9.23.時間稼ぎ
飛び掛かってきた兵士の一撃を半身で躱し、鎧の隙間を縫って切っ先を見事に差し込んだ。
やはり兵士の装備は充実しているため倒すにしても工夫が必要だった。
だが殺害によって何かが変わるわけではない。
恐らく今回も幸が減っていないのだろうと推測できる。
であれば容赦することなどあるものか。
刃天は一人を殺した勢いをそのままに集まった兵士に突撃する。
大振りで迎え撃った敵の斬撃を軽く受け流して懐に入り、柄頭で顔面を殴ったと同時に真横にいた敵に向かって奇襲を繰り出した。
予想外の攻撃というのは対処を鈍らせる。
比較的装備の薄い兵士から仕留める事を優先し、一分足らずで集まったばかりの兵士半分以上を切り伏せた。
残りの敵はチャリーが対処してくれたらしい。
一応一段落。
ピッと血振るいをしてから布で拭い取り、納刀する。
さて、そろそろ増援が一人こちらに来るはずだが……。
「来たな?」
「敵ですか?」
「いいや、違う」
「おお~い、刃天~!」
大きな声を張り上げてこちらに近づいてきたのは、何と馬に乗った衣笠だった。
「衣笠さん!? どうしてこちらに!?」
「れのむ? って奴から策を聞いたぞ! 和装を着た人間が時間稼ぎに良いらしいではないか!」
どうやら衣笠はレノムと合流してこちらの作戦を伝えることに成功したらしい。
彼女が村まで戻ったということは、増援が近くに来て動きを見せたということを意味する。
「ハッ。てこたぁ……」
「二刻半」
「なげぇな……!」
増援の到着時間。
二刻半というのは現代の時間に置き換えると五時間だ。
その間いくらいるともわからないダネイルの兵士を相手にし続けなければならない。
しかしやりようは幾らでもあった。
隠れてやり過ごすという手もあるし、逃げて時間を稼ぐという手もある。
人質を取ってみればそれだけ時間が稼げるし家を燃やせばさらに逃げやすくなるという物。
とはいえ、家屋を破壊するという行為は控えたかった。
その理由はここをディバノが統治するという話になっていたからである。
味方が保有するとなれば略奪は禁止にするというのが一般的だ。
ボロボロになったテレッド街をそのままディバノに渡すというのは気が引ける。
「だが行軍を急かす狼煙にはなる」
「確かにそうだ」
テレッド街で火の手が上がっているとなれば、増援も急いでこちらに向かってくるはずだ。
策としては充分良い案である。
「そんじゃ燃やしてもいい場所はどこだ?」
「いやそんなの普通どこにもありませんけどね? まぁ強いて言うなら裏切者であるリテッド男爵の館ですかね」
「んじゃお前燃やしてこい」
「決断が早すぎますよ。せめて二時間後です。確実に煙が見える所までは来てもらわないと」
「そりゃそうか」
となると、結局二時間はなんとか逃げ回らなくてはならない。
三人もいるのだから何とかなるとは思うのだが、刃天は魔法使いを警戒していた。
そしてこの騒ぎが発生した今、駐屯地に向けて兵士が向かっている可能性もある。
つまり敵の増援が来る可能性も否定できなかった。
稼がなければならない時間は最大五時間。
多少前後するかもしれないし、チャリーがリテッド男爵の屋敷を上手く燃やして狼煙を上げることに成功すれば増援の到着時間は早くなる。
さて、一応これがここで今やらなければならない事だが……。
刃天はふと衣笠に問う。
「地伝は許したのか?」
「地伝というよりイナバ様が許した。この程度では変わらぬ、と」
「そりゃ心強い話だ」
協力的な神様というのは大変心強い。
これで心置きなく戦えるという物。
そこで衣笠が二人に向けて指を立てた。
静かにしてくれ、というゼスチャーだと分かったので二人は口を閉じる。
彼は耳に手を当てて周囲の音を確認しているようだった。
「……うむ。鎧の足音が近づいて来た」
「今把握した」
「ああ、そうだ刃天。手前は兵だけを仕留めよ。イナバ様からの言伝だ」
「……ああ、そういうことか。分かった」
あらかたの説明は聞いているので、これだけで大体理解することができた。
刃天の幸が減らない理由は切った人間が“神の下知に関りのある人間”だったからだ。
何の罪もない人間を切り伏せれば、恐らく幸喰らいは発動してしまう。
これを発動させないためには兵士だけを殺すのが最も良い選択だ。
刃天は衣笠の言葉にしっかりと頷く。
「では参るか」
「お手並み拝見といこう。鈍ってねぇよな?」
「当たり前だ。ではそこで見ていろ」
「え……大丈夫ですか?」
近づいて来た兵士の一団に向かって衣笠は単身で近づいていく。
チャリーの言葉は聞こえたようだが、軽く手を振って問題ないと行動で示した。
これに刃天が付け加える。
「まぁ見てろ。多分お前も勝てねぇから」
「自信はあるんですけどねぇ~」
二人のそんな会話をしっかりと聞きながら、衣笠は敵と対峙した。
使う武器は小太刀二振り。
全身の力を抜いて脱力しながらその場で立ち止まる。
敵の数は四名。
相手の人数が少ないとして在り合わせの人数で向かってきたということがよく分かる。
舐められたものだ、と衣笠は胸の内で呟く。
「居たぞ!」
「二人いないか……?」
「仲間だろ。結局倒さなきゃならねぇのは変わんねぇんだ。やるぞ」
一人の兵士が手の中に火球を作り出す。
衣笠はそれに一瞬目を瞠ったが、そこに一瞬で現れたチャリーが首を掻っ切った。
「余計なお世話でしたか?」
「いや、結構」
衣笠としても魔法の相手は苦手だったので、仕留めてくれて少し安堵した。
これで殴りに持ち込める。
衣笠が一歩進むと吸い込まれるようにして兜の隙間に小太刀が突き刺さった。
誰でも目で追えるような速度ではあったが、兵士は一切反応することができずに眼球を潰された。
「がっ……!!!?」
「おいっ! 貴様……!」
残り二人が一斉に飛び掛かって来る。
衣笠が持っているのは小太刀なので打ち合いは不得手だ。
だからこそすぐに肉薄して相手の戦いにくい懐で勝負を仕掛ける。
ぱっと地面を滑る様に動いて剣を握る腕の中に刃を通す。
それをグイっと持ち上げれば、肘が上がって肩が傾き姿勢が崩れる。
そこを間髪入れずに攻撃して行動不能にさせた。
次に襲い掛かって来ていた敵に負傷した人間を投げつけると同時に接近する。
目の前にスッと現れた衣笠に驚いた様だったが直ぐに反撃した。
だが半身で躱され間合いを取られる。
一拍置いた瞬間、兵士は一切反応することなく衣笠の接近を許し、喉元に刃を突き立てられて絶命した。
小太刀を引き抜くと刃天と同じように布で血を拭う。
「どうだ」
「変わらねぇな……」
「ど、どうして敵が反応できないんですか……!? 衣笠さん、何してるんです……?」
「特に何もしておらん」
「嘘つけ虚実の使い手がよぉ」
「きょじつ?」
首を傾げたチャリーに、衣笠は近づいた。
軽く手刀を繰り出すと彼女はそれに反応して手で防ぐ。
「これが実」
「はぁ」
「これが虚」
「おわっ!?」
気付けば首元に衣笠の手刀が添えられていた。
思わず驚いて一歩下がると、彼は満足そうにして笑う。
「予備動作なかった……」
「まぁそんな感じだ。いつの間にか懐に潜られる」
「そんなに褒めるな」
「褒めてねぇよ面倒くせぇんだよ」
衣笠の強さの秘訣はここにある。
この技を極めることにより普通の日本刀より小太刀の方が相性が良くなったのだ。
相手に反応させることなく攻め、討つ。
地伝に繰り出したのもまさしくこの技であり、衣笠は二歩までであれば気付かれずに距離を詰める事が可能だった。
刃天もこれを衣笠に使われると勝率がグッと悪くなる。
「お二方……。タイマン最強じゃないですか?」
「「たいまん?」」
「一対一です」
「さぁ?」
「どうだかな。で、次はどうする? 身を隠すか、晒すか」
「一度隠すか。雑魚相手にしても面白くねぇ」
「道理だ」
そういうと二人はさっさと歩いて行ってしまった。
刃天が隠れ家を一つ知っているので、そこを片付けて拠点にしようとしているらしい。
チャリーはそんな二人をすぐに追いかけていった。




