第九十二話:武器盗り
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
どうやらアラスは勝ちを確信している様子だけど、逃げるだけだったらいくらでも方法がある。
単純にこいつら全員気絶させたっていいし、【シャドウウォーク】で影に移動してもいい。
ただ、できることなら穏便に済ませたいという気持ちがある。
だって、これ、書類を盗み出した後は、アルマさんの家に行くわけだけど、その時に追手でも出されたらとても面倒なことになる。
俺が完璧にこいつらを撒いて書類を渡せたとしても、何かしらの理由でそれが明るみになったら嫌だし、こいつらにはできることなら大人しくいておいてもらいたいところ。
ただ、そこまで望むとかなり難しいんだよね。
だって、この書類の使い道って、これを公表してこの国の信頼度を下げ、シリウスが被害者であることを証明するためでしょ?
いや、アルマさんのお父さんとしては別の目的もありそうだけど、国としても、そんなシリウスと最悪な形で別れるくらいなら、アラスを切り捨てて延命を図りそうだし、それならある程度の謝罪をさせた上で、気持ちよく逃げられるかもしれない。
でも、ここまでやる必要があるかと言われたらそんなことはなくて、俺としてはもう二度とこの国に近づかない気持ちでシリウスを連れ出してしまうだけでもいい。
シリウスに酷いことした国なんて許せないし、できれば滅んでほしいとも思うけど、最悪シリウスが無事に連れ出せるだけでも問題はないのだ。
だから、ここで最適解を出す必要はないと言える。
つまり、この場面は俺がどこまでを望むかにかかっているわけだ。
「さあ、君はもう逃げられない。観念して拘束を受け入れろ。それとも、戦うかい? 言っておくが、うちの護衛は皆精鋭揃いだぞ」
理想としては、シリウスを助け出し、さらにシリウスが恨まれることがない形で国民に逃げたことを納得させ、さらに国に何かしらの罰が下ればいいと思っている。
そのためには、とりあえず黙らせるのが一番早いだろうか。
交渉して懐柔されたように見せかけるのも手かもしれないけど、喋ってはいけない以上はそれは無理だ。
やはり、俺にはこうして暴力に訴えることしかできないらしい。
「闘志は消さないか。いいだろう、その勇気に免じて、戦うことを許可してやる。だが、すぐに後悔することになるだろうがな」
さて、戦うとして、どうやって倒すかだ。
ここは室内な上、距離が近すぎる。弓を使うには少し大変だ。
一応、『スターダストファンタジー』の弓はゼロ距離だったとしても弓が撃てないとか威力が減衰するとかはないので、仕様上は撃てると思うけど、実際にやろうとすると凄い窮屈だ。
元々弓自体が体に見合わないほど大きいのに、これではまともに取り廻すこともできない。
そう言うわけで、弓はなしだ。
では何で戦うか? 弓がダメならば、俺の武器はこの肉体しかない。
剣でもあれば【剣術】のスキルがあるけど、生憎持ってないからね。いや、奪えばいいのか? 相手は持ってるし。
「お前達、死なない程度に遊んでやれ」
そうこうしている間に、アラスの命令により警備の人が襲い掛かってきた。
俺はとっさに【ドッジムーブ】のスキルを発動させる。これで回避率は十分に上がったから避けるのは簡単だ。
そういえば、武器は肉体だけとは言ったけど、一応今ならスキルがあるのか。
せっかくだし、試してみようかな。
「【コール・ミカヅキ】」
俺は【シャーマン】のスキルの一つである【コール】で英雄の魂を肉体に呼び出す。
ミカヅキは特殊な英雄で、自分の回避を上昇させ、さらに相手の攻撃を回避した時に相手の武器を奪い取るという効果がある。
ただ、プレイヤーである冒険者はあらかじめ武器を持っていることがほとんどなので、奪ったところで使えず、そのまま地面に落ちることが多い。
一応、それでも相手の武器を奪うわけだから攻撃力を下げられるかもしれないけど、魔物とかの武器を持っていない相手には効果がないので、あまり意味がない。
そう言うわけで、これは相手の武器を奪ってドロップ品を増加させるだけの英雄として、あまり人気はなかった。
でも、こういう場面では結構役に立つんじゃないだろうか?
「はあっ!」
「……」
まず、斬りかかってきた男から剣を奪い取る。
しっかりと握り込んでいるであろう剣を奪うって難しいと思ったけど、攻撃を回避すると自然と体が動き、するりと剣を抜き取ることができた。
続いて襲い掛かってきた槍持ちも同様に、回避すると、まるで体が蛇にでもなったかのようにするりと懐に入り、槍がこちらの手元にやってくる。
あれ、これ結構楽しいぞ?
「な、なんだと……!?」
気が付けば、相手の武器を全部奪い取っていた。
まあ、一度に装備できる武器は武器種にもよるけど基本的に一つなので、奪ったそばから地面に捨てて行っているわけだけど、それでも気が付いたら得物がこちらの地面に転がっているとなれば動揺もするだろう。
武器がなくなれば攻撃力はがた落ちする。いや、【剣術】とか【槍術】とかを前提に戦っているのだから、そもそも攻撃できないか。
素手で戦うとしたら、【格闘術】とかのスキルが必要になってくるのかな? まあ、精鋭だっていうならそんな人はあんまりいなさそうだけど。
「あの一瞬ですべての攻撃を躱し、且つ武器を奪い取るなんて……貴様、いったい何者だ!?」
「……?」
喋るわけにはいかないので、きょとんとしたように首を傾げておく。
さて、武器がなくなった以上、戦いを続けることは不可能だろう。
もちろん、俺の下に近寄って武器を拾うというのであれば続けられるかもしれないが、そんなのを俺が許すはずもない。
唯一武器を持っているのはアラスだが、あいつの剣はそこまで強くない気がする。
まあ、仮に斬りかかってきても奪い取るだけだけどね。
「……」
しかし困った。本来なら、ここで勝負はついたから道を開けろ、みたいなことを言えばかっこいいのかもしれないけど、生憎喋ったら正体がばれる可能性があるので喋れない。
そうなってくると、道はいつまで経っても開いてくれないわけで、堂々と通って帰るなんてことはできないわけだ。
せっかくの見せ場だったのに、なんかもったいないな。いや、そんなこと言ってる場合じゃないのかもしれないけど。
「どこの間者だ? クリングか? サラエットか? それともまさか、バーンドか?」
「……」
いや、そんな国の名前並べられてもわかんないよ。クリング王国以外知らないし。
うーん、仕方ない。さっさと逃げてしまおう。
本当は気絶させるつもりだったけど、これだけ力の差を見せつければ下手に追手は出さないと思うし。
そう言うわけで、さっさとお暇させてもらおう。
俺は【シャドウウォーク】で影に潜り、窓の外に見える影へと移動する。
中から「き、消えた!?」みたいな声が聞こえるけど、知ったこっちゃないね。
楽しかったけど、見つかったのはマイナスだなぁ。
俺は最後に持っていた武器をその辺に捨て、少し肩を落としながら宿屋へと戻っていった。
感想ありがとうございます。
 




