第七話:ようやく人と遭遇
遠くから見て壁だと思っていたのはどうやら砦のようだった。
分厚い石レンガで作られた城壁はとても堅牢そうで、かなりの範囲に広がっている。
思わず足を止めて呆けていると、門の傍にいた兵士っぽい人が話しかけてきた。
「おいお前、何者だ」
二人の門番はその手に槍を構えながら警戒するような目つきでこちらを睨んでくる。
その言葉を聞いた時、これは大陸共通語だなと理解できた。人間には人間の、エルフにはエルフのそれぞれの言葉があるが、大陸共通語はその名の通りこの大陸において共通する言語である。
まあ、アリスは人間語を修得しているからそれでもよかったけど、共通語で話せるならそれに越したことはない。
俺はようやく人に会えたことに感動しながら緊張気味に話し出す。
「私はアリスって言うの! えっと、冒険者、なの?」
「冒険者だと? 見たところ兎族に見えるが……」
本当は自分の名前を答えようとしていたのだけど、アリスに変換されてしまった。
まあ、ここの世界観ならこっちの名前の方が違和感がないかもしれないし、いいのか? 元の世界と同じような世界観でもアリスという名前は割と存在するし問題はないだろう。
ただ、自分のことを明らかな女性名であるアリスだと紹介するのは少し恥ずかしいが……。
とはいえ、そう答えたところ凄く不審な目で見られてしまった。
いやまあ、見た目10歳、身体年齢13歳の兎獣人が何もない草原から来たらそりゃ不自然だろうけど……。
「あの、実は迷っちゃったの! ここはどこなの?」
「ここはクリング王国の外れにあるコクロン砦だ」
クリング王国。コクロン砦。どちらも聞いたことがない地名だった。
この世界は『スターダストファンタジー』の世界ではない? いや、でも言葉は同じだし、どうなんだろう。たまたま聞いたことがない地名なだけだろうか。
「迷ったと言うが、この先は未開地でひたすらに草原が続いているだけだぞ。一体どこから来たんだ?」
話を聞くと、ここはひたすらに草原が広がっている未開地で、魔物の巣窟であるという。この先には町があり、その町を魔物から守るために建てられているのがこのコクロン砦であり、ここに入り込むためには砦を抜けていく他には険しい山を越えるなり海を渡るなりしないといけないらしく、実質入り込むのは不可能だという。
一応、地図上では草原を突っ切った先には海があり、そこを更に超えれば別の国があるらしいのだが、そこまで行く労力は計り知れなく、また危険も多いため普通は山をぐるりと回って迂回していくのが普通だそうだ。
当然、俺が砦を抜けたなんて記録はなく、結果誰もいないはずの場所からポッと沸いた怪しい人物、という風に映ってしまっているようだ。
「それはぁ……そのぉ……私にもよくわからないの。気が付いたら草原のど真ん中にいて、何日もずっと歩いてたの」
「こんな魔物の巣窟を兎族が何日もねぇ……とてもじゃないが信じられんな」
どこから来たと言われてもいきなり草原スタートだったから答えようがない。うまい言い訳も思いつかなかったのでそのまま言ったが、やはり信じてもらえないようだった。
準備して挑んでいたならともかく、いきなり放り出されて何日も過ごしていたと言われても確かに信じられないだろうが、一応冒険者という肩書を持っている。
収納ブレスレットがあればある程度の備えをしておくことは可能だし、そこまで不思議ではないと思ったのだが……いや、ここがもし『スターダストファンタジー』の世界でないならその常識も通用しないのか?
というか、兎獣人に対して何か思うところがあるのかやたらと主張してくるが、一体何なのだろう?
「あの、兎族って珍しいの?」
「いや、割といる。だが、冒険者というのは聞いたことがないな」
話によれば、兎族は、力が強く頑強だと言われる獣人族の中でも非力で、戦うことが極端に苦手なのだという。そのため、基本的には種族繁栄のために子供を生むのが仕事であり、主婦として家の中でひっそり暮らすのが普通らしい。また、一年を通してずっと交尾が可能なことから、娼婦として働いている者も多く、兎族はそういう目で見られがちなのだという。
なるほど、だから冒険者だと言っても信じてもらえなかったわけか。
ちなみに、兎獣人だけが力が弱いなんてルールはなかった。やはりこの世界は全く別の知らない世界なのかもしれない。
「まあとにかく、冒険者だというならギルドカードはあるか? それで問題ないようなら通してやる」
「ギルドカード……」
『スターダストファンタジー』において冒険者の証はバッジだ。装備のどこかに着けることが義務付けられており、アリスも胸につけている。
「持ってないの……」
「なに? 冒険者じゃなかったのか?」
「私のいたところではこのバッジが冒険者の証になっていたの」
胸のバッジを見せてみるが、訝しげな顔をするだけでどうにもピンときていない様子。どうやら見たことがないようだ。
「見たことがない意匠だな。どこの地方だ?」
「えっと、ワールザー王国のケムっていう町なの」
「……知ってるか?」
「いや、知らないな」
一応、設定上の出身地を述べてみるがやはり心当たりがない様子。
うーん、どうしたものか。
「市民証はないのか?」
「あ、それなら持ってるの」
住民には市民証の携帯が義務付けられている。だから俺もそれは持っていた。
冒険者であることは証明できないが、これなら身分の証明くらいはできるかもしれない?
俺は収納から市民証を取り出すと兵士達に見せる。
「おいちょっと待て、今のは何だ?」
「あっ……えっと、収納なの」
「収納? アイテムボックスのことか?」
どうやらこの世界では収納ブレスレットではなく、アイテムボックスという名で通っているらしい。
それに頷いて見せると、物珍しそうにこちらを見てきた。
「アイテムボックス持ちとは運のいい奴だ。だから冒険者なのか?」
「えっと、アイテムボックスって珍しいの?」
「そりゃそうだろうよ。アイテムボックスのスキル石なんて金貨うん万枚はくだらないだろしな」
「スキル石?」
「なんだ、スキル石で手に入れたんじゃないのか?」
スキル石、聞かない言葉だった。
話を聞いてみると、スキル石とはスキルが内包された石であり、それを砕くことによって内包されたスキルを修得できるというものらしい。
有用な効果のスキル石はオークションなどで取引されることも多く、その中でもアイテムボックスは目玉中の目玉なのだとか。
また、スキルの修得手段はスキル石以外にもあり、修行によって身に着けるものや先天的に有しているなど様々なパターンがあるらしい。
「スキル石でないとなると、天然か。ほんとに運がいい奴だ」
「えっと、ありがとうなの?」
どうやら兵士は俺が先天的にスキルを授かったと思っているらしい。
まあ、誤解してくれているなら好都合か。
「と、市民証だったな」
「あ、はいなの」
改めて市民証を見せてみると、何やら渋い顔つきで見つめたまま唸っている。
市民証には名前と年齢、職業が書かれている。ちなみに名前はアリス・エールライト、年齢は13歳で、職業は冒険者となっている。
別におかしなところはないはずだが、しばらくして困惑したような顔で返された。
「とりあえず13歳ってことにも驚いたが、それはまあいい。問題はこの市民証がどこの国のものかわからないってことだ」
市民証や身分証はどこの国でも発行しているが、その規格は大体同じであり、国の名前が書かれているのが普通だ。
もちろん、俺が渡した市民証にも国の名前は書かれているが、その名はこの世界では存在しないらしく、これを鵜呑みにしてもいいのかどうか迷っているらしい。
もうこれがだめだったらいよいよ身分を証明できるものなんて何もない。
せっかく人に会えたというのになんて幸先が悪いのだろう。俺は思わず天を見上げた。
感想ありがとうございます。