第七十話:お人好し
シリウスのことをお人好しと称したけど、俺も人のことを言えないかもしれない。
というのも、道を引き返す道中で、魔物に襲われた馬車を助けに入ってしまったのだ。
時間を考えれば、こんなの助けている時間はない。そもそも、街道で魔物に襲われたのなら、それは運が悪かっただけの話であり、それを助けなかったとしても特に咎められるいわれもないわけである。
だけど、血を流して横たわる護衛らしき男性や、馬車の中から聞こえる女性の悲鳴、そんなの見てしまったら助けに入るしかないじゃないか。
幸い、俺の武器は弓である。遠くから狙撃してやれば、誰が助けたかなんてわからないだろう。
それに、襲い掛かっている魔物も俺からすれば雑魚ばかり。きっと通りすがった冒険者か何かがやっつけてくれたと思うところだろう。
「ほんとはこんなことしてる場合じゃないけど、仕方ないの」
俺は適当に矢を射ると、次々と魔物を屠っていく。
最後の魔物もしっかり射貫くと、俺は小さく息を吐いた。
後は気づかれないように通り過ぎて……。
「ダグラズ、エイド、しっかりして!」
「お嬢様、まだ外に出てはなりません!」
「でも! 二人が!」
通り過ぎてしばらくして、そんな悲痛な叫びが聞こえてくる。
それなりに距離は離れているけど、俺の耳はかなりいいから普通に聞こえてしまう。
恐らく、馬車の中にいた女性だろう。お嬢様と言っていたし、もう一人の声は執事か何かだろうか。
とにかく、その人が護衛の人を心配して外に出てきたんだと思う。
すでに敵は全滅させたし、周りに他の魔物の気配はない。
血の匂いを嗅ぎつけてやってくる奴はいるかもしれないけど、すぐに移動すれば多分大丈夫だろう。
御者は馬の陰に隠れて無事だったみたいだし、馬自体も多少怯えてはいたが怪我などはしていなかった。
護衛の二人を見捨てるなり馬車に乗せるなりして出発すれば、魔物に襲われることはない。
ないけど……。
「あの護衛、かなりの怪我だったの……」
魔物に切り裂かれたのか、胸には斜めに深い切り傷があった。もう一人の人も、同じように怪我をしている上に顔にまで深い傷があったように見えた。
致命傷ではないにしても、命が危うい状況なのは確かだろう。
それにそもそも、今近くの町には医者も治癒術師もいないはずだ。シリウスを釣るための作戦のせいで。
そうなると、ここで俺が見捨てれば、あの二人は確実に死ぬだろう。
俺は助けられるだけの能力があるのに、そんなことをするのか?
……答えは否だ。
「そこの子、ちょっと退くの」
「え? だ、誰よあなたは!」
俺は気が付いたら引き返していた。
護衛に縋りつく女性、いや、女の子と言った方がいいか。見た目だけなら俺、というかアリスと同じくらいの年かもしれない。
女の子は突然の俺の登場に戸惑っていたようだが、護衛の人を守るように縋りついた。
執事らしき人も女の子を守るように前に出ているし、かなり警戒されている様子である。
「私は怪しい者じゃないの。その人達を助けたいの」
「助けるって、あなた何者なの? そんなことできるの?」
「いいからさっさと退くの」
俺は半ば強引に女の子を押しのけると、二人に【ヒールライト】をかける。
すると、二人の傷は完全に塞がり、後には切り裂かれた服だけが傷の名残を教えてくれた。
「え、え?」
「これでとりあえず命は大丈夫なの」
二人の様態を確認し、きちんと呼吸が安定していることを確認する。
まあ、まだ攻撃を受けたショックで気絶していると思うけど、しばらくしたら目覚めるだろう。
「それから、あなたも一応」
「え、ふわっ……」
「これは、【治癒魔法】? いや、こんなすぐに治るはずが……」
ぱっと見怪我はしていない様子だったが、二人にも一応かけておく。
魔力は無限なんだ、これくらいの手間は手間のうちに入らない。
どうせ関わっちゃったし、こうなったらとことん関わってやろう。
「あなた、もしかして……シリウス?」
「え?」
呆然とした様子の女の子が、俺を見てそう言ってきた。
シリウスは男のはずだけど、なんで間違えるんだろうか。
いやでも、シリウスって普通の治癒術師では不可能な瞬時回復ができるからって有名になったのだから、同じように瞬時に回復できる俺はそう言う風に見られても不思議はないのか。
「私はシリウスじゃないの。アリスっていうの」
「アリス……あ、えっと、二人を助けてくれてありがとう。私はアルマ。アルマ・フォン・サラエティよ」
「私はお嬢様の執事をしております、ジョンと申します。見たところ、魔物を倒してくださったのもあなたの様子。危機を救っていただき、本当にありがとうございました」
どう考えても貴族って感じの名前だなぁ……。
まあ、王様を救った身としては今更ではあるけど、あんまり関わらないほうがよかったかもしれない。
でも、あそこで見捨てた方が後味が悪いので、後悔はしないよ。
「アリス、さっきの【治癒魔法】、普通じゃなかったと思うんだけど、ほんとにシリウスじゃないの?」
「シリウスは探してるけど、シリウスではないの」
シリウスはこの国ではかなり有名らしい。そして、かなり信用されているようだ。
でも、貴族にはあまり好感度は高くないって話だった気がするけど、アルマさんはそんなに嫌悪感は抱いてない様子。
貴族とは言っても、やっぱり色々あるのかな?
「じゃあ、家族とか?」
「家族、まあ、家族みたいなものなの」
アリスとしては、シリウスはかなりのお気に入りである。
パーティメンバーとなったのはシナリオの都合上ではあるけど、一応シリウスや他のメンバーのことを気に入ってという理由がある。
だから、家族ではないけど、家族になりたいとは思っているのだ。
「やっぱり! そんなに凄い【治癒魔法】を使える人がそう何人もいるはずないもの。それは家の秘伝ってところかしら?」
「別に、ただ普通に使ってるだけなの」
「うっそだぁ。そんな凄い【治癒魔法】使える人この国はいないわ」
「うーん……」
これは、憧れている、のかな?
助けてもらって感謝しているというよりは、そんな凄い治癒術師がいるのかと感心しているように感じる。
でも、自分で捕まえてどうこうって感じでもない。本当に単純に尊敬してるだけなのかな。
「それはいいの。それより、アルマ、様はどうしてここに来たの?」
「シリウスを探していたの。一度会って見たくて」
「誰か病気の人でもいるの?」
「ううん。でも、国から宮廷治癒術師のお誘いを受けても断って、平凡な人のために頑張るなんてなんだか素敵じゃない? だから、お手伝いできたらいいなと思って」
手伝いたい、ねぇ。
確かに、シリウスの活動は一般人からしたら希望の星だし、手伝いたいって人が出てきても不思議はないのか?
でも、それを貴族がやるのは結構凄いことだと思う。
シリウスが助けた数だけ、信頼してくれる人も増えて行っているわけだね。
国すべてが敵ではないとわかっただけでも良かったのだろうか。
俺は少し嬉しくなってフフッと微笑んだ。
感想ありがとうございます。
 




