第七十一話:憧れ
「へぇ、それじゃあ、アリスはシリウスとはパーティメンバーなのね」
「そうなの。この大陸に来た時にはぐれちゃって、それ以来探していたの」
俺はアルマさんと一緒に馬車で街道を進んでいた。
正直、こんなことしている場合ではないけど、アルマさんがどうしてもというので仕方なく乗り込んだ形だ。
こんなことならシリウスの家族なんて言うんじゃなかったかな。いや、シリウスと同じ瞬時に治る治癒魔法を使えるのだからどのみち引き止められていたかもしれないけど。
いつまでも誤解させておくわけにもいかないので、シリウスとはパーティメンバーであり、この大陸に来た時にはぐれてしまったという説明をしたが、そしたら思った以上に興味深そうに聞いてくれていた。
アルマさんにとって、シリウスは本当に尊敬する人物らしい。だから、それに関することが聞けて嬉しいのだろう。
まあ、すべて本当のことってわけでもないんだけども。
「シリウスの【治癒魔法】はとても素晴らしいと聞いているわ。どんな怪我でも瞬時に治しちゃうって」
「この国だとそんなすぐに治せないの?」
「もちろんよ。【治癒魔法】は体の治癒能力を向上させて治す魔法だから、大きな怪我になればなるほど治りは遅くなるわ。前に宮廷治癒術師の【治癒魔法】を見せてもらったことがあったけど、一瞬で治すなんてできなかったわ」
治癒魔法というのだから、確かにその方が設定的には合っていそうだけど、『スターダストファンタジー』においてそんな遅さだったら回復の意味がないだろうな。
強いボスとかなら、【プロテクション】をされることを前提に攻撃力を決めていることもあるし、それなしで受けたら一撃で体力が半分以上削られるなんてことも珍しくない。
多分現実で考えたらかなりの大怪我だろうが、それを治すのに何日もかけていたらそのボスには一生勝てないだろう。
序盤のシナリオならともかく、終盤のシナリオなんて回復役はバフしてる暇がないくらい常に回復してなきゃいけないくらい忙しいこともあるので、瞬時に回復だって間に合わないくらいである。
ポーションも同様だ。回復役が間に合わなかった時は自力でポーションを飲んで回復することもよくある。
それを考えると、この世界では戦闘において回復役が活躍することはあまりなさそうだなぁと思う。
まあ、多少の怪我だったらすぐに治せることもあるらしいので、いた方が安心はできるだろうけど。
「これくらいは私のいた場所では普通だったの。むしろ、これでも足りないくらいなの」
「いったいどんな修羅の国なのよ。でも、そんな環境だったからこそ、あれだけの技術を身に付けられたのね」
そもそもの世界観が違うから、治癒魔法の価値観も違うよね。
これ、例えばシリウスが治癒術師として病院か何かを開いたとしたら、すぐに人気になることだろう。
今まで何日もかけて、お金もたくさん払って治してきたものが、一瞬で、しかも格安で治せるとなったら殺到するに違いない。
でも、それをやったら今まで重宝されてきた治癒術師が路頭に迷うことになるだろうし、シリウス以外にできる人がいないとなればシリウスの負担は計り知れないだろう。
今は何とか日銭を稼ぐためと、困っている人を放ってけない性格から助けて回っているのだろうけど、きちんと合流できたら注意しておかないといけないかもしれない。
「ねぇ、アリスはシリウスを見つけたらどうする気なの?」
「もちろん、一緒にこの国を脱出するの。そして、他の仲間を探しに行くの」
国が諦めない以上、もはやこの国にシリウスの居場所はない。いや、あるにはあるけど、それはシリウスの望むものではないだろう。
どのみち、他の仲間もどこにいるかはわからないし、それを探すための旅を続けることになるだろう。
まあ、シリウスがどうしてもやりたいことがあるというならその限りではないけど、俺としてはみんな見つけて早く元の世界に帰りたいところだ。
「……やっぱり、行ってしまうの?」
「元々、この国に来た理由はそれなの」
「そう、よね。この国は、シリウスに色々酷いことをしているしね……」
まあ、この国にとってシリウスが希望の星なのは間違いないだろう。
だからこそ、それを失いたくなくてこれだけ強硬な手段に出ているのだと思う。
そのやり方が全くの逆効果なのは置いておいて、もしシリウスがこの国からいなくなったら、人々は悲しむかもしれない。
でも、だからと言ってシリウスを回収しない理由にはならない。
シリウスは、俺の大切な友達なのだから。
「ねぇ、アリスは他の仲間を探す旅をしているのよね?」
「そうなの」
「じゃあ、その旅に、私も連れて行ってくれない?」
「お、お嬢様!?」
何を言い出すかと思えば、一緒に連れて行けだって?
俺はとっさにアルマさんのキャラシを見てみる。
スキルとしては【礼儀作法】とか【ダンス】とかの貴族っぽいものに【水魔法】とか【火魔法】とかの魔法系のスキルをそれなりのレベルで覚えているようだ。
レベルは4。10歳にしては結構高いかな? それなりに鍛錬は積んでいるようである。
でも、旅についていけるかと言われたら、そんなことはないだろう。
そもそも、アルマさんは貴族のお嬢様だ。今まで野営なんてしたことないだろうし、あったとしても強い護衛に囲まれた安全な寝床があったことだろう。
もちろん、俺は寝ていても敵の襲来を察知できるから似たようなことはできるかもしれないけど、完全に守れるかと言われたら微妙なところである。
それにそもそも、アルマさんにだって両親がいるだろうし、いきなりどこの誰とも知れない少女と一緒に旅がしたいなんて言っても反対されるに決まっている。
ジョンさんの反応からして前から決めていたってわけでもなさそうだし、完全に思いつきで言ってことだろう。
いくら何でも、これに頷くわけにはいかない。
「アルマ、様は貴族としての責務があるの。私みたいなちんちくりんについてくる必要はないの」
「でも、私、シリウスの、アリスの役に立ちたいの!」
「どうしてそこまで? そこまで執着する理由は何なの?」
「シリウスに憧れているから!」
憧れ、ねぇ。
まあ、シリウスは確かにこの国ではありえないような治癒魔法でたくさんの人を助けているし、憧れを抱くことは別におかしくはない。
だけど、いくら憧れていてもそれだけで今の生活を捨てて旅に出ようなんて思うだろうか。
アルマさんは貴族だし、そこまで酷い暮らしというわけではないだろう。身なりだっていいし、魔法もそれなりに使えるってことは鍛錬の場だってあるんだろう。
充実している、かどうかはわからないが、生きていく上でそこまで不満を抱くほどではないはずだ。
そんな安定した生活を、憧れという感情だけで捨て去れるものだろうか。
仮にシリウスがアルマさんを受け入れ、旅に同行することを許したとしても、その先に待っているのはただただ遠くにいるシリウスの背中だけ。
この世界の治癒魔法ではどうあがいてもシリウスには追い付けない。いくら憧れていても、その技術を身につけることはできないのだ。
そんなシリウスを見て、遠くからサポートするだけで満足なのだろうか? それとも、あわよくば自分もその技術を手に入れて一緒に治療行為をしたいとか思っているのだろうか。
どちらにしても、貴族のお嬢様には過酷な環境と言わざるを得ない。
そこまで憧れを抱いてくれるのは友達として嬉しいが、連れていくにはリスクが高すぎる。
やはり、頷くわけにはいかないな。
俺は聞こえないように小さくため息をついた。
感想、誤字報告ありがとうございます。
 




