第六十四話:交渉人
結局、シリウスがどの方向に行ったかを掴むことはできなかった。
相当慎重に動いていたらしい。本当に、気が付いたらいなくなっていたという風だったらしい。
ただ、そんな中でも途中で放り出した依頼は一つもなく、治療できるものはすべて治療してから出て行ったようである。
まあ、日銭を稼ぐという意味もあるだろうが、そこはやはりお人好しというか、義理堅いというか、優しいよね。
「こうなってくると、もうあてずっぽうで行くしかないの」
一応、シリウスの性格を考えるなら、町から離れるように移動するような気がする。
門番にすら目撃されずに移動できているのだから、こそこそ移動することはできているのだろう。ホビットは小人族で小さな体だし、ちょっとした隙間でも通れそうだから人目に付きにくいのかもしれない。
で、それを考えるなら、仮に地理を把握していようがしていまいが、町から離れるように移動しようとするのは当然と言えるだろう。
最初の国境の町からここに移動してきたなら、途中にあった森は確実に通っているはずである。なら、そこに移動するのがやはり妥当か?
ただ、問題もある。それは、魔物の対処だ。
【アコライト】であるシリウスは攻撃能力がない。一応ルール上、持っているはずの長杖で殴り掛かることはできるだろうが、筋力にそこまで振っていないので攻撃力はお察しである。
まあ、出てくるのがホーンウルフのような雑魚相手だったらそれでも何とかなるかもしれないけど、そう長くは戦えないだろう。
だから、そんな魔物がたくさんいるであろう森の中に逃げ込んで、生き延びられるのかという話だ。
「私みたいにレベルアップできるならいけるかもしれないけど……」
キャラシを確認してみるが、レベルは5のままだった。つまり、レベルアップはしていないようである。
ただ、経験値はそれなりに入っていたので、魔物を倒してはいるようだ。
これが今逃げ込んでいる森で倒した魔物なのか、それとも別の要因で手に入れた経験値なのかはわからない。けど、もし前者なら相当頑張っていると思う。
「ひとまず、森に行って見るのが無難なの?」
森で魔物を相手にするか、王都に向かって騎士団の相手をするか、どちらがいいかと言われたら魔物の方が断然楽である。
シリウスだって『スターダストファンタジー』のルールはよく把握しているし、何の能力もない一般人ならばともかく、ルールブックにも載っている騎士を相手にするよりは雑魚魔物の相手をする方が楽と考えるだろう。
まあ、命の心配をするなら騎士団を相手にした方が楽な気はするけど。
魔物は負けたら殺されるかもしれないが、騎士団の方は負けても捕まるだけで殺されはしないだろうし。殺してしまったらここまでして探している意味がないしな。
とりあえず、行くだけ行ってみて【ライフサーチ】で探すのが一番手っ取り早いと思う。
「それじゃあさっそく……」
「君、ちょっといいかな?」
「なの?」
とりあえず、森に向かってみようと思っていた矢先、何者かに話しかけられた。
振り返ってみると、そこには鎧を着た兵士を引き連れた男性がいた。
「少し話がしたいのだが、時間を貰ってもいいかな?」
「誰なの?」
「おっと、これは失礼した。私はアラス。このヘスティア王国の……そうだね、交渉役とでも言えばいいだろうか」
「交渉役?」
ネゴシエーターってことだろうか。それとも外交官とでも言えばいいのかな?
そんな偉そうな人が何でこんなところにいるんだろう。
「ああ、そうさ。君はシリウスを探しているそうだね。私はそのシリウスとの交渉のために派遣されたのだよ」
ああ、シリウスと交渉するためってことか。
でも、今更じゃない? 確かに、最初はシリウスを勧誘していたようだけど、今じゃ人相書きまで出回らせて指名手配みたいなことしてるし、どうあがいても交渉なんて無理そうだけど。
それとも、これ以上こんなことをしてほしくなければおとなしく仕えろという脅しでも掛けるつもりなんだろうか。
どっちにしても、交渉とは呼べなさそうだけど。
「さて、君に話しかけたのは他でもない。シリウスを探すのに協力してほしいからだ」
「協力、なの?」
「ああ。君もシリウスに会いたいのだろう? それは私達も同じだ。同じ目的を持つ者同士、手を取り合えないかと思ってね」
なるほど、私がシリウスのことを嗅ぎまわっているからそれを聞きつけて話しかけたというわけか。
でも、同じ目的というのは心外だな。
俺の目的はシリウスを助けるためであって、シリウスを説得するためじゃない。
アラスというこの男はシリウスを見つけたら間違いなく国に仕えるように勧誘することだろう。いや、もはや勧誘すらすっ飛ばして強制的に働かせる可能性もある。
この世界に奴隷の首輪みたいな隷属させる系のアイテムがあるかは知らないけど、もしあるならそれを使うことも視野に入っているかもしれない。
そんな奴と手を組むなんて到底考えられないな。
「お断りするの」
「なぜだい? 君も、シリウスを探しているのだろう? それもたった一人で。騎士団が総力を持って探しても見つからない相手を君一人で見つけるのはとても難しいことではないかな?」
「余計なお世話なの」
そもそも、騎士団が総力を挙げても見つけられないのは、町ばかり探しているからじゃないだろうか。
シリウスは人を助けるのが好きだということは今までの行動を考えればすぐにわかることだろう。だから、たとえ追われることになったとしても、そのうち良心が咎めて町に出て人助けをする、そう思っているに違いない。
でも、シリウスはとても慎重な性格だ。仮に設定に侵食されているのだとしても、治療するなら相当慎重に、秘密裏に行うことだろう。
騎士団がどれだけ有能なのかは知らないが、普通に考えれば戦うための部隊だ。人探しが得意なはずもない。
そう考えれば、シリウスを見つけられないのも納得だ。
「おやおや、どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。だが、私達は君のようにシリウスを求めている人の味方だ。もし協力してくれるなら、君にもシリウスと話す機会を用意しよう。どうだい?」
「シリウスを追い込むように指名手配するような相手と協力する気なんてないの」
「貴様、言わせておけば!」
「まあ、待て」
俺の言い草に激昂した兵士が声を上げるが、アラスはそれを手で制する。
ネゴシエーターだけあって冷静だけど、まだ勝算があると思ってるんだろうか。
「確かに、シリウスがいなくなってしまったのは私達のせいもあるかもしれない。しかし、私達はそれを反省しているのだよ。だからこそ、何としてでも会って謝りたい。わかっていただけないかな?」
謝りたい、ねぇ。それだったらそれこそ指名手配をやめるべきだと思うけど、そんな気はないようだ。
謝りたいから探しているというのなら確かに印象も少し変わってくる。
まあ、それが本当ならの話だけど。
俺はスキルの一つを発動し、この男の真意を見極めることにした。
感想、誤字報告ありがとうございます。
 




