第九十一話:小さな罠
今年もありがとうございました。よいお年を。
あれからすべての本棚を調べてみたが、結局隠し金庫は見つからなかった。
なんでだよ。明らかにありそうな配置じゃん。
安直すぎたんだろうか。本棚の裏に何かあるっていうのはお約束な気がするんだけど。
まあ、ないものは仕方がない。そうなってくると、どこを探せばいいかわからなくなってきたな。
「廊下にあった絵画の裏とかを片っ端から調べるのも手だけど……多分ないの」
そういう、大事なものを隠すのであれば、敵が来る可能性が高い廊下には置かないだろう。
だから、あるとしたらあまり敵が来ず、いざとなればすぐに取り出せるような場所だろうか。
それで思いつくとしたら、寝室かな?
夜であれば必ずいる場所だし、いざという時に持ち出すこともできる。
まあ、敵が来ないかと言われたら家の主人狙いだったら来る可能性は高いけど、そこは警備員任せなんだろうかね。
どちらでもいいけど、そうなると少し面倒だなぁ。
寝室は一応見つけてあるけど、当然ながら家の主人は現在就寝中でその部屋にいる。
少し入るくらいだったら起きないかもしれないけど、流石に金庫を探すとなると起こす可能性もあるだろう。
いくら音に注意して行動したところで、多少の音は立ててしまうだろうから。
うーん、音を完全に消すようなスキル……あるにはあるけど、またクラスチェンジしないといけないんだよなぁ。
というか、潜入するなら【ニンジャ】よりも【アサシン】の方がよかったかもしれない。今欲しいスキルはそっちにあるし。
どちらも隠密に特化したクラスではあるけど、【アサシン】の方が気づかれないという意味では優秀かもしれない。
一応、まだ経験値は残っているからスキルを取ることはできるけど、流石にちょっと使いすぎだから残しておきたい気持ちがある。
いや、経験値稼ぎに徹すればすぐに取り返せる量ではあるけど、なんか気持ち的にね。
前みたいに唐突に必要なスキルが現れるかもしれないし、できることならある程度は残しておきたいから間違ってはいないと思う。
ここは、ばれるの覚悟で突っ込むべきかな。
「まあ、見つかったら大人しく引くの」
書類が手に入らないのは問題かもしれないが、最悪なくてもシリウスを助け出すことは可能だ。
アルマさんの家の協力は得られなくなるかもしれないが、その時は直接逃げてしまえばいい。
俺の速さなら、シリウスを抱えて移動することも不可能ではないはずだ。
まあ、アルマさんに会わせてあげたいっていうのはあるけど……背に腹は代えられないしね。
「さて……」
寝室の前に辿り着き、そっと扉を開ける。
中にはベッドの他、クローゼットやドレッサーなどが置いてある。
割と広い部屋だけど、調べるべきは何かで隠されている壁か床ってところだろうか。
ベッドの主を確認してみると、すやすやと寝息を立てている。どうやら完全に眠っているようだ。
さて、起きないうちに調べてしまいますかね。
「(隠されていそうなのは、この辺かな)」
この部屋にもそれらしい絵画などは飾ってある。
多分、この辺りをどかしてみれば……。
「(ほんとにあったの……)」
まさか本当にあるとは思わなかった。
いやまあ、確かに寝室にあるかもとは思っていたけど、もう少し苦戦すると思ったんだけどな。
金庫は壁に埋め込み式のようで、扉は鉄でできているようだ。
ただ、鍵は南京錠っぽいものと残念な感じである。
これじゃあ、俺じゃなくてもちょっと力の強い人なら簡単に壊せそうだよね。
俺は今一度主が起きていないかを確認した後、南京錠を静かに引きちぎる。
さて、中身は何かな?
「(金貨が大量と、書類がいくつか。多分、この書類がそうなんだろうね)」
試しに書類の一つを確認してみると、シリウス捕獲に関する作戦書だった。
まさか一発目から目当てのものが置いてあるとは、ついているかもしれないね。
残りの確認は後でいいだろう。とりあえず、全部持っていけばアルマさんのお父さんが見極めてくれるはずだ。
というか、あの人なんて名前なんだろうね。結局、名前を聞けずじまいだった気がする。
仕方ないからお父さんって呼ぶけど、それだとなんか自分のお父さんみたいでちょっと複雑だな。
「(それじゃ【収納】にしまって……ん?)」
書類をあらかたしまった時、ふと違和感に気が付いた。
先程まで規則正しく聞こえていたはずの寝息が聞こえないのだ。
そして、背後に感じる気配。俺はとっさに飛び上がり、天井に張り付いた。
「ほう、勘がいいな。単なるコソ泥ではないようだ」
その直後、俺がさっきまでいた場所に剣が振り下ろされる。
いったいいつ起きたんだ? 金庫を開ける直前までは確実に寝ていたはずなのに。
書類に夢中で聞き逃したのがいけなかったか。それに、攻撃してきたってことは【シャドウクローク】も切れてるな。
あれかな、金庫を開け、中の書類を漁るという行為が行動判定になったってことなのか?
【シャドウクローク】は移動の際に隠密状態を維持できるというスキルだが、隠密状態は何か行動するだけで解けてしまう。だから、さっきの行為が行動判定となってしまったなら、解けてしまっても不思議はない。
流石に過信しすぎたか。いやまあ、それでもまだ何とかなりそうではあるけど。
「念のため金庫の鍵に罠を仕掛けておいてよかった。いや、まさかここまで誰にも気づかれずにここに忍び込み、さらに鍵を破壊して中身を漁るような奴がいるとは思わなかったがな」
もしかして、鍵に何かしてた? となると、【シャドウクローク】が解けたのはそっちが原因という可能性もあるな。
そうだとしたら、【トラップサーチ】で気づけていた可能性もある。まじで詰めが甘いかもしれない。
「さて、君は誰だ? 生憎と、心当たりが多すぎてわからないのだがね」
「……」
一応、今の俺の姿は闇夜に溶け込みやすいように黒いローブを纏っている。
忍び込むにあたって、顔は隠しておいた方がいいかと思って、フード付きのものを購入しておいたのだ。
ただ、位置的にあんまり見上げられると見られる可能性もある。スキルのおかげで壁に張り付いているのは苦ではないけど、さっさと降りておいた方がよさそうだ。
「すでに警備には連絡した。すぐにでもこの部屋に入ってくるだろう。君は袋の鼠だ」
「……」
「だが、素直に書類を返し、情報を渡すというなら悪いようにはしない。君にそのような仕事を押し付けた相手は誰だ?」
「……」
ジョークの一つでも返したいところだけど、喋るわけにはいかない。
だって、こいつはあの町で出会った交渉人と同一人物だったからだ。
確か、アラスだっけ? よく覚えていないけど、俺は一度こいつと素顔で会ってしまっている。
顔は今のところ見られていないけれど、俺の特徴的な喋り方を聞けば、思い当たってしまう可能性もあるだろう。
だから、何としてでも喋るわけにはいかない。
「だんまりかい? だが、このままでは君は捕まり、拷問の後に惨たらしく処刑されてしまうだろう。そんなのは君も嫌だろう? ここは私の話に乗っておいた方が賢いと思うがね」
勝ちを確信しているのか、アラスは不敵に笑って見せた。
そうこうしているうちに、部屋に警備と思われる人達が入ってくる。
道も塞がれ、絶体絶命。さて、ここからどうしたものかね。
俺はどう逃げようか思考を巡らせた。
感想ありがとうございます。




