第九話:美味しい食事と洗濯
「ところで、そろそろ飯だ。案内するからついてきな」
「あ、はいなの」
窓がないからよくわからなかったが、どうやらもうそんな時間らしい。
俺はそっと立ち上がると、そのままゼフトさんの後を追う。
砦内の食堂は二階にあるらしい。案内されるがままに中に入ると、すでに何人かの兵士が食事をとっていた。
「食事は三班に分けてずらしてとっている。いつ魔物の襲撃があるかわからないからな」
最低でも時間稼ぎができる程度の人員は常に配置しているらしい。
今いる人数で一班となると、一班辺り大体五人程度だろうか。三班に分けているということは全員で十五人程度ということか。もっと多くてもいい気はするが、大丈夫なのだろうか?
「ああ、滅多に強い魔物は出ないし、この人数でも十分なんだよ」
魔物の巣窟とは言うが、そこに蔓延る魔物の種類は比較的弱い部類のものが多く、数人の兵士でも十分に対処可能なのだとか。
まあ、ここは辺境っぽいしあまり人員を割けないという理由もあるのかもしれない。
大丈夫というなら大丈夫なのだろう。俺が口を出すべき問題じゃない。
「おや、そいつが未開地から来たっていう兎さんかい? これまたえらい美人がきたもんだな!」
食事は自分で取りに行く方式らしく、ゼフトさんに指示されて取りに行くと、体格のいいおじさんに声を掛けられた。
どうやら料理を担当しているらしく、エプロンを付けている。
じろじろとこちらを見てはいるが、別にいやらしい目というわけではなく、むしろ感心したようなそんな目つきだった。
ちなみに、アリスの魅力の値はかなり高い。基本的に魅力は異性を相手にした交渉でボーナスを受けたりする程度で戦闘面には関わりがないいわゆる無駄ステータスなのだが、俺は結構な数値を割り振っていた。
まあね、せっかくNPCとして自由に作成できるのだからその辺りは抜かりない。プレイヤー達だって美人の子に協力された方がテンションが上がるというものだ。
まあ、中身は俺なんだけどね。
「初めまして。俺はここの料理番をしているカステルだ。よろしくな」
「あ、えっと、アリスなの! こちらこそよろしくなの!」
握手を求められたので慌てて返す。
手を握って思ったがやたらと大きく感じた。
まあ、カステルさんは身長180センチメートルはあろうかという長身で、がたいもいいから大きいのは当たり前なんだけど、より強く感じるのは俺の手が小さいからだろう。
弓を扱っているとは思えないほど華奢な腕は、日焼けの痕もなく真っ白で、とてもじゃないけど戦えるようには見えない。なるほど、確かに兎獣人が非力と言われる理由もわかる。
「まあ、こんな男ばかりのむさ苦しい場所に何日も滞在するのは苦痛だろうが、飯の味は保証するぞ」
「そんなに美味しいの?」
「おうよ。きっとうますぎて飛び上がるぜ」
ガハハ、と豪快に笑いながら器によそってくれたのは薄い黄みがかったスープ。それに色とりどりの野菜を切ったサラダとパンが一つ。
うますぎて飛び上がると豪語する割には簡素なラインナップだが、この世界ではこれでも豪華な部類なのだろうか。
トレイの上にそれらを受け取り、適当な席へと腰かける。
向かい側にはゼフトさんが同じように腰を下ろしていた。どうやら俺のことを見ているらしい。
世話をしてくれていると思えば聞こえはいいけど、多分監視なんだろうなぁ……。
そんなことを思いながら食事に視線を落とす。
見た目は普通。特に奇抜なものも見受けられないし、普通のスープに普通のサラダのように見える。パンに関しては結構柔らかく、元の世界で食べていたパンとあまり変わらないように見える。
匂いを嗅いでみると、薄っすらとスパイスの匂いがした。多分胡椒。世界観から考えるとちょっと贅沢、なのかな?
サラダにはドレッシングだろうか、茶色がかった透明な液体がかけられている。
「いただきますなの」
見ているばかりでは仕方がない。俺はスプーンを手に取ると、そっとスープを掬い口に運んだ。
濃い味が口の中に広がっていく。胡椒以外はどのようなスパイスを使っているのかわからないが、非常に味が染みわたっていて普通に美味しかった。
続いてサラダにも手を出してみる。しゃくしゃくとした瑞々しい音と共にドレッシングの甘辛い味が口いっぱいに広がった。
俺はあまり野菜は好きではない方なのだが、これは普通に美味しいと言える。なるほど、豪語するだけのことはあったというわけだ。
パンもスープによく合い、夢中で食べ続けていると気が付けば皿の上には何も残されていなかった。
「ご馳走様、なの」
「その様子だと口に合ったようだな」
気が付くと、ゼフトさんを含め、他の兵士達もみんな俺のことを見てにやついた笑みを浮かべていた。
別に欲望に満ちた目とかそういうわけではない。ただ、俺が食べる姿を見て何やら思うところがあったらしい。皆一様に顔を綻ばせ、微笑ましげな顔をしている人もちらほらいる。
「は、はい、美味しかった、の……」
「ちゃんとカステルにお礼を言っておくんだな。兎族が来るっていうんで張り切ってたんだぞ」
別に食べてる姿を見られたところでどうも思わないが、少し恥ずかしくなって思わず目を伏せる。
魅力が高い女の子が美味しそうにご飯を食べている。なるほど確かに見る人によってはそれだけで微笑ましい光景なのかもしれない。と思えてしまったからだ。
逃げ道を探すようにちらりとカステルさんがいる厨房の方へ目をやると、いい笑顔でサムズアップされてしまった。
うん、なんか、もういいや……。
味に関しては満足いく食事であったものの、思わぬところで見世物となってしまったことに若干の居心地の悪さを感じつつ休憩室へと戻る。
途中、ゼフトさんに頼んで、ため池から水を汲ませてもらい、体を拭く準備を整えた。
ここ数日、時たま体を拭くことはあったが、あくまで服を着たままで拭ける範囲のみ。
日夜魔物の奇襲を受ける状態で迂闊に裸になるわけにもいかず、やむなくそうしていたのだが、流石にそろそろ汗の臭いが気になってきていたところだった。
着替えもすでに底を尽き、今着ている服はすでに三日間は着っぱなしになっている。だから、これを機に洗濯も済ませてしまおうという魂胆だ。
対刃性のありそうな頑丈な革のベストを脱ぎ、そのまま下に着ていた服も脱いでいく。弓や矢筒はテーブルの上に置き、あっという間に裸となることが出来た。
「これが、私、なの……」
たわわに実った胸を腕で隠しながら改めて自分の身体を見てみる。
お助けキャラを作るにあたり、俺は自分の理想を詰め込んでいった。好きにキャラメイクができるなら誰だって自分の好きな要素を入れたがるだろうし、今回はただ単に「小さくて強い女の子」が作りたいだけだったので身長以外はほとんどが俺の好みと言ってもいい。
引き締まったウエストに大きな胸。白くぷにっとした太ももにお尻。見れば見るほど自分の理想の女の子すぎてドキドキしてくる。
元の世界であれば、絶対に自分とは釣り合わないであろう相手。でも、今はそれこそが自分である。この体をどうしようが自分の思いのままなのだ。
「んっ……」
ふにゅりと自分の胸を揉んでみると何とも言えない感覚が全身を駆け巡っていく。
これが女の子の感覚なんだと不思議に思うと同時に、その甘美な感覚に頭が甘く溶けていく。
……す、少しくらいなら。
「アリス、洗濯に関してなんだが……」
本格的に楽しもうと手を動かそうとした瞬間、不意に扉が開かれた。
そこには呆然と立ち尽くすゼフトさん。その目線の先には裸で自分の胸を揉みしだいているアリスの、つまり俺の姿がある。
一気に頭が真っ白になった。
「きゃぁぁあああ!!」
「す、すまん!」
本当に俺かと見まがうほどの女の子らしい声を上げて座り込む。
冷静に考えれば、俺は男なのだから何を気にする必要があるのかと思ったが、設定はそれを許してくれないらしい。
しばらくの間、俺は湧き上がる羞恥に耐え続ける他なかった。
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