9.29.事態の収束
テレッド街は一時的に歓声に包まれはしたものの、すぐに火災の鎮火作業や怪我人の手当て、救助活動などが行われはじめた。
これはレスト領騎士団長のガノフの指示である。
敵兵力を追い出しはしたものの、問題は山積みだ。
彼はディバノに指示されるよりも早く彼は兵士を動かした。
隣でその様子を見ていた刃天は感心する。
ここまで規律の取れていると、兵士はこれだけの目まぐるしい活躍をする事ができるのか、と感嘆したのだ。
それだけガノフが信頼されているという証拠でもある。
そういえば昔の刃天もこんな感じだったということを思い出した。
さすがにここまでの規模ではなかったが、筆頭となって動き回っていた時は誰しもが己の後ろをついて来た。
これも一種の信頼があってこそだったのだろう。
そんな事を懐かしく思いながら、救助活動に当たる兵士たちを眺めていた。
「む? そういえば此度の下手人はどうしたい」
「……はっ」
「お前抜けてんな」
「いやいや! 決して忘れていたわけではない!」
「逃がしてんだろうが」
「い、いや……ぐぅ……」
結果がすべてを物語っている。
己が問い詰めなくてもディバノがやってくれるだろうと思い、この辺で弄るのをやめておく。
とりあえずこの街に来ているディバノと合流するため、刃天はガノフに案内をさせた。
安全が確保できるまで街には侵入させていなかったらしいので、未だに外で待機しているはずとの事。
衣笠は帰ってこなかったが、恐らくこれはわざとだ。
今獣人が急に現れても驚かれるだけなので、ある程度テレッド街が落ち着くまで姿を現すことはないだろう。
あとはどのように彼らの功績をたたえるかだが……。
この辺は己がどうこうできる権利を有していないので任せることにした。
さて、テレッド街の北から西に向かって歩いていくと、安全を確保しつつ厳重な警戒態勢を敷いている部隊がそこにいた。
どうやらディバノを守っている兵士たちらしく、抜刀状態で隊列を組んでいる。
騎士団長のガノフが来た時も若干身構えていたようだが、誰が近づいてきたのかが分かった途端に剣を納めた。
「刃天さーん!」
「おーう。お前、本当にいい家柄だったんだなぁ」
「そうだよ~!」
隊列の中から声が聞こえたと思ったら、トールと共にディバノが馬に乗ってこちらに近づいて来た。
その隣にはクティがおり、彼女も小さな子供を馬に同乗させている。
気になりはしたが今は街のことだ。
現状を伝えておかなければならない。
刃天はガノフを肘で小突いて説明をさせた。
彼もすぐに頷いてディバノの前に立つ。
「お疲れ様。被害は?」
「すべてを把握できているわけではありませんが、見ての通り建造物には大きな被害が出ております。兵士も被害が大きく……」
「リテッド男爵は?」
その言葉を聞いてガノフは一瞬強張った。
だが説明しないわけにはいかないので、苦々しく結果を口にする。
「と、取り逃しました……」
「よっし!」
「ええ?」
「ディバノ様?」
てっきりお叱りを受けると思っていたガノフだったが、ディバノの反応は良好だった。
これにはトールも驚いたらしい。
刃天も最初は分からなかったが、すぐにその理由を看破する。
「はぁ~。証拠はあるとはいえ、こうして行動に出てくれた方が叩きやすいか」
「そういうこと! いやぁ~わざと掴まって無実ですって時間を稼がれるよりはね! こっちの方が僕的には嬉しい! テレッド街の頭が居なくなるわけだからすぐに僕が座れるし!」
「ハッ。したたかだな」
「よぉ~し!」
やる気に満ち溢れたディバノの姿を見て、刃天は小さく笑った。
これから様々な問題を解決していかなければならないが、彼ならうまくやってくれることだろう。
さて、このテレッド街がダネイル侵攻の足掛かりになるかどうか……。
ディバノの手腕が試される。
しかし、刃天はディバノに言わなければならない事があった。
どうで分かることだが、早い事に越したことはない。
刃天ほど軽く口にできる人間もここにはいないのだから。
「ああ、ディバノ。いい知らせと悪い知らせがある」
「いい知らせから」
「獣人は無事に役目を果たした様だ。今は鷹匠がまとめて何処かに隠れているだろう」
「本当!? じゃあ受け入れと周知をしておかないとね……。で、悪い知らせは?」
「テナは死んだ」
この事実に、クティが目を瞠る。
馬の手綱を握る拳に力が入った。
ディバノとトールは笑みを消しただけで、大きく反応はせず小さく頷く。
大方予想はできていた。
いつでも最悪の想定はしていたのだ。
更にいつまで経っても連絡がないこともあり、ディバノはある程度覚悟はしていた。
「……そっか」
「ここより東に進んだダネイル兵の駐屯地に居る。俺たちはここで動く必要があった。故に放置している。……余裕があれば迎えに行くといい」
「うん。教えてくれてありがとう、刃天さん」
それだけ言って刃天は背を向ける。
手を上げて軽く手を振った。
「どうだ。家族をあざ笑えたか」
「いいえ。でも、認められました」
「フッ。上等」
久しぶりに刃天に敬語を使った。
だが、ここはこうすべきだと思ったのだ。
彼に励まされたことをは今でも覚えている。
あの言葉がなければ、抜け殻のようにただただその日を過ごしていただけだっただろう。
あざ笑えたか、など刃天は思っていない。
ただあの時の会話を覚えているかどうか、少しかまをかけてきただけだ。
ディバノはそれを丁寧に否定し、父親から認めてくれたことを報告した。
すると刃天はすぐにその場から去ってしまったが、その背中が多くを語っていたような気がする。
「トール」
「はっ」
「この街の重要人物のリストと補給路や取引なんか全部引っ張り出してきて」
「承知しました」
「ガノフ、クティ」
「「ハッ!」」
「引き続き救助活動を続けて。部隊の被害と街の被害を正確に割り出して」
「「承知!」」
「チャリーさん」
「あら、バレてました?」
屋根の上から降りてきたチャリー。
彼女はテナの所持していたナイフが装備されたベルトをクティに渡し、ディバノに向きなおる。
「衣笠さんと獣人たちを連れてきてください」
「はいはい」
一通りの指示を出すと、彼らは全員がすぐに動き出す。
兵士たちは救助活動もそうだが、復興作業と怪我人の手当て、死体の片付けなど多くの仕事をこなさなければならなかった。
そしてテレッド街の交易状況や資源などの確認もしなければならない。
仕事は山積みだ。
だがディバノはこの街をすぐにでも安定化させるため、多くの指示を飛ばして作業を開始させる。
一息つく間はないが、ふと空を見上げた。
「お父様。やってみせますよ……!」




