幕間:故郷の今
剣聖、シュライグの視点です。
魔王が現れたと聞いて、僕は真っ先に国に帰ることを思いついた。
確かに、すでに僕の所属はヘスティア王国である。帰るべき国はここであり、アフラーク王国はもはや関係ないと言っても過言ではない。
けれど、それでも故郷である。父上のことは嫌いだが、アレクや、国民のみんなを見殺しにするわけにはいかない。
幸いにも、許可はすぐ下りた。
今回の魔王騒動は、世界各地で起こっていることらしい。アリスさんは、自国を守るだけでなく、世界を守るために、僕達を各地に派遣するつもりのようだった。
むしろ、あちらの方から、アフラーク王国を任せたいと言ってくれたほどである。
きちんと僕の意見を尊重してくれていて、とても嬉しかった。
本来であれば、行くだけでもかなりの日数がかかってしまうが、そこはアリスさんの不思議な力のおかげで、一瞬にして移動することができた。
幸い、王都にはまだ魔王は現れていない様子だったが、現れるのも時間の問題だろう。
「だいぶ荒れてるなぁ……」
ただ、魔王が現れていないはずなのに、すでに王都は酷い有様だった。
別に、建物が壊されているとか、怪我人が転がっているとか、そういうことではない。
ただ、治安が悪くなったという印象だ。
と言うのも、僕がこうして国を捨て、ヘスティア王国に行くことになった後、アフラーク王国は衰退の一途を辿っていた。
僕が倒した巨大イビルワームは、周辺諸国では剣聖が倒したということになっている。
つまり、長らく剣聖がいなかったアフラーク王国にも、剣聖が誕生したと、そういう認識をされていたのだ。
しかし、実際には僕はいなくなってしまったから、当然剣聖を送り出すことはできない。
最初の内は、僕がまだ子供だからと言う理由で、外に出なくてもそこまで問題にはならなかった。
しかし、周辺諸国から、剣聖の要請があった時、それを無視する形になったことで、再び国の関係に亀裂が走った。
やはり剣聖の誕生は嘘だったのではないか、あるいは、剣聖を持っているからと、周りの国を見殺しにして、属国にしようとしているのではないか。
あらゆる憶測が行きかい、現王である父上は盛大なバッシングを食らうことになった。
何度か、僕宛てに戻って来いという手紙が来ていたり、使者が来ていたりしたようだけど、アリスさんからそんなことは聞いていないし、仮に聞いていたとしても、父上のために働くなんて御免だったので、行くつもりはなかった。
もちろん、強力な魔物が現れて、アフラーク王国が滅びそうだとか言われたら、赴くけど、そうでないなら、ね。
外国から攻撃されていることを国民にも知られ、対処できない父上に批判が集まったし、そのうち父上が王の座を退位するのも時間の問題だろう。
国民達が貧困するのはちょっと可哀そうではあるけど、それをどうにかするのが王の役割である。
それすらできないのに、せっかく目の前に転がってきたチャンスを棒に振ったのだから、こうなるのは必然だった。
「一応、父上に挨拶しておこうかな」
「大丈夫ですか? 無理に会う必要はないと思いますが」
「アレクのことも心配だしね。全然顔を見せてないし、ついでだよ」
アスターが心配してくれるが、もう父上に何を言われようが動じない自信はある。
あの人は、もう父上でも何でもない。ただの、愚王である。
城に向かうと、兵士達が慌てて報告しに行った。
どうやら、今は周辺諸国の外交官達が訪れていて、父上に詰め寄っているらしい。
魔王が現れたことで、真に剣聖が必要になったのに、一向に派遣しないから、業を煮やしたらしい。
魔王が出現しているのに、わざわざここまでくる方が凄いと思うけど、それだけ重要な案件ってことなんだろう。
ちらりと謁見の間を覗くと、外交官の一人が怒鳴り声を上げているのが見えた。
本来、王に対してそんな暴言を吐くことは許されないことだけど、相手は一応他国の王様の代理だし、今の父上にそれを咎めるだけの力はない。
顔を真っ青にして必死に言い訳する姿は、あの頃の父上の面影など一つもなかった。
「あ、兄上! 兄上だ!」
「アレク、久しぶりだね」
これは話せそうもないと帰ろうとすると、アレクが駆け寄ってきた。
アレクは、父上と違ってとても素直でいい子だ。父上に何を言われても、僕の姿を見るととことこと寄ってくる人懐っこさもある。
若干背が伸びたように見えるが、まだまだ子供の部分が抜けないようだ。
「兄上、帰ってきたの?」
「うん。魔王が現れてるって言うからね、倒しに来たんだよ」
「魔王を倒してくれるの? 凄い!」
「アレクは、どこに魔王が出てきているかわかる?」
「うん! うんとねー」
ダメ元で聞いてみたのだけど、どうやらしっかりと知っている様子である。
一応、アレクも次期国王として、色々と英才教育を受けてきた身だ。
今がやばいってことくらいは把握しているだろうし、もしかしたら、自主的に調べたのかもしれない。
もう、今すぐにでも父上と王の座を交代した方がいいんじゃないだろうか?
現在の治安の悪さは、魔王が出現するよりも前からすでに起こっていた。
他国からの移民問題もあるだろうけど、それ以上に、締め付けが強すぎて、不満が溜まっていたのは事実だった。
これを立て直せというのは、アレクにとってはちょっと荷が重いかもしれないけど、父上がこのまま運営するよりは、よっぽどましになる未来が見える。
「ありがとう。それじゃあ、さっそく倒してくるね」
「もう行っちゃうの?」
「倒したら、また話しに来るよ。アレクは、国民のみんなをよろしくね」
「うん、わかった!」
その後、アレクに大きく手を振られながら、城を後にする。
久しぶりにアレクと話せて、少しすっきりした。
心配だったのは事実だ。一応、アフラーク王国に魔物の危機が訪れたら、戻ってくるとは思っていたけど、それを知る術を用意していたわけではない。
アリスさんなら、きっと何とかしてくれるだろうという人任せな体制だっただけに、知らずのうちに滅びてしまって、アレクもそれに巻き込まれるのではないかと思ったこともある。
けれど、こうして話せたことで、アレクはそこまで弱くないということも把握できた。
できることなら、このまま連れて帰りたいけど、今はそれよりも魔王を優先しなければならない。
魔王は、何回倒しても復活するという性質を持っているらしい。これは、今までの魔王にはなかった特徴だ。
だから、とにかく被害が出る前に倒して、少しでも国民の命を救わなければならない。
「アスター、準備はいい?」
「はい。いつでも問題ありません」
アスターも、メイドなのに、アリスさんの指導を経てとても強くなった。
その強さは、魔王ですら相手にできるほどである。
もう、メイドじゃなくて冒険者としてもやっていけそうだけど、離れてほしくない自分もいる。
その内離れて行ってしまうかもしれないという不安もあるが、後で真意を聞いてみるのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、魔王がいる場所へと向かった。
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