第六十六話:ハスクの森へ
以前は女湯とか男湯とか、どちらに入ればいいんだと嘆いていたが、よくよく考えたら銭湯じゃないんだからそもそも男湯とか女湯とかの概念はなかった。
いや、ないことはないけど、高級宿ともなれば貸し切りで入りたいという人も多いし、俺もそうやって貸し切りを希望すれば割増料金を取られることにはなるが特に問題はなかったのである。
あの時の苦悩は何だったのか。まあ、解決したんだからいいんだけどさ。
「さて、さっそく向かうとするの」
翌日。起きてからもう一度お風呂に入ろうかとも思ったが、流石にそれは許されなかったので渋々買い出しに出かけた。
今回は予算を多めにとって、最低でも一か月は暮らせるくらいの食料を買いこんである。
森に行くのはいいが、すべてを探索しきるのは一日やそこらでは無理だ。だから、しばらくは野宿して探すつもりである。
またお風呂に入れない生活が始まる……なんか憂鬱だなぁ。
とはいえ、シリウスだって同じような目に遭ってる可能性が高い。いや、俺と比べればより過酷な状況にあるだろう。
なんとしてでも、見つけてあげなくてはならない。
そう言うわけで、お風呂は我慢だ。
「今は朝だから少し控えめにして……」
別に森に行くだけだったら街道を通る必要もないが、場所が見晴らしのいい平野なので道を外れたところであんまり意味はない気がする。
まあ、逆に言えば遠くからでも人が見えるのだから、いない時だけ走ってそれ以外の時は歩くっていうのでもいいかもしれないけど。
とにかく、あんまり怪しまれない程度に走っていくとしよう。
俺は食料を始めとしたすべてのアイテムを【収納】にしまうと、森へ向かって進み始めた。
朝だからなのか、それともここが主要な街道だからなのか、思ったよりも人が多くてあんまり走れなかった。
まあ、それでも日没までには着けたので文句はないけど、早く走れるというのを隠そうとすると結構面倒なものである。
というか、この世界で俺の足の速さってどんなもんなんだろう?
確かに、俺のステータスとその辺の一般人のステータスを比べると、天と地ほどの差がある。それを考えれば俺はこの世界で最速と言ってもいいんだろう。
しかし、ステータスには個人差があるし、種族によってはもしかしたら俺並に速い人もいたりするんだろうか。
敏捷特化というと、やはり獣人が筆頭だろう。種族補正として、最初から筋力、体力、敏捷にある程度の補正がかかるからどんな獣人を選んでも大抵は速い。
ただ、その中でも速いと言ったら、やっぱり猫なのかな?
確か【スピードスター】っていう敏捷を底上げする固有スキルを持っていた気がする。俺の【ハイジャンプ】と似たようなものだ。
それプラス、敏捷が関係するクラスというと【スカウト】とか【エクスプローラー】とかかな。
敏捷だけ上げまくってすべての攻撃を避ける回避盾も面白いかもしれない。今度作ってみたいな。
「いや、今はキャラクリの話はいいの」
俺は妄想を振り払い、森の近くに拠点を作っていく。
ここはすでに街道から外れていて、魔物の出現地帯だ。だから、ただ拠点を作るだけだと荒らされる可能性もあるけど、対処法はいくつかある。
今回は、【プリースト】で手に入れたうちの一つだ。
【ホーリーサクセション】
周囲を聖なるバリアで囲み、邪悪なる者を寄せ付けなくするスキル。
『スターダストファンタジー』の世界では、キャラごとに種族というものがあって、プレイヤーの場合、一部を除いて【人】になる。
だが、これは魔物側にも存在していて、例えば【獣】とか【機械】とかそういうものがある。
で、この邪悪なる者というくくりは種族が【アンデッド】とか【魔族】とかそういう者を指すわけだ。
まあ、これは【ホーリーサクセション】の説明ではなく、種族の欄に書かれていることなので、解釈のしようによってはいくらでも範囲を広げられる。なので、邪な心を持っているから邪悪な者だ、と言えばアンデッドとかじゃなくてもこの範囲に加えることができる。
いや、正確にはゲームマスターが許可したら、だけどな。
俺は面白いからってよく許可してるけど、そういうものが好きじゃないゲームマスターもいるだろうから言ったもん勝ちと言わんばかりに言いまくるのはやめた方がいいかもしれない。
本来であれば、ごく一部の特定の種族の魔物しか止められないし、森に出現するとしたら基本的には【獣】とか【植物】だろうからあんまり意味はないかもしれないけど、さっき言った拡大解釈が通用するのだとしたら、それなりの効果は見込めるんじゃないかと思う。
具体的には、俺や拠点のものに危害を加えようとする者、というくくりである。
うまく行くかはわからないけど、もしこれが有効なら一気に使いやすいスキルになるんだよな。
まあ、仮に効果がなくても多少の壁にはなるだろうから足止めくらいにはなるだろうし、別にいいかなとは思うけど。
どっちにしろ、拠点と言ってもせいぜい竈を作ったくらいだし。
「なんか、意外と設置系のスキルって少ないの」
一応、こんな拡大解釈なんかしなくても、【バリア】というスキルもあるにはあるが、あれは攻撃された時にダメージを軽減するスキルである【プロテクション】を強化するという内容だった。
フレーバーテキストにも、プロテクションの聖なるバリアを強化するスキル、という風に書かれているから、これがあるからと言ってバリアを周囲に展開できるかと言われたら微妙なところである。
【プロテクション】の方も、攻撃を受ける際にバリアを張って攻撃を防ぐ、という内容だし、展開し続けるというのは少し違う気がする。
そう考えると、設置して永続的に効果が発揮されるスキルって少ないような気がするな。
バフならあるんだけどね。一度掛けるだけで戦闘終了までずっと効果が発揮されるのって。
やっぱり、安置を作られるのが嫌ってことなのかな。確かに永続バフって強い気もするけど。
「まあ、うまく行くかはわからないけど、とりあえずこれで拠点は大丈夫なの」
元々、荷物に関しては【収納】があるから何の問題もない。問題があるとしたら、いちいちテントを張りなおさなければいけないことくらいか。
一応、テントを張った状態で【収納】にしまうこともできるようだけど、なぜか容量が多く取られていた。
まあ、畳んだ状態より広げた状態の方が体積が大きいのは当然だけど、そのせいで節約したくなってしまう。
アリスはダメージを底上げするために筋力にもたくさん振ってるから別にそんなに意識しなくてもいいんだけどね。不意にアイテムが手に入った時に空きがないと諦めるしかないっていう時もあるから、できるだけ節約したいっていうだけで。
「さて、いるといいのだけど」
俺は最後に竈の出来具合を確認した後、森へと入っていく。
町で聞いた話だと、この森はハスクの森と呼ばれているらしい。ヘスティア王国の西と東を分断するように広がっているので、ここを通る際には魔物に注意する必要があり、それ故に商人など以外はあまり通らないらしい。
もしかしたら、シリウスもここを越えなければ追われることもなかったかもしれないな。追うのが面倒そうだし。
すでにそうしている可能性もあるけど、今はとりあえず進むだけだ。
俺は【ライフサーチ】で生き物の反応を見ながら、分け入っていった。
感想、誤字報告ありがとうございます。
 




