第七十七話:絡まれて
遅くなって申し訳ありません。
「ここはおめぇみてぇなガキが来るところじゃねぇぞ。さっさとママのところに帰んな」
「……誰なの?」
傷のある顔、そして背中に背負ってる大きな剣。多分冒険者なんだろうけど、なぜ俺に絡んできたのだろうか。
いや、理由はわかるよ。こんな見た目だもんな。
ざっと見た限り、冒険者のほとんどは男性だ。女性もいるけど、みんな成人していて、俺みたいな子供の姿は一人も見えない。
もちろん、子供だってギルドに来ることはあるかもしれないが、こうして依頼が張ってある掲示板の前にいて、さらに依頼の紙を持っているとなれば、一応は冒険者と見做されるだろう。
ただ、冒険者には到底見えない子供が依頼の紙を持っている。普通に考えれば、いたずらではがしたと取られるのがおちだ。
恐らくこの男もそう言う理由で絡んできたんだと思う。見た目はかなり強そうだけど、アリスの強さを知っている身からするとそこまで怖く思えないんだよな。
「このBランク冒険者、バーンズ様を知らねぇとはな。もう一度言うが、おめぇみてぇなガキが来るところじゃねぇんだ。さっさと帰んな」
「ガキじゃないの。アリスなの」
「はっ、いっちょ前に反論してきやがるか。だがな、ここは冒険者の場所だ。遊び半分でいたずらしていい場所じゃねぇんだよ」
「いたずらじゃないの。私も冒険者なの」
「冒険者だぁ? おめぇが? ガハハ! 面白れぇ冗談だ!」
やはり、冒険者とはみられていない様子。
ここはいっちょ冒険者の証を見せて黙らせてやろうかと思ったが、よくよく考えると俺はこの世界における冒険者の証を持っていないことに気が付いた。
『スターダストファンタジー』において冒険者だと示すバッジは何の効力もないと知っているし、王都に行く時にシュテファンさんに書いてもらった奴はあくまで城に入るためのものだからここでは使えない。
そうなってくると、俺はまさしくただのガキなのだ。
これはちょっと、面倒なことになったぞ……。
「そこまで言うならギルドカードを見せてみな。そうすりゃ信じてやるよ」
「それは……ないけど……」
「ほれみろ。さあ、さっさとその依頼書を戻して帰んな」
うーん、どうしようか。
当然だけど、冒険者でなければ依頼を受けることはできない。
今冒険者登録をして正式に冒険者になるというのも手だけど、果たしてこの依頼は登録したての冒険者でも受けられるものなんだろうか。
なんか、難易度のところにCって書かれてるけど。
「なら、今冒険者になるの」
「はあ? やめとけやめとけ。たいそうな弓を持っているようだが、てめぇみてぇなガキには宝の持ち腐れもいいところだ」
「弓には自信があるの」
「そうかいそうかい。だが、その程度の自信じゃ冒険者では何の役にも立たねぇよ。大人しく家に帰んな」
旗色が悪い。
このバーンズという男、有名なのかはわからないけど、他の冒険者もそうだと言わんばかりに頷いている人が多いし、実際俺みたいな子供が冒険者ギルドに来るのはあんまり歓迎されることではないんだろう。
ただの子供ならまだしも、この世界では娼婦のイメージが強い兎族だしな。余計に非力に見られているのかもしれない。
仕方がない。ここは大人しく引くとしようか。
「今は依頼は諦めるの。でも、それはそれとして冒険者にはなるの」
「諦めが悪い奴だな。てめぇみてぇなガキじゃすぐにおっちんじまうに決まってるだろ!」
依頼を受けられないのは仕方がない。でも、別に俺は報酬が欲しいわけではない。
現時点でそれなりにお金はため込んでいるし、今回の目的はただの経験値稼ぎだ。
そりゃ、そのついでにお金が貰えたら嬉しいけど、何としても欲しいものではないし、場所さえわかれば勝手に行って勝手に討伐してしまえばいいだけの話である。
もちろん、そんなことしたらギルドとしては迷惑だろうけど、依頼の一つを無償で片づけてあげるのだから別にいいだろう。
依頼は今のところ受けない。けど、それはそれとして冒険者にはなろうと思う。
元々冒険者という設定なのに冒険者として活動できないのは致命的だし、今回のように急遽依頼を受けたい場合に冒険者としての身分は必要だ。それに、俺の持ってる市民証はこの世界では知らない国のものみたいだし、身分証明の代わりとしてほしいというのもある。
「死ぬかどうかは私が決めるの。おじさんには関係ないの」
「確かに関係はねぇが、みすみす死にに行く奴を放っておくほど馬鹿じゃねぇ。てめぇみてぇなガキのせいでギルドの評判が悪くなっちゃ困るんだよ」
「なら、それはギルドの人に見極めてもらうの」
「あのなぁ……」
この人、口調はきついけど、案外いい人なのかもしれないな。
関係ないなら口出ししなきゃいいのに、わざわざ死ぬかもしれないからやめろと言ってくれる。
まあ、言い方のせいで全然心に響かないけど。
「そこまで言うならやってみろ。ま、てめぇじゃどうやっても無理だと思うがな」
「やってやるの」
しばらく押し問答を続けていたら、ようやく道を開けてくれた。
実力的には問題ないんだけどな。多分、この男よりは圧倒的に強いだろうし。
俺は依頼書を戻した後、受付に向かう。
さっきのやり取りを見ていたのか、受付のお姉さんは苦笑を浮かべていた。
「ええと、冒険者になりたい、のよね?」
「そうなの。なにをすればいいの?」
「まず、年齢を教えてほしいのだけど」
「年齢? 13なの」
「ああ……それだと、申し訳ないけど冒険者にはなれないわ」
「なんでなの?」
「冒険者になれるのは、15歳からだからね」
「あっ……」
年齢制限。なるほど、そんなものがあったか……。
完全に油断していた。『スターダストファンタジー』においては、そんなものなかったし、それらしい小説を読んでも年齢制限なんてほとんど描写されていなかったから、そんなものがあるとは思わなかった。
でも確かに、冒険者だって一つの職業だし、成人である15歳を迎えなければなれないというのはある意味当然かもしれない。
こんなことならサバを読んでおけば……いや、それでもかなり疑われそうだけど。
「兎族で冒険者になろうっていう考えは立派だし、弓もいっぱい練習したんだと思うけど、冒険者になるのはもう少し待とうね」
「ぐぬぬ……」
年齢制限を盾にされてはもはや俺にできることはない。
ここで駄々をこねたらそれこそ子供だし、大人しく引き下がるしかないだろう。
一応、ここで実力を見せれば、お国柄もあるだろうしもしかしたら見てくれるかもしれないけど、いきなり喧嘩吹っ掛けるわけにもいかないし、それを披露する場面はないだろう。
こんなことなら、もっと高圧的でただの自己満足で突っかかってくれたらよかったのに。それなら、返り討ちにして多少実力は示せただろうにな。
「ほらな、ダメだったろ?」
「……年齢制限は聞いてないの」
「まっ、まだはえぇってこった。どうしてもっていうなら15になるまで待ちな」
「むぅ……」
この男の謎の余裕はこれだったか。
せめて試験くらいはさせてもらえると思ったのに、予想外過ぎた。
まあ、ここは俺の考えが足りなかっただけだ。大人しく諦めよう。
俺は少し恥ずかしくなり、逃げるようにギルドから立ち去った。
感想ありがとうございます。




