第八話:安全な寝床を確保
「ひとまず領主様に確認を取る。確認が取れるまではここにいてもらうぞ」
もし、この市民証が偽造であり、何か良からぬことを考えている反乱分子だった場合、ここで通して後々問題が起こると兵士の責任問題となる。かといって、砦の資料を漁っても、常駐している兵士に聞いても、誰も知っている者はおらず、確認が取れない状態。
では通さないのかと言われればそれも憚られる。この先は未開地で魔物の巣窟であり、冒険者と名乗ってはいるが見た目は非力な兎族。ここで追い返せばそう遠くないうちに死ぬことになるだろうし、それはそれで後味が悪い。
そこで、ひとまずどこの国の者かは置いておいて、通していいかどうかを領主様の判断に任せることにした。
そうすれば責任を領主様に擦り付けられるし、放り出されても自分の心はあまり痛まない。
ここから町までは早馬で三日ほどかかる。伝令が到着し、確認が取れるまでの間は砦に滞在する、という運びとなった。
「わかったの。お世話になるの」
すでに食料も底を尽きかけていたので、ここで放り出されなかったのは僥倖だった。
まあ、まだ領主様からオッケーを貰ったわけではないからこの後放り出されるかもしれないけど、そうなったら強引にでも砦を抜けて町を目指す他ない。
【ハイジャンプ】を使えばこの程度の壁の高さだったら余裕で飛び越えられるし、なんなら【シャドウクローク】という姿を隠すスキルを利用すれば正面から抜けることだって可能だと思われる。
とはいえ、別に拘束されるわけでもなし、ただ滞在してくれというだけなら今のところ特に行動を起こす必要もないだろう。
ぺこりと頭を下げると、兵士の一人がこっちだと砦の中に案内してくれた。
砦の中は割と複雑な構造になっていて、廊下を歩いたり階段を上ったりしているうちに方向感覚がなくなってくる。意外に部屋数が多く、会議室や資料室、食料庫や武器庫など様々な部屋が揃っている。
なんだか歴史的な建物を観光しているような気分になり、きょろきょろと視線をさ迷わせながら兵士の後をついていくと、とある部屋へと案内された。
そこはどうやら休憩室のようで、ボロボロのソファとテーブルがあるだけのシンプルな部屋だった。
「生憎客室なんてものはないんでな、悪いがここで寝泊まりしてくれ」
休憩室とは言ったものの、現状は時折来る魔物を追い返すだけしか仕事がないこの砦。皆休憩する時は食堂や持ち場の近くで適当にだらけていることが多く、この休憩室はあまり使われていないのだそうだ。
なるほど、確かに埃っぽいし、窓もないから空気が淀んでいる気がする。
間違っても客人を招待する部屋とは思えないが、他に寝泊まりできる部屋と言ったら兵士の寝床くらいしかなく、男性ばかりの寝床に女性となった、それもこの世界では娼婦としてのイメージが強い兎獣人の自分が入って寝るのは色々と問題があるため選択のしようがない。
これでも気を使ってくれた方なのだろう。後から毛布やらランタンやらの道具は運び込むと言ってくれたし、寝るだけだったらテントよりは何倍もましな環境だ。
「それと、俺の名前はゼフトだ。何かあったら俺に言え。大体は正門の傍にいるからな」
「わかったの。ありがとうなの」
飯時になったら呼びに来ると言って去っていく。
俺はひとまずソファの埃を軽く払い、ぽふんと腰かけた。
ひとまず、第一目標である人と出会うことは達成できた。これからの状況次第だが、近いうちに町にも入れそうで正直ほっとしている。
ここにいる間は食事の面倒は見てくれるそうなので、食料に関しても心配する必要はない。それに砦の中なら夜に魔物の奇襲を受けることもないだろう。
安全な寝床が手に入ったと考えればだいぶ前進したな。
「問題はこの世界についてなの」
俺は初め、この世界が俺がこの世界に来る直前までプレイしていた『スターダストファンタジー』の世界だと思っていた。
しかし、どうも話を聞く限り、その設定とは異なることが多い。もちろん、俺だってルールブックやサプリのすべてを買っているわけではないからもしかしたらそういう設定があるのかもしれないけど、それで片づけてしまってもいいものかと思案する。
そもそも、俺はなんでこの世界に来ることになった?
記憶を思い返しても別に特別なことはやっちゃいない。いつも通りに友達と集まり、いつも通りにTRPGをしていただけだ。『スターダストファンタジー』だって別に初めてプレイするわけでもないし、原因が全く想像できない。
何か神様的なものの気まぐれに付き合わされて異世界に連れてこられた、とか? いやいやまさか……。
一蹴してしまいたいところだけど、現役っぽい兵士やら魔物の存在やら、明らかに元の世界とは異なる世界。それに自分の変わってしまった容姿と設定。それを考えると、本当に神様のような存在がいたとしても不思議ではない。
原因がわからなければ帰る方法もわからない。他のみんながどうなったのかも気になるし、わからないことだらけだ。
「とりあえず、まずは情報を集めることが大切なの」
元の世界に帰る方法を探すにしても、友達を探すにしても、まずは情報を集めないことには始まらない。
俺はまだこの世界のことを何も知らないのだ。万が一この世界で暮らすことになったとしても、何も知らないのでは生活に支障が出てしまう。
ひとまず、町に着いたら図書館なりなんなりを探すことにしよう。そして、ここがどういった世界なのかを把握する。それが最優先だ。
「でも、今は少し休憩なの」
出来ることならこの砦でもなるべく情報収集に努めた方がいいのだろうが、今の俺の立場は未開地から現れた怪しげな人物である。下手に嗅ぎまわってその印象を強くするよりは今は大人しくしておいた方が得策だろう。
それに連日の不安な足取りもあって精神的にだいぶ疲れている。確認とやらが済むまでのんびりしていても罰は当たらないだろう。
「ふわぁ……」
安心したら少し眠くなってきた。俺はソファに横になるとそっと目を閉じる。
時間的に考えて夕食まで三時間ほどあるだろう。それまでひと眠り……。
そんなことをうつらうつら考えているうちに俺は吸いこまれるようにして眠りに落ちた。
かちゃり、と扉を開ける音が聞こえて目を覚ます。
ピクリと耳を立たせながら扉の方に目をやると、そこにはゼフトさんの姿があった。
「なんだ、寝てたのか。お前も暢気な奴だな」
「疲れてたから、なの……」
くしくしと目を擦りながら身を起こし、ググッと伸びをする。
久しぶりに警戒せずに眠れたことでだいぶ身体もすっきりしたようだ。
苦笑するゼフトさんはその手に毛布やらなんやらが入った桶を持っていた。どうやら、道具を運んできてくれたらしい。
「わざわざありがとうなの」
「滞在する以上は一応は客だからな。これくらいはするさ」
テーブルの上に桶を置き、中に入ったものを次々と取り出して説明していく。
ちなみに、この砦にはお風呂はないそうで、この桶で水を汲んできてそれで水浴びをするのが普通だそうだ。
正直、水を節約する意味も込めて水浴びは最小限で済ませてきたので、出来ればお風呂に入りたかったのだが、こればっかりは仕方ない。町に着いてからお風呂のある宿でも探すとしよう。
いやでも、俺が風呂に入るとしたらどっちに入ればいいんだ? やっぱり、体に合わせて女湯だろうか。だとしたらその、凄く問題が……。
俺だって健全な高校生男子だ。女性にだって興味はあるし、この身体だって自分の身体でなければ結構好みなのだ。そんな思春期の男子が女湯に入るというのはどうにも……いけないことをしている感が半端ない。
……あれ、これ町に着いてもお風呂入れないのでは? 自分の羞恥心を取るか、お風呂の安らぎを取るか。難しい問題だ。
ま、まあ、それは町に着いてから考えるとしよう。その時には何かいい考えも浮かんでいるはずさ。
ゼフトさんの説明もそこそこに聞き流し、俺は浮かんでくる女性のお風呂シーンを頭を振ってかき消した。
感想、誤字報告ありがとうございます。