第二十三話(第五十三話) 君の名は
陽子が一体何者なのか・・・僕が幼少期にホワイトホールから引き出した獣のような耳と尻尾の生えた女の子。
思えば色々と不思議な出来事に巻き込まれてきたが、一番の不思議は陽子の存在なのかも知れない。
当たり前に一緒に育ち、当たり前のように一緒に居た存在。だが、実際には僕は陽子の事を何も知らない・・・。
『あなたは陽子の事をエティと呼んでいましたよね・・・それは実の名前なのでしょうか・・・?』
『・・・』
質問に対しレムリア人は今まで以上に時間を置いて答えた。
『・・・はい。陽子さんの本当の名前はエンテュメイシス。・・・天上人です。』
『天上人・・・? レムリア人ともまた違うのですか・・・?』
『・・・住んでいる場所は違いますが、さほど変わらない存在です。厳密に言えば全ての魂は天上界に在るため、皆天上人とも言えますが・・・。』
『何か決定的な違いがあるんですか?』
『天上界や幽玄界で魂と精神が結びついている状態で在る存在を総じて天上人と呼んでいます。』
『物質化はしてない生命体・・・って事でしょうか。』
『・・・はい、その定義が近しいかと思います。』
『えっ、でも私は物質体がありますよ?』
『それは・・・』
レムリア人は言葉を飲み込み、再び黙ってしまった。
『僕が物質界に引っ張り出したからじゃないのか?』
『でも、それだけだったら今のレムリア人さんのような状態にならない?』
『あ・・・確かに。』
僕らが勝手に憶測を語っているとレムリア人が再び話し始めた。
『・・・エンテュメイシスは天上界で罪を犯し、堕落して物質界へと堕ちたのです・・・。』
『何だって・・・?罪・・・?』
『えっ・・・私、一体何をしたの・・・?』
『それは私からは言えません・・・。今のあなたはその罪から解放されるための、言わば執行猶予状態なのです。』
『もしかして・・・その執行猶予で軟禁状態にされていた陽子を僕が引きずり出したのか・・・?』
『・・・当たらずしも遠からずです・・・。すみません、これ以上の事は言えないです。』
これ以上聞き出すのは難しそうだ・・・とはいえ、何故陽子にはその記憶が無いのか、今物質体を操ってる精神体は一体何者なのか、そしてあの物質体・・・化け物は何が目的でどう止めれば良いのか・・・。
『あの・・・僕らは陽子の物質体・・・あの化け物を滅ぼすための協力要請をするためにここに来ました。』
『!』
『つとむ、その話はモーヴ中将たちを呼んでからの方が良くない・・・?』
反応を確かめるために敢えて話してみたが、やはり何か動揺しているかのような反応だ。
『そうだな・・・。すみません、今この下に船で待機している僕らの仲間を連れて来て話をしたいのですが、良いでしょうか?』
『・・・これ以上ここに刺激を与えたくないですが・・・少人数で短時間であれば応じましょう。』
色々と気になる事はあるが、僕らは一旦船に戻り仕切り直す事とした。
再びウィルに体のコントロール権を渡し、浮上すると一気に飛び去る。
船に戻る途中、僕はどうしても気になって陽子に尋ねた。
「陽子・・・あのレムリア人に陽子の本当の家族や仲間の事を聞かなくて良かったのか・・・? もう一度行ったとしても、もう個人的な事を聞くチャンスがあるか分からないぞ・・・。」
「うん・・・良いよ。私は自分が何者なのかはずっと知りたかったけど、家族はやっぱりお父さんやお母さんやつとむであって他の誰でも無いもの。出身が分かっただけでも大収穫だよ。」
「そうか・・・。」
陽子が咎人である事や、陽子の魂が物質界への影響が大きいとはどういうことなのか?まだ事実を飲み込み切れない僕らはお互いにその事には触れないでいた。
再び雲海を抜け、嵐のような雨の降る海上に出る。
海は広大で船の姿は全く見えないが、ウィルは船員の意思を辿り迷う事無く船へと戻った。
船に着くと、僕らは休む間もなく指令室へと向かった。
「モーヴ中将、只今戻りました。」
「おお、真倉君よく戻って来てくれた。あの後海面が急上昇してな、その衝撃で船が転覆しそうになったがきっと君らが何かを成し遂げた事と関係があるのだろうと思っていたぞ。わっはっはっ。」
モーヴ中将が笑いながらとんでもない事を暴露する。
「えっ、そんな事になってたんですか・・・!?」
「レムリア大陸が物質化して、周辺の確率波が消えた影響かな・・・?」
「それでどうだ?レムリア大陸は見つかったのか?」
「あ・・・はい。」
僕はレムリア大陸にどうやって辿り着いたのか、そしてその場所やレムリア人に会った事ついて話した。
「そうか、それならば予定通りのメンバーでレムリアに向かう事が出来そうだな。それにしても既にレムリア人と会っていたとはな。それなら話は早い、早速案内してもらおうか。」
モーヴ中将は早速伝令を使って関係者を甲板に集めた。
集まったのはレムリア大陸上陸にあたって予め決めていたモーヴ中将、ガラジオ大佐、クラーク牧師、そしてレムリア大陸発見の功労者であるアスプロとその弟子ノルン。
「アスプロさん、オリハルコンと親父の伝言ありがとうございました。おかげでレムリア大陸を見つける事が出来ました。」
「いえ、結局遙か上空であれば、私では到底辿り着くことは出来なかったので・・・。
・・・あの、モーヴ中将。」
「うん?」
「やはり私もレムリア大陸へと行けないでしょうか?
先生からは私がレムリアへと向かうように言われたのです・・・。自意識過剰かも知れませんが、やはり私が行かないといけない気がするのです。」
「うーむ、連れて行きたいのもやまやまだが・・・人数的にどうなんだ?」
「えっと・・・振り落とされなければ極論何人でも大丈夫だとは思いますが・・・。」
『力、精神体状態でのエネルギーであそこまで行くとなると、あと一人が限界です。』
「あ、すみませんウィルからあと一人が限界と言われました・・・。」
「一人追加出来るのであれば問題無さそうだな。」
「あ、あの・・・!私一人で知らない人達の所に置いて行かれるのは無理ですぅ・・・!」
ノルンの発言にアスプロが天を仰ぐ。
「・・・ノルン、こんな時まで我儘言うんじゃありません。」
「で、でも・・・。」
「ははっ、良いじゃないですか。今回私の案内は必要無さそうなので、交代で行ったらどうですか?」
ガラジオ大佐が自ら交代を申し出た。
「え、でも・・・良いんですか?」
アスプロが戸惑いながらモーヴ中将に尋ねた。
「ガラジオの言う通りだな。既にレムリア人との連絡手段と安全が確保されてる以上、交代しても問題無かろう。」
「ありがとうございます・・・!ほら、ノルンも・・・!」
「あ、ありがとうございますぅ~。」
こうしてレムリア大陸上陸メンバーは僕ら以外にモーヴ中将、クラーク牧師、アスプロ、ノルンの4名に決まった。




