第八十八話:一つの提案
「そんな不安そうな顔をしないでほしい。大丈夫、私は君に協力するつもりだよ」
「ほ、ほんとなの?」
「もちろん。あくまでリスクがあるという話をしているだけで、アルマの恩人を見放すわけがないじゃないか」
そう言ってからからと笑うお父さん。
本当にそうだろうか。確かに俺はアルマさんを助けたが、そう言っているのはアルマさんだけである。
もちろん、助けたのは事実だし、ダグラズさんやエイドさんにも話を聞けば裏は取れるだろうが、ただそれだけで、俺のような子供に手を貸すだろうか?
アルマさんは俺がレベル上げしたせいで俺に懐いているのだとしても、両親は完全に初見である。娘の言葉だけでそこまで信じられるものだろうか。
いや、嬉しいけどね? こんな貴族もいるんだと感心するし、協力してくれるのはとってもありがたい。
でも、信じ切ってもいいのかは不安になってくる。
「もちろん、ここで切り捨てて、君一人に責任を押し付けるのもいいだろうし、国家反逆をもくろむ間者を国に報告するのでもいいのかもしれない。でも、私は常にアルマの味方だ。そのアルマがこれだけ信用しているのだから、私も信用してあげなければ親とは言えないだろう?」
「そ、そうなの?」
「はは、ただの親ばかと思ってくれて構わないよ」
なんというか、凄いおおらかな人だと思う。
恐らく、元からの貴族というわけではなく、成り上がった人なんじゃないだろうか。
その人柄に惹かれたのか、それとも何か得意なことがあってそれによって成り上がったのかはわからないけど、ここまで子供を大事にしているなら少なくとも悪い人ではないだろう。
少し慎重になりすぎていたかもしれない。俺は少し警戒心を緩めた。
「さて、協力するのはいいのだが、こちらとしても確証が欲しい。君の自信を見れば、大抵のことはやってのけるだろうことはわかる。でも、能力があるからと言ってすべてを任せるのは違うだろう? そこで、一つ提案があるのだが、聞いてくれるかい?」
「私にできることならば」
「うんうん、素直なのはいいことだ。君には力があることはわかる。しかし、それを見たのはごく一部だけだ。だから、君には一つ、任務をこなしてもらいたい」
「任務、なの?」
そう言って、お父さんが話した内容はこうだ。
城には多くの人がいる。王様を始め、宰相や大臣、騎士、魔術師など、その人員は様々だ。
しかし、当然だが、そのすべてが城に住んでいるというわけではない。ほとんどは自分の家があり、そこから通っている。
で、通いの臣下の中にはこの近くに住んでいる人もいる。そこで、俺にはその家に忍び込み、あるものを盗み出してほしいという。
要は、城に忍び込む前に、別の家で練習をしてみろということだった。
「その家って、どんな人が住んでるの?」
「住んでいるのは外交官だよ。良くも悪くも好戦的な国だからね、戦争したい気持ちが大きいだろうが、そうでない時もある。そんな時に、相手の国と交渉し、話し合いで済ませてくれる、言うなれば交渉人という奴さ」
交渉人、ねぇ。なんか、どこかで聞いた響きである。
その人物は、シリウスを勧誘する時も矢面に立っていたらしい。結果的には、その交渉は決裂してしまったようだが、今回事故を偽装してシリウスを釣った作戦は、どうやらその人物が考えたものなのだという情報を掴んだらしい。
もちろん、だからと言ってそれを公表したところで握りつぶされるのがおちだし、そもそもそれをやるメリットがない。
しかし、俺がシリウスを助けた後、穏便に事を運びたいなら必要な潜入になるだろうとお父さんは言った。
「彼の家には恐らく今回の作戦の書類があるはずだ。それに、当然ながら今までやってきた交渉の記録もあるはず。交渉と聞くと穏便なように聞こえるが、ただの話し合いですべてが丸く収まるほど世界はよくできていない。当然、何かしらの不正をした跡があるはずだよ」
「それを私が盗み出す、って言うことなの?」
「そういうことだ。この任務の結果を見て、君に協力する意思を固めよう。悪いけど、それまでは私と君は無関係、もしこの任務で失敗したならば、擁護はするけど庇いきれないかもしれないことを念頭に入れてほしい」
テストではあるけど、本番でもある。もしこれに失敗すれば、俺は捕まり、シリウスを助け出すことはできなくなるだろう。
確かに、能力が心配なら実際に見てみた方が簡単だ。これで立派に任務をこなすことができたなら、俺としても気持ちよく協力を仰ぐことができるだろう。
ただ優しいだけではないってことだ。きちんとリスクマネジメントができているのは流石貴族ってところなのかな。まあ、擁護するとか言ってるし、ちょっと甘いのかもしれないけど。
「どうだい? この任務、引き受ける気はあるかい?」
「それで協力してくれるというなら、頷かないわけにはいかないの。もちろんやるの」
「よく言った。決行の日は君に任せるけど、シリウスを救いたいなら早めにした方がいい。そろそろ動き出す頃だろうしね」
「なら今日の夜行くの」
「今日? 随分早いね。急げとは言ったが、そこまで急がなくてもいいんだよ?」
「大丈夫なの。ちゃちゃっと盗ってくるの」
「はは、それじゃあ、夜までしっかり準備するんだよ」
急な話ではあったが、お父さんは特に咎めることもなく、背中を押してくれた。
さて、そうと決まれば準備をしないといけないな。
わかっていることは、その家の場所と、住んでいるのが交渉人ということくらい。盗み出す書類はどこにあるのかわからず、そもそも家の構造すら把握できていない。
とりあえず下見に行くか。というか、宿も確保しなければならないだろう。
いくら無関係を装っても、この家を拠点にしていたら関係性を疑われるのは必至だ。会うのなら、夜にこっそりと会った方がいいかもしれないね。
「アリス、大丈夫なの?」
さっそく下見に行こうしていると、アルマさんが話しかけてきた。
まあ、城を攻略しようって話だったのにいつの間にか泥棒しようとしてるんだからちょっと複雑だよね。
そもそも、泥棒が犯罪なんて誰にだってわかることだし、それを考えると俺も気が進まない。
だけど、相手はシリウスを酷い目に遭わせた国の幹部だし、その証拠が必要になるというのならやらなければならない。
悪いけど、俺にとってもアリスにとっても大事なのはシリウスの方だ。その結果、その交渉人がどうなろうと知ったこっちゃない。
それに、予想が合っていれば、その交渉人はあいつだろうしな。
「やるだけやってみるの。最悪見つかっても、逃げ切れる自信はあるの」
「まあ、アリスなら本当にやりそうだけど、でも心配だわ」
「アルマ様はよく協力してくれているの。だから、そこまで心配する必要はないの」
こうして王都に入り込むだけでも俺だけだったらきつかったかもしれない。
目を付けられた、ってわけではないだろうけど、あの交渉人は俺に話しかけてきたわけだし、もしかしたらマークされている可能性もある。
すんなり王都に入れて、しかも拠点まで提供してくれるかもしれないとなれば、これ以上望むのは罰当たりというものだ。
「シリウスのためにも、ここで捕まるわけにはいかないの。だから、安心して待っているといいの」
「……わかった。それじゃあ、気を付けてね」
アルマさんの声を背に受けて、俺は家を後にする。
初めての泥棒となるけど、果たしてどうなるかな。
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