第六百十三話:残される者達
元の世界に帰るにおいて、特別な準備が必要なわけではない。
クーリャの話では、ちょっと目をつむっている間に、元の世界に帰れるようなので、アイテムとかを揃える必要はない。
ただ、当然ではあるけど、元の世界に戻るということは、この世界からいなくなるということである。
そこで問題なのが、俺の立場だ。
俺は現在、ヘスティア王国の王様と言う立場である。
最初こそ、不信感を抱かれていたこともあったが、今では世界を救ったということも合わさって、誰もが認める王様として君臨することになってしまった。
そんな中、俺がいなくなれば、国は混乱し、せっかく平和になったのにまた荒れることになってしまうだろう。
だから、少なくとも、新たな王様を立てる必要があった。
「どうしても、帰ってしまうのか?」
「うん。私は元々この世界の人間じゃないし、そもそも王様としてふさわしい存在でもないの。だから……」
「うーむ、そうは言うが、もはやアリス以外の王など考えられないぞ?」
ヘスティア王国では、とにかく強い者が王様となる。
現在は、プレイヤーがたくさんいるから、その人達が強いってことになるけど、大抵の人は元の世界に帰るはずだから、それらがごっそりいなくなってしまう。
そうなると、元からこの世界にいた人物でなければならないのだけど、そうすると候補が少なすぎる。
一応、グレイスさんとかシュライグ君とか、レベル上げをしてめちゃくちゃ強くなっている現地人はいるっちゃいるけど、王様にできる人材かと言われると微妙なところだ。
だから、カリスマ性もあり、元々この国の王様だったファウストさんに後釜をお願いしているのだけど、どうにも渋られている。
まあ、そりゃそうだって話だけど、そうでもしないと帰るに帰れない。
ただでさえ、サクラだって女王の座を降りるための説得に苦労しているのに、これではいつまで経っても帰れなくなってしまう。
ここらへんは、しっかりと次なる王様を育成してこなかった俺の落ち度でもあるけどね。
「ファウストさんは、もう王様になりたくないの?」
「俺はただ、強い奴と戦えればそれでいい。そのために王としての力が役に立つというなら、王になるのもいいなと思うくらいだ」
「だったら、またなったらいいの」
「だが、俺は一度お前に負けている。一度負けた者が、再び王として君臨するのはどうなんだ?」
適任がいるとしたら、元王様であるファウストさんくらいしかいない。
しかし、ファウストさんは、強さに重きを置くせいか、一度負けたのに再び王様になるのはいけないのではないかと渋っている。
別に、国民が納得するなら問題ないと思うんだけど、変なところで律儀なんだよなぁ。
「私は、ファウストさんしかいないと思ってるの。国民だって、そう思ってるはずなの」
「しかしなぁ……」
この押し問答も何回目だろうか。
ファウストさんが頷いてくれないのなら、新たに人を育成して、ってなるんだろうけど、これと言って王様に相応しい人がいるわけでもない。
いや、強さに貪欲であるというだけなら、この国ならたくさんいるだろうけど、その中で俺が特別に育ててあげるほど気に入っている人がいるかと言われたらノーである。
ただでさえ、俺が育てるのは他の人達からしたらずるっぽいのに、何の関係もない人を、ポンと選んで王様に仕立て上げるのもなんだか違うような気がする。
せめて、ファウストさんに息子とかがいるなら話は別だけど、そういうのもいなさそうだし……。
「……ファウストさんは、私が居ないと不安なの?」
「俺が、と言うより、国民はみんな思っていることだろう。神をも打ち倒せるアリスがいるなら、この国は安泰だ。できることなら、いつまでもここにいて、この国を守っていって欲しい。そう思っている」
「私は、ずっとここにいなくちゃいけないの?」
「まあ、そういうことになるだろうな。お前はもちろん、カインもシリウスも、いなくなられては困ると思っている奴が大半だろう」
その答えは当然と言えば当然だった。
そりゃそうだ。この世界において、神様は絶対の存在である。
そんな神様すら倒して見せた俺がいれば、この国が脅かされることはないだろうし、国の影響力だって計り知れないことだろう。
安全と言う意味でも、国を大きくするという意味でも、俺は必要な存在なわけだ。
あまりにも、俺達の存在が大きくなりすぎたということだろう。
せっかく、元の世界に帰るチャンスだけど、これでは気持ちよく帰るのは難しそうだ。
「まあまあ、ファウスト様。そうアリス様を困らせるものではありませんよ」
「ナボリスさん」
廊下で話してたが、そこにナボリスさんがやってきた。
思えば、ナボリスさんには大分お世話になった。ほとんどの仕事を押し付けてしまったし、俺の我儘を通すために色々動いてもらったこともある。
一応、ガイゼンとかは残していくつもりだし、多少は仕事は楽になるとは思うけど、それでも俺がいなくなることによる影響は大きいだろう。
元の世界に帰りたいという俺の願いは我儘なんだろうか。
俺は、このままこの世界にいるべきなんだろうか。
「ファウスト様、私は、あなたが再び王になってもいいと考えています」
「ほう、それはなぜだ?」
「王としての資質でしょうか。アリス様は確かに聡明でいらっしゃいますが、まだ子供らしい部分も多い。時には、その無邪気さが、足枷になることもありましょう。それに比べて、ファウスト様のカリスマ性は、国民の誰もが認めるところでございます」
「しかし、俺は一度負けた王だぞ?」
「そこらへんはどうとでもなるでしょう。今や、アリス様の存在は、神にも等しいものになった。そして、神は見守る存在であり、導く存在ではない。国民を束ね上げ、導いていくのは、この国を誰より愛しているあなた様こそがふさわしいのではないですか?」
どうやら、ナボリスさんはファウストさんを説得してくれているらしい。
願ってもないことだけど、いいんだろうか?
ナボリスさんだって、俺と言う存在がいれば、国の運営において強く出られるはず。
今はただの中堅国家だけど、大国に成長することも夢ではないだろう。
それでも、ナボリスさんは俺のことを庇ってくれている。
ナボリスさんの狙いは何なんだろうか。
「正直に申し上げれば、私もアリス様がこのまま存続してくれることを願っております。しかし、子供の無垢な願いを踏みにじってまで、留めておこうなどとは思っておりません。世界を救った英雄が、自分の願い一つ叶えられないなんて、可哀そうだとは思いませんか?」
「う、うむ、確かに」
「私は、アリス様には自由に羽ばたいていって欲しい。この国に縛られず、どこまでも自由に、遠くまで。そう考えたからこそ、こうしてお願いをしに来たのですよ」
「ナボリス……」
ナボリスさんは、ただただ俺の願いを叶えるために申し出てくれたようだ。
何か狙いがあるなんて考えた自分が恥ずかしい。
国の益よりも、俺の願いを優先してくれたナボリスさん。思えば、今までもそんな兆候はあったように思える。
見た目が子供だからと言うのはあるだろうけど、それでも、その優しさは心にしみわたった。
「ありがとう、ナボリスさん……」
俺は小さく礼を言う。
問題の一つは、無事に解決しそうだった。
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