第八十二話:レベルアップの影響
翌日。俺達は町長に見送られながら町を後にした。
町長としてはもっと滞在してほしかったみたいだけど、元々王都に行く途中に偶然寄っただけだし、いつまでも長居するつもりはない。
まあ、魔物を倒して経験値を稼ぐという意味ではもう少し滞在してもよかったのかもしれないけど、あそこは変な冒険者やらメイドさんやらがいて俺としてはあまり居心地はよくないので、その辺のことはまた別の町で考えるとしよう。
「ねぇ、アリス。私に何かした?」
馬車に乗り込み、町を出て街道を進む。
その道中に、アルマさんはそう言って俺の顔を覗き込んできた。
レベルアップについてはこっそりやったはずなのだけど、何か気づいたんだろうか?
まだ2レベルしか上げてないんだけど……。
「な、なんのことなの?」
「なんか、昨日の夜から何となく頭がすっきりした気がするのよね」
アルマさんは首を傾げながらそんなことを言っていた。
それは多分、知力と精神力が上がったせいじゃないかね。
『スターダストファンタジー』において、精神力はMPの量に、知力は魔法の威力に関係していたけど、現実的に考えるなら、精神力はどんな状況でも動じない胆力、知力は単純に頭の良さと考えることができるだろう。
実際、『スターダストファンタジー』でも精神攻撃に対する対抗ロールは精神力で振ることもあったし、何かを知っているかどうかの知識ロールは知力で振ることもあった。
だから、それらが上がったってことは、アルマさんの頭に何かしらの影響を与えてもおかしくはない。
まだ2レベルしか上げていないとはいえ、元々この世界の住人はレベルアップ時の能力値上昇ボーナスがなかったわけで、それが2レベル分とはいえ上がった上に、【アコライト】のクラス補正も加わっていると考えれば、もはや10歳の思考回路にはならないだろう。
頭の回転が速くなったことによって、間接的にその違和感に気づいたのかもしれない。
「これが、アリスが言ってた経験を積んだことによる変化なの?」
「ええと、まあ、それで間違ってはいないの」
「ふーん。やっぱりアリスが何かしたんだ」
「な、なんでそうなるの?」
「だって、魔物を倒しただけでこうなるなら倒した時点でこうなってるはずだもの。あの後、アリスが何かしたから、こうなったって考える方が自然じゃない?」
なんか鋭くなってる……。
運も関係しているのか? どちらにしても、あんまり鋭くなられると少し困る。
俺としては、秘密裏にレベルアップをして、何も気づかないで自分で強くなったように思ってくれた方が楽なのだ。
レベルアップをできるのは今のところ教会だけのようだし、この能力を持っていることがばれれば、色々と面倒なことになるだろうし。
でも、アルマさんはジトッとした目でこちらを見ていて俺が何かしたと確信している様子。
ど、どうしよう?
「勘違いしないでほしいんだけど、別に怒っているわけじゃないわ。なんだか体も軽くなったような気がするし、アリスが私のために色々やってくれたっていうなら嬉しい。でも、何をされたのかわからないのは少し怖いの。だから、何かしたなら教えてくれない?」
「う、うーん、まあ、そういうことなら……」
俺は観念して真実の一部を話すことにした。
と言っても、俺がレベルアップさせる能力を持っていることは秘密である。これだけは、後々面倒なことになりそうだし、知る人は少ない方がいいに決まっているからな。
話すのは、【治癒魔法】を習得させたということ、そして【無限の魔力】というユニークスキルを覚えさせたということである。
ユニークスキルってなんかかっこいい響きだよね。NPCスキルって言ったらなんかあれだし、こういう言い方の方が色々と都合がいいだろう。
「あれだけ覚えられなかった【治癒魔法】を覚えさせてくれ上に、ユニークスキルまで覚えさせたって……アリス、いったい何者なの?」
「え、えっと、それは秘密なの……」
「ふーん。まあいいけどね。でも、本当にそんなことできるの? あんまり実感はないんだけど」
「なら、一回試してみるの」
「試すって、どうやって?」
「こうやるの」
俺は解体用のナイフを取り出すと、自分の腕に軽く傷をつける。
以前にもやったことだけど、そこまでの痛みはない。HPも1しか減っていないし、怪我のうちに入らないだろう。
ただ、見た目にはぱっくりと切り傷ができているわけで、アルマさんは慌てた様子で立ち上がった。
「ちょ、何してるのよ!?」
「なにって、【治癒魔法】を使うなら傷をつけないといけないの」
「自分でやることないでしょ!? ああ、ええと、ど、どうすれば……」
「落ち着くの。多分、今のアルマ様ならやり方が頭に浮かんでくるはずなの」
この世界のスキルはいかにその道を究めているかの指標だ。
俺も【剣術】や【槍術】を覚えているが、覚えたばかりの頃は知識のみだったけど、だんだんレベルが上がってくるとどうやって体を動かせばいいのかなんとなくわかっていった。
まあ、単純に練習したからというのもあるだろうけど、それらを簡単に見て取れるのがこの世界のスキルなんだと思う。
ある意味で便利だけど、スキルってそういうものなのかなと思わなくもない。
「……ほんとだ、なんとなくわかる」
「それじゃあ、それを頼りにやってみるの」
「で、でも、実際にやったことはないわよ? もしできなかったら……」
「その時は自分で治すの。血が垂れてきてるから、早くやってくれると嬉しいの」
「わ、わかったわ」
「お嬢様、頑張ってくだされ」
ジョンさんも応援している中、アルマさんは必死に【治癒魔法】をかけようとしている。
ただ、【治癒魔法】っていうのは俺が使う【ヒールライト】と違ってそんな便利なものじゃない。
これくらいの怪我だったらすぐさま治せるだろうが、怪我が重くなればなるほど治りは遅くなり、結果的に何度もかけないと治らない。
ましてやアルマさんの【治癒魔法】のレベルは1。この程度の怪我でさえ治せない可能性もある。
だから、最初から成功するとは思っていない。でも、少しでも治る兆しが見えれば、アルマさんも自信を持つことができるだろう。
せめて、それくらいの変化はあってほしいところだが。
「うーん、うーん……」
アルマさんが翳している手から淡い緑色の光が漏れ出ている。
なんとなく、傷が治ってきているような感覚はするが、見た目にはあまり変化はない。
絆創膏を貼っている時みたいな感覚だろうか。今回は初めから痛くはなかったけど、貼っていると痛みが引いていくような気がするみたいな。
「治らない……やっぱり、だめなの?」
「まあ、初めてならこんなもんなの」
「いえ、まだよ。諦めるもんですか!」
変化はあまり見られないが、アルマさんは額に汗をかくくらい集中している様子だったのでそろそろいいかなと思っていたんだけど、まだまだやる様子。
まあ、【無限の魔力】があるから魔力切れによって気絶することはないだろうけど、ちょっと心配である。
もう大丈夫だよと言おうとした時、ふと腕を見てみると、怪我が治り始めていることに気が付いた。
「おお……」
どうやら、何度も何度も【治癒魔法】をかけていたおかげで効果が増幅されていっているらしい。
さらに続けると、怪我の治りも早くなっていき、やがて俺の腕にはかさぶた一つなくなっていた。
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