第八十五話:思わしくない噂
次の日、俺達はシリウスを勧誘した町へと辿り着いた。
ある程度の大きさを持つ町の中では王都に最も近い町。
素通りしてもよかったけど、もしかしたら何か王都での噂がないものかと一応寄ってみることにした。
以前は、王都の爆発事故の噂すら流れていなかった町ではあるけど、今回はそれなりに話が回ってきているらしい。
聞けた内容は、あまり思わしくないものだった。
「国の誘いを断っていたシリウスだったが、爆発事故の怪我人を治療している際に負傷し、大怪我を負ってしまった。これではこの先一人で仕事を続けていくことはできないが、国はそれでもいいから宮廷治癒術師になってほしいと懇願し、シリウスはそれを受け入れた、と」
「なんとも胡散臭い話ね」
「同感なの」
シリウスが爆発事故の怪我人を治し、その際に再度勧誘して受け入れてもらった、というならわからなくはないけど、わざわざシリウスが大怪我してしまって、それを国が助けたという形にしているあたり、どうにも茶番臭がする。
恐らく、今回のことで下がった国のイメージを少しでも上げるためにこんなことを言ったんだろうけど、見る人が見ればシリウスが無理矢理従わされたとみるだろう。
宮廷治癒術師になるということは、一般人にはあまり馴染みがない存在になるということである。
もちろん、上司である王様が許可を出すなら、一般人を診ることもあるだろうが、戦争のことを考えているというのであれば十中八九目的は軍事目的だろう。
平民や貧困層の希望の星だったシリウスを国が奪う。反感を覚える人も少なくないはず。でも、一応はシリウスが受けたことなのだから口出しはできないって感じになるのかな。
それにしても、シリウスが大怪我したというのが少し気になる。
多分、国のイメージを上げるための嘘だとは思うのだけど、もし本当だとしたらかなり心配だ。
もちろん、シリウスなら大抵の怪我は自分で治せるとは思うけど、実際に怪我したとしたら俺はそいつらを許せそうにない。
きちんと無事だといいんだけど……。
「話を聞く限り、シリウスはすでに国に捕らわれているようね」
「予想はしていたの。後は、いつ決行に移すかなの」
「まだ王都にも着いてないのに気が早いわよ。もし助け出すにしても、きちんと作戦を練らないと」
まあ、アルマさんの言うことは正論である。
ただ単に叩きのめせばいいのだったら暴れればいいだけだけど、シリウスを助けるとなるとどちらかというと隠密が必要だろう。
俺にはそのスキルもあるからできないことはないけど、できることなら内部構造とかを把握しておきたいところではある。城はかなり広いようだし。
「とりあえず、忍び込むのは夜なの。闇に紛れて移動するの」
「まあ、こっそり忍び込むならそうでしょうけど、どうやって入る気? 周りには高い城壁が囲んでいるし、門だって門番の許可がなければ開けられないわよ?」
「城壁はどれくらいの高さなの?」
「そうねぇ……とりあえず、この町の門よりは大きいわよ」
「ふむ」
町の門を見る限り、大体六、七メートルくらいだろうか。これより大きいとなると、高めに見積もってもせいぜい十~二十メートルってところかな?
それくらいだったら、問題はない。【ハイジャンプ】で軽々飛び越えられるだろう。
「あれくらいなら飛び越えられそうなの」
「あれを飛び越える気? いくら兎族でも無理だと思うけど……」
「余裕なの」
「まあ、アリスが言うならそうなのかもしれないけど、とんでもないわね」
まあ、自分でも飛びすぎだとは思う。
今のところ高く飛ぶ目的でしか使ってないけど、進むために使っても結構役に立つことだろう。
町の中で屋根伝いに移動するなんてこともできるかもしれない。
そう考えると、【ハイジャンプ】も結構役に立つスキルなのかもしれない。
「見張りはどんなもんかわかるの?」
「私もそんなに行ったことあるわけじゃないからわからないわ。でも、城壁に見張りがいるのは見たことあるわ」
城壁に見張りか。まあ、そこにはいるだろう。そのための城壁なわけだし。
問題は内部だな。庭があると言っていたけど、巡回でもしているのだろうか。
まあ、【シャドウクローク】があればそれなりに隠密行動はできるだろうし、最悪気絶させてしまえばいいか。
「後は、シリウスがどこにいるか、なの」
「どこでしょうね……」
単純に治癒術師として歓迎されているのであれば、治癒術師専用の部屋とかを与えられているのだろうか。
それとも、大怪我したということなら医務室とか? いや、それはないか。
後は前に考えたように、地下牢とかにいる可能性もある。範囲は結構広そうだ。
「最悪虱潰しに探していくしかないの」
「そんなことできるの? いくらアリスでも厳しいんじゃ」
「やらなきゃ助けられないの」
シリウスがどこにいようが、やらなければ助けられない。
アリスのスペックはかなり高い。きっとどこへいようが助けられるはずである。
厄介なことになっていなければ、だが。
「私も手伝いたいけど、何ができるかしら」
「うーん……」
正直、アルマさんに手伝ってもらうことはあまりない。
アルマさんの伝手を使えば、もしかしたら入場許可証を貰えるかもしれないが、そもそも忍び込むならそんなものは必要ない。
【治癒魔法】が必要な場面があったとしても、それは俺が代わりになれるし、万が一の戦闘を任せるとしても、流石に国の貴族が城で暴れてたら問題があるだろう。
結局、アルマさんがやれることはほとんどないわけだ。
「……一時的に身を隠す場所を用意してほしいの。私じゃ、場所は用意できないの」
「なるほどね。私は王都に住んでいるし、私の家でよければ貸すことはできるわ」
「それ、大丈夫なの?」
「お父様も今の国のやり方には反対しているし、シリウスを救うためなら喜んで貸してくれると思うわ」
貴族からはシリウスは嫌われていると思っていたけど、アルマさんの父親はそう言うことはないらしい。
まあ、そこまで長居する気はないし、多分大丈夫だろう。ここはアルマさんを頼るとしよう。
「それなら、ひとまず王都に向かうの。もう寄り道はしていられないの」
「そうね。ここまで噂が広がっているなら正式にお触れを出すのも時間の問題だろうし、急いだほうがいいかも」
あれほど探し回っていたシリウスがようやく手に入ったのだ、国としてはそれを大々的に宣伝したいことだろう。
そうなると、何らかの形でシリウスが国の管轄に入ったことを知らせる可能性がある。
別に、シリウスのことを知らせようが知らせまいが俺には関係のないことだけど、知らせた後でシリウスが逃げてしまった場合、少なからずシリウスのことを恨む人も出てきそうだ。
まあ、大半は強引に事を運んだ国への非難が殺到しそうだけど、一度は正式に匿われておきながら、怪我が治ったら逃げるのかとシリウスに非難の視線が来る可能性もある。
脱出後はこの国から離れることは確定しているけど、あんまり悪い印象を与えていくのは喜ばしくない。
できれば、悪いのは国であって、シリウスは全く悪くないという風にしたいところだ。
すでに昼は過ぎてしまっているが、ここは強行軍で進むとしよう。
俺達は情報収集もそこそこに、町を後にした。
感想ありがとうございます。
 




