9.28.指揮援助
この時、レスト領兵士は苦戦し続けていた。
敵の排除、住民の救出、避難を主に優先しつつ、家屋の鎮火を行わなければならなかったからだ。
純粋にやることが多い。
いくら五千の兵士を使っているからといっても、状況が分からないので無鉄砲に兵士を動かすことしかできなかった。
騎士団長であるガノフはこの事には気付いている。
気付いてはいるが簡単に兵士を動かしていい状況でないことも分かっていた。
だからこそ大きな動きを兵士たちにさせるわけにはいかなかったのだ。
彼は慎重なタイプの指揮官だ。
普段であれば敵の動きを把握して見事な戦場指揮を執って勝利をもぎ取るのだが、このような急を要する戦闘は苦手としていた。
状況が分かれば兵力を自信を持って分散させられるが……。
「くそ……!」
「隊長! どうしますか! 我々だけでも奥に……!」
「ならん! 先ほどの伝令を忘れたか! 二部隊が消えたのだぞ! 敵兵力が分からない……!」
「分かるぞ」
馬の足元から聞こえた声に、騎士はぎょっとする。
そこには異国の男が二人突っ立っていた。
「な、なんだ貴様ら!」
「ディバノの連れだ」
「っ!? う、嘘をつくな!」
「重要なのはそこではない。さて将軍殿。私は戦況を理解しているが、残念ながら兵力を動かしてしまっていてな。手持ちの兵力がおらぬのだ。貸してはくれぬか?」
「は、はぁ!? 何言ってんだおっさん!」
「おい、黙れ」
最後の言葉は騎士団長のガノフだった。
そのことに騎士の一人は驚いて口をつぐむ。
もちろんガノフは警戒している。
だがここまでの接近を許しているのに攻撃してこないということは、敵ではないと漠然と感じていた。
信じていいかどうかはさておき、味方であるということがここで分かったのは大きい。
「……敵の数は」
「ざっと三千。増援に二千」
「ぞ、増援がいるのか……?」
「それを私の私兵で止めている。だが現状は劣勢。単騎で突撃した部隊が各個撃破されている。今南東にいる部隊が殲滅された」
「……!」
「伝令ー! 伝令ー! 第三騎兵部隊から援軍要請です!」
「南東に向かった部隊……」
この男は本当に戦局を理解している。
ガノフはそう確信した。
だが流石に指揮権を渡すわけにはいかない。
「……敵の位置と数を教えてくれ。指揮だけは私がする」
「ふむ。まぁよかろう。南東に千。ここが最も多い。その他は均等に分散している。住宅の多いのは東方面だがな」
「伝令! 第二から第五歩兵部隊を南東に向かわせろ! 第一と第二騎兵部隊は集結させて東に迎え! その後この二つの部隊で敵を挟み込んで殲滅!」
「北側はどうしますか!」
「俺が行く! 第一歩兵部隊と第四騎兵部隊を連れてこい!」
「しょ、承知しました!」
「ほぉ……」
「面白そうだ。鷹匠。俺らも北に行かねぇか?」
「いいだろう」
二人はすぐに走り出そうとする。
だがふと思い出したようで、刃天が立ち止まりガノフに声をかけた。
「ああ、そうだ! 怪我人は殺すなよ!」
「ディバノ様からそう聞いて全軍に通達済みだ! 案ずるな!」
「んじゃはよ来いよ! 先に暴れとく!」
走り去った二人の後ろ姿を眺めながら、こちらも進軍の準備を整える。
指示を飛ばし終わったガノフに側近の騎士が不安そうに声をかけてきたが、もう飛ばしてしまった指揮を変えることはできない。
彼の言葉を信じるしかないのだ。
彼の言うことが本当であれば、兵力の分散の塩梅は完璧だったと自負できる。
粘り強い歩兵を兵力の多い箇所へ仕向け、最も遠い東側に機動力の高い騎馬で急行して殲滅。
あとは残った敵を挟撃して合流させる。
これで一段落するので、次に北側へと向かって来てくれるはずだ。
「我らも動くぞ!」
「了解……!」
兵力を連れて北側へと進軍する。
彼らは道中で避難誘導をしたり、戦える冒険者を戦列に加えながら戦闘が未だに起こっている箇所を鎮圧するために動いた。
進めば進むほど奇襲を喰らう回数が多くなっていた。
だが今回はしっかりとした戦列に加え、部隊も強い兵力ばかりだったのでそう簡単に崩れることはなく、むしろ弾き返して鎮圧する。
やることがはっきりとした彼らはやはり強く、周囲が燃え盛る状況下でも士気を落とさず戦闘を続行し続けた。
これには騎士団長自らが先陣を切っているということもあり、士気が維持され続けているということもあるだろう。
なんにせよ彼らは怒涛の勢いで北側のダネイル兵を殲滅していった。
救助活動も行わなければならなかったが、ここはすぐにガノフが指示を飛ばして兵力を残し、救助活動に宛てる。
この辺りの采配はやはりお手の物だった。
だがいつまで経ってもあの二人の姿が見えない。
どこかでやられてしまったのだろうか。
それとも罠に誘い込まれているのだろうか、と不安になっていた所で一つの家屋の扉が蹴り飛ばされる。
「っしゃああい! 隠れてんじゃねぇよぉ!」
「ひえええ!」
ゴロンゴロンと転がって来たダネイル兵を簡単に殺し、肩に刀を担いで息をつく。
そこでガノフの存在に気が付いた。
「お、遅かったな!」
「先ほどの……」
「敵は敗走したらしい。今鷹匠が確認してる」
「そうか。歩兵部隊の半数を鎮火に当たらせろ」
「はっ!」
兵に指示を飛ばした後、ガノフは馬から降りて刃天と対面する。
無防備の状態だが、彼が襲ってくることはもちろんなく、なんなら目の前で武器に付いた血を拭って納刀した。
「ん? なんだ?」
「味方なのだな?」
「ディバノが呼んだ兵士だろ? だったら味方だ」
「おおーい、刃天。敵はやはり敗走した。……っと、お邪魔だったか?」
「構やしねぇよ」
その辺りくらいだろうか。
テレッド街の各地から歓声が上がり始めた。
それを聞いてこちらにいた兵士たちにも安堵した声が広がっていく。
だがまだ仕事は終わっていない。
この惨状を片付けていかなければならないのだから。
とはいえ今この時くらい喜んだっていいだろう。
ガノフも心底安堵した様子で拳を固めた。
「お二方。本当に助かった。礼を言う。私はレスト領騎士団長のガノフ・トレバー。貴方を信じて良かった」
「逆によく信じたものだな。私は衣笠義真だ。衣笠と呼べ」
「俺は刃天。性はねぇよ」
「衣笠殿に刃天殿か。本当に助太刀感謝する。して、ディバノ様とはどういった……」
「だから連れだっての。お前らが放り出したから俺らが世話したんだ」
「そうだったか……!」
「んでディバノはどこにいるんだ?」
「後衛部隊に守らせている。まだテレッド街に入ってはいないはずだ」
「そうか」
「ではこちらも兵を戻さねばな」
衣笠がそう言うと、彼はそそくさとその場を去ってしまった。
もう少し話したいと思っていたガノフだったが、この時は諦める。
彼にも私兵がいるのだ。
指揮官としての仕事を邪魔するわけにはいかない。
「……なぜ指揮官が単騎で活動を……?」
「あん? ああ、鷹匠の兵士の事か? いやあいつの持ってる兵士十人しかいねぇし」
「え?」
何を言っているのかさっぱり分からなかったガノフだったが、彼は後に対面する獣人を見て腰を抜かす結果になるのだった。




