第八十七話:必要な素質
「……ふむ、なるほど、シリウスを取り戻そうと」
「ええ。それで、隠れ場所として家を貸してあげたいの。ダメかしら?」
「私としては、アルマの意見を尊重してあげたいが、流石に隠れ場所として家を利用するのは少し反対せざるを得ないな」
リビングへと移動し、アルマさんから話を聞いたお父さんは苦々しげな顔をしてそう言った。
雰囲気的には協力してくれそうだったけど、流石に無理なのだろうか。
まあ、これは言うなれば国家反逆罪に問われるようなことをするわけだし、もし見つかった場合は一族郎党皆殺しなんてこともあるかもしれない。そのリスクを考えれば、素直に頷けないのは当然なのかもしれないな。
「アリスはお前の危機を救った。となれば、それなりに腕は立つのだろう。だが、それだけで城から特定の人物を助け出せると考えるのは無謀ではないかな?」
「やっぱりそこを疑問に思う?」
「もちろんだとも。もしアリスが見つかって、拷問にでもかけられて私達のことを言ってしまったら、私達は罪に問われてしまう。もし協力するとしたら、それこそアリスが必ず成功するという保証が欲しいな」
確かに、それはもっともな話だ。
仮に俺がアルマさん達のことを言わないと約束したとしても、拷問なんてされたら俺だってすぐに吐いてしまうだろう。
もしかしたらアリスの設定が悪さをして耐えられるかもしれないけど、流石に熟練冒険者と言えど、拷問に耐えられるほどの精神力を持っているとは思えない。
いざとなれば逃げられる俺と違って、アルマさん達はこの国に住んでいるわけだし、俺の都合で国から逃げ出さなければいけない事態になっては困るだろう。
そう考えると、俺みたいな子供がたった一人で城に乗り込み、シリウスを助け出すというもの凄く無謀なことを許すわけにはいかないだろうな。
「アリスの強さは本物よ。私も、アリスのおかげで【治癒魔法】が使えるようになったの」
「あら、アルマも【治癒魔法】が使えるようになったの? 凄いわねぇ」
「ふふ、アリスは凄いんだから」
一緒に聞いていたお母さんが一瞬こちらを睨んできたように思える。
な、何か悪いことしてしまっただろうか? 【治癒魔法】を覚えてほしくなかったとかだろうか。ちょっと怖い。
「魔物を相手にできて、さらに【治癒魔法】まで使えるとなれば確かに凄い才能だ。だが、それと城に潜入するスキルは関係ないからね。悪いけど、それだけでは賛成できないな」
「じゃあ、どうすれば認めてくれるの?」
「そうだねぇ。とりあえず必要なのは、誰にも見つからない隠密性、すなわち【隠密】や【隠蔽】のスキルだろう。アリスはそんなスキルを持っているかい?」
【隠密】に【隠蔽】ね。そう言うのもスキルにあるのは少し意外な気がするけど、でもそう言う役職の人にとっては必要なスキルだろうし、特におかしくはないのかな?
ともあれ、俺はそんなスキル持っていない。そう言うスキルがあること自体初めて知ったからな。
ただ、それと似たスキルなら持っている。今までなんだかんだ使ったことはなかったけど、クラスの一つである【スカウト】にはそう言うスキルも結構あるのだ。
「一応、隠密くらいはできるの」
「それなら、少しやって見せてくれないかな? 見つかっている状態で使っても完全に隠れることはできないだろうが、気配を薄くすることくらいはできるはずだ」
「それじゃあ……」
俺は心の中で【シャドウクローク】のスキルを発動させる。
【シャドウクローク】は、影と同化し、姿を隠すスキルだ。
『スターダストファンタジー』においては、隠密状態になりつつ移動できるというスキルだった。隠密状態っていうのは、相手に攻撃対象にされない状態のことだね。
本来なら、隠密状態は移動と共に解除されてしまうけど、それを維持したまま移動できるというのがこのスキルである。
スキルの中には、特定の状態、例えば隠密状態の時だけ効果があるスキルというのもあるので、こうして維持しながら移動するのは割と重要だったりする。
アリスのスキルにも、隠密時に効果があるスキルはいくつかあるので、これは普通にネタでなくガチで取ったスキルだ。
まあ、それはともかく、これによって俺の姿は影のように薄くなる。
フレーバーテキスト的に、元からある陰を纏うように身を隠すというスキルのようだから、今のように周りに何もない状態ではあまり効果がないかもしれないけど、それでも存在感が薄くなる効果はあるだろう。
でも、初めて使うから本当にそうなっているかはわからない。自分では隠れられているかどうかあんまりわからないんだよな。
「これは……」
「アルマ、さっきまでここにアリスがいたわよね?」
「う、うん。凄い、ほんとに消えちゃったみたい」
反応を見る限り、一応ちゃんと隠れられてはいるようだ。
試しにこの状態で移動してみる。そっとみんなの視線から逃れるように移動してみたが、特に目で追われるということもなく、簡単に背後に回ることができてしまった。
凄いな……これなら、そうそう見つからないんじゃないか?
「アリス、いるわよね?」
「いるの」
「うわっ! いつの間に!」
俺が【シャドウクローク】を解いて話しかけると、アルマさんは飛び上がるようにして振り返った。
本当に気づいていなかったらしい。気を使われていたわけではないようで何よりだ。
「驚いたな。ここまで高いレベルの【隠密】を見るのは初めてだよ」
「これなら問題はなさそうなの?」
「そうだね。【隠密】に関しては『草』よりも優秀かもしれない。だけど、これだけではだめなのはわかっているね?」
「それはそうなの」
隠密がうまく行ったからと言って、それだけで忍び込めるとは思っていない。
いくら見つからなくても、そもそも忍び込む経路がなければ入り込むのは不可能だし、対象が鍵のついた部屋にいるかもしれない。
そんな時に対処する力も必要となるだろう。
「では次だ。潜入任務には素早さが重要だ。しっかりと計画を練っていても、その通りに動けなければ結果として見つかるリスクは高くなる。君は、素早さには自信があるかい?」
「もちろんなの」
素早さはアリスの得意分野だ。
なにせ敏捷にほとんど極振りしているのである。その速さは、馬車に乗るより走った方が早く目的地に着けるほどだ。
俺は見せつけるようにサイドステップをして見せる。兎の素早さを舐めてはいけない。
「それは頼もしい。では、【スリ】や【鍵開け】のスキルはあるかな?」
「流石にそれはないの」
まあ、もしやるとしたら敏捷判定になるだろうから、アリスなら相当有利ではあるだろうけど、やったことは当然ない。
でも、【シャドウクローク】であれだけ気づかれないのなら、こっそり近づいて掏ることくらいはできると思う。
【鍵開け】に関しては完全に素人だ。もしやるとしたら、それこそどこからか鍵を掏ってくるか、強引にこじ開けるしかない。
「なるほどなるほど。よくわかったよ」
アルマさんのお父さんはうんうんと頷くと、目を細めながら俺の肩に手を置いた。
それは、ダメということか、それとも……。
俺はドキドキしながらお父さんの目を見つめていた。
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