第九十話:潜入開始
遅くなって申し訳ありません。
悩んでいたら、気が付けば夕方になっていた。
やっぱりスキルの取得は時間を取られる。理想のキャラを作ろうとなったら一日や二日簡単に飛んでいくだろう。
まあ、今はそんなに悩んでいる時間はないので、ひとまず風呂を作ることは諦めて、【ニンジャ】へとクラスチェンジした。
【ニンジャ】は基本的に隠密状態で効果を及ぼすスキルと、忍術と呼ばれる特殊な攻撃スキルで構成されている。
アリスも、隠密状態で行動することもあるので、一時は【ニンジャ】になっていたこともあった。
まあ、取ったのは命中率を上げる【ステルスアタック】とダメージが上がる【ヴォーパルスキル】だけだったけど。
今回は、潜入任務をするということで、それらしいスキルをいくつか取っておいた。
例えば、【シャドウウォーク】というスキル。
これは、影のある場所限定ではあるが、瞬間移動ができるスキルである。
影から影に移動するってことだね。暗闇であれば、自由自在に移動できるという便利なスキルである。
ただ、『スターダストファンタジー』においては、判定をせずに戦闘エリアから離脱できるというだけのスキルだったので、あまり活躍の機会がなかった。
戦闘エリアっていうのは、敵と接近して戦っている状態のこと。剣と剣で斬りあっているような状態とでも言えばいいかな。
この状態になると、離脱判定に成功しないと戦闘エリアから抜け出すことはできないのだけど、これによる弊害は範囲攻撃の的になりやすいというだけでそこまでのデメリットはない。
それに、アリスの場合弓による遠距離攻撃が主なので、そもそも戦闘エリアに入らない。だから、あんまり関係ないスキルだったのだ。
もちろん、無理矢理接近された場合には重宝するかもしれないけど、別に接近されても弓は撃てるし、その時はごり押せばいいだけである。
まあ、序盤だったらきついのかもしれないけどね。
他にも隠密状態の時に役に立つスキルをいくつか取っておいた。
忍術に関しては迷ったけど、【忍術・カワリミ】だけ取っておいた。
これはその名の通り、変わり身の術である。効果としては、敵の攻撃が命中した時、そのダメージをなかったことにするスキルだ。
斬られたと思ったらそれはただの丸太だった、みたいな感じだね。
まあ、これはただの保険である。捕まる気はさらさらないけど、もし何かやられそうになったら、これで逃げようって話だ。
とりあえず、これだけ取っておけば万が一にも捕まることはないだろう。余った経験値はひとまず保留にしておくことにする。
これでレベル61か。最初30だったのにもう倍である。
ほんとに、この世界はレベルアップがしやすすぎる。絶対設定間違ってるよこれ。
まあ、俺からしたらありがたいからいいんだけどさ。
「さて、行くの」
スキルも取得して準備は万端である。
俺は耳で辺りに気配がないことを確認すると、宿屋の窓からそっと飛び出していった。
さて、例の交渉人の家だが、どうやら門番はいないようだ。
ただ、耳で気配を探ると、何人かの足音が聞こえてくる。
多分、内部の警備を優先しているのかな? あるいは、たまたま交代の時間だったって可能性もあるけど。
ともかく、門番がいないなら遠慮なく入らせてもらおう。
と言っても、門から入ることはないが。
「よっと……」
家の周りは軽く柵で囲われているが、この程度飛び越えるのは簡単だ。
入ったのは裏庭である。こっちの方が、表よりは警備が薄かったしね。
とはいえ、全くいないわけではないので慎重に行くことにしよう。
「【シャドウウォーク】」
俺は早速入手したスキルを発動させる。
すると、体が沈み込んでいくような感覚がし、視界が薄暗くなった。
なるほど、これが影に溶け込んでいる状態なのかな。
似たスキルの【シャドウクローク】はどちらかというと影を纏うって感じだったけど、こっちは完全に影に溶け込んでいるようだ。
確かにこれなら気づかれずに移動するのは簡単そうである。
試しに、窓の下まで移動しようと思ったら、次の瞬間にはそちらの影に移動していた。
めっちゃ便利じゃん。
「効果的には大したことなくても、実際にやったら凄いスキルなの」
こんなの、夜ならいくらでも忍び込み放題である。
昼間でも、影がある場所はたくさんあるだろうし、使いようによっては高速移動にも使えそうだ。
でも、一応制限もあるようで、影は俺の体が入るくらいの大きさでなければならないらしい。
その気になれば、影移動で人目につかずに移動できるかなと思ったけど、流石に無理そうだ。
夜ならできるかもだけど、それだったら普通に走ったほうが楽だし。
「さて、中に入るの」
耳を使って近くに誰もいないことを確認し、窓を開ける。
鍵がかかっていたけど、それに関しては力技で突破した。
簡単な鍵だったから、俺の筋力ならばちょっと力を籠めればたやすく壊すことができる。
まあ、ちょっと音を立ててしまったけど、近くに人はいなかったようだし、多分大丈夫だろう。
「お邪魔しまーすなの」
窓の先は通路だった。
赤い絨毯が敷かれ、ところどころに壺やら絵画やらがたくさん飾られている。
アルマさんのお父さんによると、この家は一応侯爵家らしい。だから、財力という観点ではかなりあるようだ。
「さて、書斎はどこなの?」
書斎にあるかは知らないが、とりあえずそれがあると仮定してこっそり移動する。
内部に入ったしもう【シャドウクローク】を使っておこう。心の中で唱えると、俺の姿は影に溶け込んでいった。
これで不意に警備員に見つかったとしても大丈夫。最も、俺の耳があれば近づく前に気づくことはできそうだが。
結局、扉の先を調べるスキルはなかったので、調べるのは自力である。こっそり扉を開けて、中を盗み見て、違う感じならそっと閉じて次に移動する。この繰り返しだ。
家の中にはそれなりに警備員がいるらしく、何回か出くわしたが、誰も俺に気が付くことはなかった。
念には念をと思ったけど、大丈夫そうだな。
「次はこの部屋なの」
いくつかの扉を調べ、次の部屋を調べる。扉を開けると、そこはいくつかの本棚が置いてある部屋だった。
どうやら、ようやく当たりを引いたようである。俺は中に入り、さっそく物色を開始することにした。
「シリウス捕獲のための計画書に、今までの不正の証拠……」
部屋にあるのは本棚と机。とりあえず、机の引き出しを調べてみたが、特にそれらしい書類はなかった。
鍵までかかっていたのに、少し残念である。もちろん、鍵は力づくで壊させてもらったが。
やはり、そう言う後ろめたい書類は表には置かないのだろうか。
一応、今までにやってきたであろう交渉の記録的なものは出てきたが、特に大した情報はなかった。
「こういうのって、大体どこかに隠し金庫みたいなのがあるはずなの」
財産を隠すにしても、大事な書類を隠すにしても、見つかりづらいところに隠すのは基本である。
そして、それが家主しか知らないようなものであればなおいいだろう。
であれば、どこかに隠し金庫があってもおかしくない。
幸いにして、この部屋にはそれらしい本棚がいくつもある。このうちのどれかスライドでもするんじゃないの?
「なんか楽しくなってきたの」
泥棒っていういけないことをしているけど、これはこれでスリルがあってなんだかおもしろい。
あんまり調子に乗って捕まったらあれだけど、今のところ余裕だし、このまま金庫も見つけてゴールと行きたいところだ。
俺はそれらしく出っ張った本でもないかと本棚を調べ始めた。
感想ありがとうございます。
 




