が見事に並べられており、骨組みが良く見える様になっていた。
瓦の代わりに木の皮を重ねて打ち込んでいるらしく、柱と骨組みは綺麗な材、屋根は木の皮の濃い色がはっきりと分かれている。
色合い、骨組み、景観との両立も見事なもので違和感がない。
「すご……」
「わぁ~……!」
「中はどうなっているかね」
馬車を降りた刃天は、そのまま徒歩で村へと向かった。
山道も整備されているのだが、これは木材を運ぶためにしっかり整備したのだろう。
周囲を見渡しながら歩いていると、ようやく村が見えてくる。
だがこの辺りは特に何か変わっているというわけではなかった。
その代わり木材の良い匂いが村全体を包み込んでいるように感じる。
「おおーい! 誰かおらんかぁー!」
「んー!? おおー! 刃天さん! チャリーさーん! お帰りなさいませぇ!」
刃天の声に反応したのは一人の村民だった。
彼は作業を止めてこちらに全力で走ってきたが、息を整える事を一切することなく笑顔で対面する。
「よくぞご無事で! その様子だとテレッド街は上手くいたようですね!」
「お前らの罪も消えた。ディバノに感謝しろよ」
「本当ですか!? いやしかしディバノ様ももちろんですが、やはり刃天さんたちにも感謝しますよ。アオさんには本当に世話になってますから!」
「まぁ好きにせい。で? あの門はなんだ」
「ああ、あれですか?」
ここからでは見えないが、村民はそちらの方を見やってから説明する。
「衣笠さんが準備してたのはまさにあの門の材料だったんですよ。なんだっけ……。『村の格式を高める』とかなんとか……」
「鷹匠らしい。アオはどこだ。話がしたい」
「アオさんなら木材の水抜きの最中ですよ。すぐに終わると思いますけど」
「では向こうだな」
「ですね。ご案内は……」
「不要。だが馬車と馬を頼む」
「承知しました!」
場所が分かったならば一人でもいける。
今回は刃天とチャリー、トールとコルトの四人で向かうことにした。
そこまで長い期間村を離れていたわけではなかったが、村の開拓は大きく進んでいた。
まず多くの木材が切り出され、切り株の多くが撤去されていたのだ。
その結果畑を耕せる段階になり、数名がクワを振り上げていた。
この村のメインは今のところ木材と果樹だ。
それに加え作物も生産できるようになるとなれば、生活に大きな影響を及ぼすことになるだろう。
まだ村も広げなければならないし、開墾しなければならない場所もある。
今のところ植林の必要はなさそうだ。
「あっちか」
刃天が気配でアオの居場所を察知すると、すぐにそちらへと向かった。
近づくにつれて木の匂いが強くなる。
どうやらここは衣笠が木材加工を行っていた場所であり、そこには大工を含めた数名の若者が木を製材していた。
奥の方では切り出したばかりの木材を運んできた村民がいて、その先にアオが立っている。
アオは運ばれてきた丸太の水分を抜き取ると、伸びをしながら振り返った。
「……ん!?」
「戻ったぞ」
「刃天!」
アオの声を聞いた村民たちはすぐに作業の手を止めて周囲を確認すると、刃天たちを発見した。
彼らも嬉しそうに声を上げて近づいて来る。
「お帰り!」
「皆さんお帰りなさい! そちらはどうでしたか!?」
「テレッド街はディバノが治めることになった。それと同時に、この村の罪も消え去った。ディバノが上手く事やってくれたぞ」
『『『おおー!』』』
この報告に村民全員が歓喜する。
当初の目的とは大きく変わってしまったが、それでもこの村は強くなったし、こうして罪も消えた。
しばらく喜んでいた村民たちだったが、アオだけは未だに難しい表情をしている。
次にしなければならないことを考えている様だ。
こういうところは変わらないな、と刃天は思いながら仕事の話をする。
「アオ。ディバノがテレッド街と水を繋げたいらしい。まさか無理だとは言うまいな?」
「やっぱりそうだよね。僕は全然大丈夫だけど、そっちに回せる作業員がいないよ?」
「テレッド街から出すとのことだ」
「だったら大丈夫」
「次にこいつだ」
刃天はコルトの頭に手を置いた。
コルトはビクリと肩を跳ね上げたが、怒られたわけではないと知って落ち着く。
「その子が水魔法の? あ、片目の色が違う……」
「ディバノの弟らしい」
「へぇー! 僕はアオ! よろしくね!」
「ぅ、よろしく……」
すっかり大人しくなったコルトだったが、兄と年の近い子供を見て少し安堵したようだ。
だからと言って大きく態度を変えるわけではないが、大人ばかりの空間にずっといたので安心した様子を見せた、というところだろう。
トールがアオにコルトの事を詳しく説明し、教育を施してもらうように頼んだ。
これがアオの求めていた人材だったし、この際歳は関係ない。
ただここでずっと暮らしてもらうことになるので、窮屈な思いをしないかが少し不安だった。
しかしそこは村民たち。
アオの後継者がディバノ経由で来るということは予め把握していたので、現在はしっかりした家屋を建築するための木材を集めている最中だったのだ。
そのため今回ばかりは村民たちがアオを引っ張り出して、丸太の水抜きをしてもらっていた。
ついにこいつらもアオを使うようになったか、と刃天は笑う。
これを口に出せば村民たちが慌てだすことは火を見るより明らかなことなので、胸の内に留めておいた。
「ではアオ様。お願いできますか?」
「任せて! じゃあ皆! 一旦ここは任せるね! コルト行こう!」
「う、うん……!」
二人はすぐにこの場から立ち去ってしまった。
今から訓練を開始するつもりなのだろう。
あとはコルトがこの村の環境を維持することができ、水資源の管理ができる様になればアオがここから離れられる。
それから次の作戦に移ることになるだろう。
「暫く暇になりそうだな」
刃天は欠伸をしながら昼寝をする為に歩いて行ってしまった。
チャリーとトールはアオたちについていくようだ。
久しぶりに一人でゆっくりできそうだった。




