第九十三話:シリウス捕獲の作戦書
ひとまず、夜も遅いのでそのまま眠り、翌朝となった。
完全に撒いたとはいえ、もしかしたら追手が来るかもしれないとも思ったけど、一時間待っても来なかったので、まあ来ても起きれるかと思って寝たんだけど、朝まで何も来なかったな。
まあ、あそこで追手を出せたら凄いと思うけど、果たしてアラスはどう動くんだろうね?
シリウス捕獲の作戦書を始め、恐らく不正の証拠であろう書類をすべて持ってきてしまったのだ。これがばれてしまえば、アラスとしては破滅だろう。
恐らくだけど、上には報告しない気がする。そんなことすれば、仮に犯人を見つけて取り返したとしてもその後に罰を受けそうだし。
だったら、自分の力で見つけて内々で済ませてしまった方が圧倒的に楽だろう。
今頃、王様に気づかれないように私兵を町にばらまいてるんじゃないかな。
まあ、犯人の特徴なんて背が低いのと、とんでもない身のこなしをする以外に情報ないから見つかるとは思えないけどね。
「この分なら、アルマさんの家に行っても大丈夫そうなの」
まあ、もしかしたら、俺が到着した日が昨日だし、それを門番に確認されて存在が明らかになるかもしれないけど、あの時って、対応したのはジョンさんだけで、アルマさんも俺も顔は出していないんだよね。
いや、一応アルマさんが乗る馬車だとは言っていたけど、中までは確認されなかったから多分俺の存在はばれていないと思う。
そうなってくると、その関係で俺を補足することは不可能だ。
後の心配事は、俺の顔がアラスに知られていることくらい。その辺は、フードでも被って顔を隠せば問題はないと思う。最悪見つかっても、シリウス関係で王都に来たんだろうと思わせられるだろうしね。
「そう言うわけで、来たの」
「そう言うわけって……ほんとに昨日の今日で盗み出してきたの?」
大丈夫だと思ったので、俺は堂々とアルマさんの家へと向かった。
一応、俺の格好は貴族には見えないからそれで突っ込まれることはあるかもしれないけど、どの家も私兵や雇った冒険者を置いているだろうから、そこまで咎められることはないと思う。
まあ、もし咎められるようなら次からは【シャドウクローク】使って隠れていくとしよう。ちょっと面倒くさいけど。
「お父さんはいるの?」
「いるわよ。それと、お父様の名前はタウナーよ。私は気にしないけど、普通の貴族にそんな呼び方したらぶっ飛ばされるわよ?」
「タウナー様ね。わかったの」
アルマさんに案内されて、書斎へと通される。そこには、なにやら書き物をしているタウナーさんの姿があった。
「おや、アリスじゃないか。昨日の夜決行すると言っていたけど、まさか本当に行ってきたのかい?」
「行ってきたの。これが書類なの」
俺は【収納】から書類を取り出し、机の上に差し出す。
一応、朝に軽く目を通してみたが、結構あくどいことをやっていたらしい。
この国は軍事力が高いようで、それを武器に戦争を吹っかけていたようなのだけど、劣勢になると、時間稼ぎのために平然と相手の国の要人を暗殺したり、通商妨害などをしていたようだ。しかも、それらをうまく別の国のせいにして、突っかかってきたところを論破し、相手に不利な条約なんかを突きつけるらしい。
クリング王国以外はみんなヘスティア王国より小さく、そのせいでちょっとライフラインが絶たれるだけでも辛い状況になるらしい。その結果、しばらく戦争しませんよという誓約を立てさせられたりするようである。
そのおかげか、周りの国々はほとんど防戦一方。たまに暴れてやってくるヘスティア王国を他の国と協力して押し返すのがやっとのようだ。
なんというか、そこまでして戦争して何がしたいんだろうと思う。
戦争って、相手の国が自分より勝っている部分があるから、それを欲しがってするものだよね? 土地の豊かさだったり、特産品だったり、地形だったり、そう言うのが欲しいからやるものだよね?
でも、聞いている限り、ヘスティア王国は戦争している国々と比べると立地はいいし、食料も豊富で、鉱山だってあるようだ。
いったい何が欲しくて戦争しているんだろうか。単純に土地を広げたいのかな。あるいは私怨があるとか。
「……確かに件の書類みたいだね。アルマ、悪いが席を外してくれるかな?」
「私は聞いちゃダメなの?」
「ああ。ここから先はあまり知らないほうがいい。大丈夫、アリスを悪いようにはしないよ」
「わかったわ。アリス、また後でね」
そう言って、アルマさんは退出していった。
人払いするってことは、結構重要な案件ということだろうか。
いや、明らかな不正の証拠があるのだし、当たり前ではあるんだけどさ。
「さて、ざっと見た限り、不正の証拠がぞろぞろ書かれている。君が不正をして書き上げたというわけでもないだろう。一晩でこれを書き上げたとするなら、君は作家になった方がいいね」
「それは褒めてるの?」
「褒めてるとも。いや、どうにか手に入れられないかと苦心していたのに、こんなにも簡単に手に入るとは思わなくてね。よくやってくれた、アリス。礼を言うよ」
タウナーさんの喜びようからして、相当欲しかった書類らしい。
シリウスの書類は俺のためだと思うけど、他の書類は自分が成り上がるための布石にしたかったのかな?
そう考えるとアラスには悪いことをしたと思うが、俺的にあいつはあんまり気に入らないので別に心は痛まない。
タウナーさんのお眼鏡にかなったのならいいことだ。
「今の陛下が戦争推進派になったのは、アラスがそそのかしたからとも言われているんだ。だから、奴が失脚すれば、陛下も目が覚めるだろうと思っている。これはうまく活用させてもらうよ」
「それはよかったの」
「さて、それでは君が気になっているシリウスの情報だけど、これを読む限り、かなり面倒なことになっているようだね」
「そうみたいなの」
あくまでこれは作戦書なので実際にそうなったかどうかはわからないが、内容はこうだ。
まず、爆発事故を装って、怪我人がたくさん出て、各地から治癒術師などを招集しなければ間に合わないような規模で参っているとお触れを出す。
今までのシリウスの行動からして、そんな大規模な事故があれば必ず来る。なので、そこを狙って、再度勧誘し、宮廷治癒術師に収まってもらう。
この時、まだ断るようであれば、少し手荒な真似を使っても構わない。最悪、生きていればいいので、死なない程度に痛めつけて頷かせる。
その後、ある程度真実を交えながら声明出す。これで国民の支持を回復する。
そして、宮廷治癒術師となったシリウスには逃亡を防ぐために奴隷の首輪をつける。これで、シリウスを懐に収め、次の戦争で有利に事を進められる。
……と、そのようなことが書かれていた。
簡単に言えば、嘘で釣りだして、痛い目に遭わせて言うことを聞かせ、無理矢理言うことを聞かせる道具で留めておくということである。
はっきり言って、ふざけているとしか言いようがない。
何が交渉人だ。どこに交渉の要素がある。
確かにすでに何回も断られているだろうし、交渉で頷かせるのは難しいと思ったんだろうけど、それを何とかするのが交渉人だろう。
交渉人とは名ばかりの策士ってことか。いや、こんなの策とも呼べない。
もし本当にこんなことしてるのだとしたら、あの時殺しておけばよかったかもしれないな。
まあ、流石にやらなかったけど、今も心の中ではそんな気持ちが渦巻いている。アリスとしては、殺してもいいと思ってるんだろう。
この気持ちをどこまで制御できるかはわからないけど、できる限り抑えておかなければ。
少し不安に思いながら、拳を握り締めていた。
感想ありがとうございます。
 




