第二十九話(第五十九話) 計画
博史は現状分析と今後の予想、そしてその対応について話し始めた。
『まず現状から話そう。この降り続いている雨により、既に世界中の水位は100m以上上がっている。これは世界中の主要な都市の大部分が水没するのに十分な規模だ。』
『・・・洪水対策をしていなければマクラ共和国はとっくに水没しているな・・・。』
モーヴ中将の発言がこの状況がいかに危機的かを物語る。
『うむ、そしてこの水位上昇は彗星・・・いやもはや月と呼んで良いだろう。月に残存する水分量を考慮するとまだもう少し続くだろう。』
『親父・・・あれってやっぱり月なのか?』
『詳しい話はまた追々話そうと思うが、その通りだ。
そしてその水量を計算すると・・・ほぼムー大陸の海面下体積に相当する。』
『それは・・・凄い量になりますね・・・。』
数値に強いアスプロがその規模感に驚く。
『うむ。水位上昇はゆっくり起こっているため、現状世界中の生物が全滅するような事は無く高所へと避難はしているだろうが、このままでいれば生態系は大きく変化し、これまで食料としていた植物なども大半が失われるためこれから生命は大きな選別が行われる事になるだろう。』
博史の話に、一同固唾を飲んで聞き入る。
飢餓による激しい命の奪い合い、住居可能な土地が限られる事による居住地の奪い合い、これから始まるであろう事態を想像し背筋が冷えるのを感じた。
『そしてこれからムー大陸大避難計画を2段階に分けて行おうと思う!』
『2段階?』
『うむ、結論から話すとまずムー大陸全体を儂らの元居た世界に送り込もうと思う。そうする事で水位が下がって生態系は保たれるだろう!』
『えっ!?どうやって・・・ってまさか僕の力が必要と言ってたからブラックホールか!?』
『ご名答!とはいえ、そのままブラックホールで吸い込んだらバラバラになって、かつ今の力ではコントロールもままならんだろうから補助が必要だがな。』
『ちょっと待てよ親父!元居た世界に送り込んだら、ムー大陸の体積分海水の水位が上がって、向こうが今度は大洪水に襲われるんじゃないのか!?』
『よく気付いたな、力。だが心配は無用!この世界と元居た世界の時間軸はズレがあるのだ。
そして今ブラックホールを使って物質を送り込めば、時空の歪みも加味すると儂らの住んでいた時代の約7万年前に送り込まれる事になるだろう。』
『そんなにずれるのか・・・でも7万年前だからって何故大丈夫なんだ?』
『お前は地球の歴史を知らんのか?7万年前がどんな時代か分からんのか?』
『あ・・・氷河期?』
父の意図に気付いた陽子がつぶやいた。
『左様。氷河期は間氷期 (※現代がそうです。)に比べ極地の氷が厚く、海面が100m前後下がるのだ。』
『な、なるほど・・・でもそれって氷河期が終わったらヤバいんじゃないのか・・・?』
『なに、その時にはまたムー大陸をこちらに戻すように仕込んでおけばよいのだ。その頃には今度はこっちが氷河期になってるだろう。』
『なんだかとんでもない規模の環境バランス取りだな・・・。』
『だがヌース殿、今ムー大陸全体が別世界に移動してしまうとなると、こちらの世界の洪水以外の諸問題はどうするおつもりか?』
こちらの世界の住人であるモーヴ中将にとっては当然の疑問だ。
『そんなもん知ったこっちゃない!・・・と言いたい所だがそうも行くまい。
だからこそ2段階での避難なのだよ。順序的にはまずこちらが先にやる事ではあるが、まずはマクラ共和国の中枢部を宙に浮かべる!』
『『何だって・・・!?』』
一同驚嘆の声を上げる。
『名付けて、"マクラ共和国ラピュタ化計画"じゃ!』
『親父ノリノリだな・・・。いや、僕としても古代の太平洋を駆け巡っていた海洋民族ラピュタ人がムー大陸の住人じゃないかとか妄想してたし、空中都市ラピュタなんて興奮しないわけがないけどさ・・・。』
『はっはっは、こういうのはまずテンション上げるのが作戦成功の秘訣だったりするからな!』
『・・・で、具体的にどうやるんだ?』
『力、では尋ねるがこういう時真っ先に考えられる技術と言えば何だ?』
『え・・・宙に浮かせるというとSFなんかだとお約束なのは反重力装置とかか?』
『そうだな。ではそもそも反重力って何だ?それ以前に重力とは?』
『えっ・・・この世に働く力のほとんどが電磁気力で、重力は謎の力だって認識だけど・・・』
『まぁ、そうだな。かつての儂もその謎を追い求めていた。だが、この世界に辿り着き、様々な技術を学び、そしてゼロポイントフィールドで得た知識で儂は全てを知った。』
『えっ、全てを!?』
未知への好奇心が旺盛な陽子が声を荒げた。
『そう、何故重力は他の力に比べて極端に小さいのか?何故超弦理論では重力は閉じた紐でメンブレーンから解放されて自由に動き回れるのか?その一方で重力は時空を歪め、光をも歪める力がある。何故か?
そして何故・・・重力は引き付ける力のみなのか?これが謎を解明する一番の鍵だった。』
『引き付けるのみ・・・。』
僕が何か心の片隅に引っかかった感じを感じるのと同時に、メイが突如として叫んだ。
『因果でしゅ!』
『な、なんじゃ?このちっこいのは?』
どうやら小さすぎて親父はメイの存在に気付いていなかったらしい。
それにしても、メイは鼻息荒くしていきなり何を言い出すんだ・・・?
『全てを引き付けて、繋ぐ力。それは因果に他ならないでしゅ!』
『た、確かにそうかも知れないが・・・そんなふわっとした物なのか・・・?』
困惑する僕を後目に親父がにやりと笑って答える。
『ほほぅ、ちっこいのなかなかやるではないか。正解じゃ!』
『えっ、合ってるの!?』
衝撃の事実だった・・・。




