第六百十二話:地上の出来事
それから一週間が経った。
世界を救ったということで、俺達を主役にした宴は三日三晩続き、終盤になる頃にはみんな地面に倒れ伏して死屍累々の状態になっていた。
俺もこの体で初めてお酒を飲んだけど、あれは魔性の飲み物だと思う。
酔い潰れたことは確かだけど、その時に何を言っていたのか覚えていないから、何か変なこと言ってないかが心配だ。
カインが暖かい目でこちらを見ていたのが嫌な予感を加速させるが、もう聞かないことにする。
知らなければ、事実としてカウントされないのだ。うん。
「さて、それじゃあ、事のあらましを説明しようか」
現在、俺達は霊峰ミストルにある、大穴の中に来ている。
オールドさんの隠れ家がある場所であり、呼び出したのもオールドさんである。
戻って来てから、結局なにも音沙汰がなかったから、どうしていたのかと思っていたけど、どうやら色々と後片付けをしてくれていたようだ。
もしかしたら、ファーラーが言っていた、後片付けをする人って、オールドさんのことだったのかもしれないね。
「君達が神界に行ってからしばらくして、魔王の弱体化が始まった。ギミックもほぼ完全に解除され、ちょっと攻撃力が高い程度の雑魚に成り下がった」
「そんなに弱体化してたの?」
「恐らく、力の源である負の感情が流れ込んでこなくなったからだろうね。この世界の人々も、プレイヤーやドラゴン達の助力によって勢いづいていたし、それほど絶望していた人がいなかったんだろう。だから、弱体化も顕著だった」
各地に出現していた魔王は、俺達が神界から戻ってくる時にはすでに駆逐されていたらしい。
魔王の配下である魔族も、魔王がやられたことで逃走し、一部は残党狩りが森の奥深くまで分け入って倒してきたところもあったという。
魔族の存在は、魔王復活の予兆でもある。だから、仮に戦う意思がなかったのだとしても、生かしておくわけにはいかない存在だった。
まあ、すべてを討伐することはできなかったみたいだけど、しばらくは悪さもできないだろうとのことである。
また魔王が復活する可能性がないわけではないけど、今回のように、よほどのことがなければ何とかなるはずだ。
「君達が倒した、ファーラーに取りついていたプレイヤーの魂だけど、そちらも処理しておいた。一部が地上に流れ出していたからね、下手をすれば、何か悪さをしていたかもしれない」
「それは、対処してくれて感謝するの」
「まあ、俺もあいつには色々やられたからね。仕返しできたと思えばむしろありがたいことだったよ」
あの時、粉々に砕け散ったプレイヤーの魂だったけど、一部は地上へと逃れていたらしい。
ファーラーの話では、もはや自我もなく、本能のまま動くだけのカスのようなものだと言っていたけど、それでも意思があるというだけで何かできる可能性はある。
と言っても、神様であるファーラーが大丈夫だと言ったんだから大丈夫なのかもしれないけど、その懸念もオールドさんが蹴散らしてくれたようなので、これで本当の意味で安心できるかもしれない。
「スターダスト達が神界に戻ったことによって、他の神も復活を始めた。そのうち、この世界も、昔のように、クラスが当然のように存在する、『スターダストファンタジー』本来の世界に生まれ変わるだろう」
「本当の意味で、元通りってことになるの」
「そうだね。ついでに言うと、俺や君が粛正の魔王になっている状態もそのうち解除されると思う。人々が望んでもいないのに、いつまでもそんな物騒な魔王が存在するのはよくないことだしね」
「そういえば、私も粛正の魔王だったの」
結局、粛正の魔王としての力は何一つ使わなかったわけだけど、それでも、その器であったことに違いはない。
粛正の魔王は、本来はその時代を粛正するための存在である。役目もないのに、いつまでも存在するのは、確かによくないことだろう。
「それって、私達が消えたりしないよね?」
「それはない。粛正の魔王は、いわばクラスのようなものだ。それを解除するのに、存在ごと消去する必要は微塵もない」
「それを聞いて安心したの」
「まあ、仮にそうだったとしても、消されないとは思うけどね。世界を救ってくれた恩人に、恩を仇で返す様な奴じゃないでしょ、スターダストは」
粛正の魔王と言う存在がなくなり、そのうちクラスも元に戻る。
プレイヤーが不正に吊り上げていた経験値も通常通りに戻るだろうし、この世界は再び強力な冒険者が生まれるようになるだろう。
残る憂いは、俺達の存在くらいである。
まあ、それもそのうち元の世界に帰るから、問題ないだろうけど。
「そういえば、他のプレイヤーはどうなったの?」
「君達が見つけられなかったプレイヤーに関しては、グレンがすでに大部分を確保してるよ」
「グレンが?」
「うん。グレンが何の意味もなく、動物と人を入れ替えてると思った?」
「まさか、そういう理由があったの?」
あの時、イナバさんと体を入れ替えられた時は、ただ単に思い付きでやっているだけかと思っていたけど、考えてみれば、グレンがそんなことする理由は何一つない。
グレンはプレイヤーであり、オールドさんのサポートをするために行動しているのだから、そもそもサーカス団なんてやる必要すらないわけだし。
入れ替えられたプレイヤーは堪ったものではないかもしれないけど、それも保護の一環だったってことなんだろうか。
なんか、意外ではあるけど、グレンなら確かにやりそうな気がしてきた。
「まだ見つかってないプレイヤーもいるっちゃいるけど、それもそのうち見つかると思う。グレンは優秀だからね、任せておけば大抵は何とかしてくれるよ」
「グレンっていったい何者なの?」
「俺の一番の友達で、プレイヤーの一人。いや、正確に言えば、君に近いんじゃないかな? お助けキャラのアリス」
「それって……」
それはつまり、グレンもまた、ゲームマスターを兼任したプレイヤーだったということか。
確かに、グレンのスキルは、どれも頭おかしいものばかりである。
【ボディスワップ】はまだわからなくもないけど、他のスキルとか見たこともないし、今考えると、あれはオリジナルのスキルだったのかもしれない。
オールドさんの隣にいるグレンさんがくすりと笑う。
うん、そりゃ勝てないわ。俺より理不尽な存在じゃん。
「まあ、そういうわけだから、皆見つかったらまとめて聞いておくよ。元の世界に帰りたいかどうかをね」
「そういうことなら、任せるの。オールドさんも、元の世界に帰るの?」
「それでもいいけど、俺は残るよ。せっかく、粛正の魔王と言う責務から解放されたし、すでに三千年以上この世界にいるから、元の世界のことなんてほとんど覚えてないしね。グレンも戻ってきたし、また世界の危機が起こった時に、対処する人は必要だ。だから、悪いけど一緒には行けないかな」
「そう……。まあ、オールドさんがその道を選ぶなら仕方ないの」
本当なら、みんな元の世界に連れて帰りたかったけど、本人が残りたいと言っているならその意見を尊重しないといけないだろう。
この世界と元の世界の時間軸がどうなっているかもわからないし、三千年経っているから、元の世界に戻った瞬間三千歳になって死んじゃいましたじゃ怖すぎる。
その点では、俺も心配ではあるんだけど、まあ、最悪大人になってしまったとしても、何とかなる気はしている。
世界を救うことができたんだから、自分の人生くらいちゃんと決められるだろう。そんな自信があった。
これで、この世界の平和は約束されたようなものである。
オールドさんに任せるのはちょっと気が引けるけど、本人が望んでいるだから、他人がとやかく言う必要はないだろう。
それに、いざとなればクーリャが何とかしてくれると思うし、そこまで気に病む必要はない。
後は、元の世界に帰る準備を整えるだけ。
そう思って、やるべきことを頭に思い浮かべた。
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