第八十一話:お節介なメイド
アルマさんと町長の食事は特に何事もなく終わった。
恐らく、町長はアルマさんに気に入られたいんだろう。食事の質はかなり高かったし、会話のタイミングもそれなりに測っていたようだったから食べづらかったということもなかったはずだ。
ただ、アルマさん自身がそこまで興味がなかったようで、一応話を繋げてはいたが、早く休みたいという感情が透けて見えるようだった。
まあ、一応魔物と戦ったわけだしね。道中は俺が抱き上げて運んだとはいえ、精神的な疲れもあるだろうし、あんまり長々と話したくないのかもしれない。
これは【治癒魔法】については明日伝えた方がいいかな。疲れているところにわざわざ言うこともないだろう。
「アリスさん、でしたか? あなた、従者になってどれくらいなんです?」
「? 今日なったばかりなの」
「ああ、どうりで。ダメですよ、主の食事中にあんな上の空を晒しては」
主人の食事が終わり、俺は従者用の食堂にて食事をとることになった。
一応、従者同士の交流のためなのか、あちらのメイドさん達も一緒に食事をとることになったんだけど、そしたら例の俺に目を付けて来たメイドさんがそうやって注意してきた。
「そんなに上の空だったの?」
「ええ、見ていてわかるほどでしたよ。従者の態度は主の品位に関わります。どんな時でも、気を抜いてはだめですよ」
普通、他人の従者にここまで口出しするメイドなんていないだろう。
従者は主によって求められていることが違うだろうし、自分がこうだからと言って相手も同じ役割を持っているとは限らない。
まあ、確かに護衛はダグラズさん達がいるし、俺は子供だからもう一人の護衛とは見られないだろう。であれば、身の回りの世話をする従者なのだと思われても仕方がない。
でも、だからと言ってわざわざ口出しして後で文句言われたらやばいと思うんだけどな。それこそ、主の品位を下げる行為なんじゃないだろうか。
「気を付けるの」
「それと、その妙な喋り方もやめた方がいいです。プライベートではいいかもしれませんが、他人が見ている前でそんな口調をするのは好ましくありません」
「この口調は治らないの」
「そんなわけありますか。治らないと思っているのは努力が足りないからです。ほら、私で練習してみなさいな」
「うーん……」
多分、俺のことを心配して言ってくれてはいるんだろう。
俺がしっかりしていなかったら、いずれアルマさんに怒られてしまうかもしれないと思って先手を打っているんだとは思う。
でも、そもそもの話この従者という設定はここだけのものだし、俺はただの冒険者だ。
それなのに、こうもとやかく言われると凄く面倒くさい。
周りを見てみると、他のメイドさんも苦笑しているし、普段からこんな感じなんだろう。
くそ真面目もここまでくると病気レベルかもしれないな。
「アルマ様はそこまで気にしないの」
「それでも、敬語を話せるようになっておくに越したことはないでしょう。もしかしたら、相手方の主人と話す機会もあるかもしれません。そんな時、その口調では絶対に突っ込まれますよ」
「私の役割はどちらかというと護衛なの。だから、そんなに話す機会はないの」
「主を守りたいという気持ちは立派ですが、人には向き不向きというものがあるんですよ?」
完全に舐め腐ってやがる。
この国の人々はあまり見た目で判断しないという話だった気がするのだけど、全員がそうというわけでもないらしい。
まあ、そりゃそうか。全員が同じ考えだったら反対意見なんて生まれない完全な独裁国家になりそうだし。
それに、俺は子供だしね。というか、それが一番な理由な気がする。
もう逃げちゃおうかな。ご飯はそれなりに美味しいけど、アリスはそこまで食べなくてもエネルギー的には問題はないし。
「アリスさんは強いですよ」
「そうそう、俺達なんかよりよっぽど強いです」
そう思っていたら、一緒に食べていたダグラズさんとエイドさんが助け舟を出してくれた。
二人とも体格がよく、剣もかなり使い込んでいる護衛らしい護衛だから、そんな彼らが自分よりも強いと言ったら驚くのも無理はないだろう。
畑違いだからか、あまり突っ込みを入れていなかったメイドさんも突然の横やりに目を丸くしている。
「え、ええと、アリスさんがあなた方より強い?」
「はい。実は今日のお昼過ぎから、魔物退治に行っていたんですが、その時は俺達の出番はありませんでしたよ」
「アリスさんがみんな弓で倒しちゃいましたからね」
「その、魔物というのは?」
「ホーンウルフとハウンドドッグが全部で十匹くらいでしたかね」
「じゅ、十匹もですか!?」
メイドさんも魔物の強さくらいは知っていたらしい。
と言っても、ホーンウルフもハウンドドッグも雑魚ではあるけど、流石にただの子供の従者が十匹もの大軍を相手にするのは無謀なことだ。
メイドさんはこちらに疑惑の目を向けている。仕方ないので、俺は【収納】にしまっていた弓を取り出して見せた。
「ほ、本当にあなたが倒したんですか?」
「当然なの。あれくらいなら、二十匹でも三十匹でも余裕なの」
「……護衛というのは嘘ではないようですね」
流石に主人の食事時に弓を出しておくのは悪いかなと思ってしまっていたけど、護衛というなら出していてもよかったかもしれない。
いや、それは町長を信用していないということにもなるだろうし、やっぱりしまっていた方がいいのか?
まあ、それはともかくとして、今まで対等な立場として見ていた相手が実は護衛職だったと知って、メイドさんは困惑しているようだ。
同じ仕事をしているからここまで口出しできたのであって、そうでなければ知りもしない癖に口出しするなと言われておしまいである。
一応、俺は護衛という扱いではないけど、役割的にはそっちの方が合っていると思っているし、従者はついでのようなものだ。
だから、これで黙ってくれるなら俺としては嬉しい。
「申し訳ありません、見た目で判断して侮ってしまいました」
「わかればいいの。でも、あんまり相手の従者に突っ込むといずれ自分の首を絞めることになるから控えめにした方がいいの」
「ぜ、善処します……」
今までの恨みも込めて、少し窘めてやる。
まあ、このメイドさんなら最初は我慢しそうだけど、いずれ我慢が利かなくなってまた口出ししちゃうんだろうな。
多少の注意なら教訓として尊敬されるかもしれないけど、あまりに行き過ぎればただうざいだけだ。
そのあたりのことを、どうかわかってほしいところだね。
「私はそろそろ行くの。それからダグラズさん、エイドさん、フォローしてくれてありがとうなの」
「いえ、助けられた身ですし、事実ですから」
「また困ったことがあったら言ってください」
二人とも不意を突かれたとはいえ生死をさまよっていたわけだし、あんまり頼りになるイメージはなかったんだけど、こうしてみると頼もしいかもしれない。
人は強さだけでなく、内面も大事だ。強くても制御できなきゃ意味がないしね。
戦闘では頼ることはあまりなさそうだが、今回みたいな人間関係で困ったら少しは頼らせてもらおう。
俺はそんなことを考えながら従者用にあてがわれた部屋へと帰っていった。
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