第六百十話:声の正体
「それにしても、あの声は何だったの?」
「何か聞こえたんですか?」
「うん。それが……」
すべてが終わって安心したこともあって、疑問に思っていたことが口をついてしまった。
あの時の声。どこか聞き覚えのある、女性の声だった。
とても身近な存在のような気がするのに、どこか記憶に残らない、不思議な声。
結局、あの声があったから成功したのかどうかはわからないけど、どこかで見守っていてくれていたのは確かだろう。
あれは、一体誰だったのだろうか。
「あの時、恐らくですけど、あの巨人は致命的な失敗をしていたと思いますよ」
「え?」
クーリャの言葉に、俺は思わず振り返る。
確かに、クーリャも言っていた。いくらクリティカルで確定命中やダメージブーストをしたとしても、相手のバリアを剥がすには、相手も失敗をする必要があると。
実際、途中までは、サクラの攻撃に晒されても、相手は回復を繰り返していた。コンマ数秒の隙はあったけど、それだけだった。
それが、最後は時が止まったかのように回復が止まり、大きな隙を見せた。
クーリャは、それが致命的な失敗を起こしたのだと指摘する。
「私も、そう言った人達は何人も見たことがあります。なにせ、身近にそういうことをする人がいましたからね」
「それって、ファーラーのこと?」
「そうです。あの時の巨人の動きは、まさに姉に魅入られた者の動きでした」
つまり、あの瞬間、巨人はファンブルをしていたということだ。
偶然? いや、偶然にしては出来過ぎである。
となると、あの声の正体は……。
『ちょっと気づくのが遅いんじゃない?』
「わっ!?」
その瞬間、背後から声が聞こえた。
慌てて振り返ってみると、そこにいたのは黒いフードを被った人物。
心の鍵をくれた時、そして、夢を通じて異空間に会ったヒントを示してくれた、あの人物。
今思えば、確かにあの声は、この人物の声だった。
『これでも、割と頑張っていた方だと思うんだけど?』
「そういうことですか。らしくないんじゃないですか? 姉さん」
「姉さんって……じゃあ、あなたは」
『その通り。私はファーラー。正真正銘、本物のファーラーよ』
そう言って、フードを脱いだ中から出てきたのは、今クーリャに背負われているファーラーの顔と同じだった。
ファーラーが二人? いや、この感じを見るに、恐らくこのファーラーは、思念体のようなものだと思う。
プレイヤーに融合され、心の奥深くに封印されていると思っていたけど、どうやらちゃっかり脱出していたようだ。
そんなのあり? いや、神様だからありなのか?
基準がよくわからなくなってきた。
『ここまで苦労したわ。まさか、自分の体を乗っ取ってくるような奴が来るだなんて思わなかったもの』
「どこまでが姉さんの仕業だったんですか?」
『少なくとも、三千年前の時代の粛正には関わっていないわ。やったのは全部あいつ。流石に私だって、独断で世界を破壊しようだなんて思わないわよ』
「姉さんならやると思ってました」
『信用ないわねぇ。まあ、仕方ないっちゃ仕方ないけど』
すべての始まりは、ファーラーが呼び出したプレイヤーの存在だった。
まさか、自分と全く同じ存在が来るだなんて思ってもみなかったし、それどころか自分が吸収されて体を奪われるなんて想像もしていなかった。
ファーラーは、確かに人々が苦しむ姿を見るのは好きだし、そこから這い上がってくるのを見るのが好きだが、流石に最低限の分別は持っているようである。
少なくとも、他の神様と一緒に管理している世界を独り占めして壊してやろうだなんて思わないし、最高神であるスターダスト様を差し置いて、上に立とうなんて気もなかったようだ。
どうやっても自分の体を取り返せないと気づいたファーラーは、魂の一部を分離し、支配から逃れた。
その後は、どうにかして自分の体を倒してくれる者が現れないかと、時を待っていたようだ。
そうして現れたのが俺達であり、ファーラーは時折ヒントを与える形で手助けしてくれていたようである。
妙に記憶に残らないのは、あまり記憶に残りすぎて本体に警戒されると困るのと、単純に魂の一部だけなので、印象が薄いというのが原因のようだ。
ファーラーも、自分にできることを探して色々やっていたようである。
『あいつの魂は砕け散り、今やカス同然になった。今なら、私が体を取り戻せるわ』
「復活するのはいいけど、それであのプレイヤーが復活するってことはないの?」
『ないわね。復活するには魂が砕かれすぎているし、私と言う本体がいるんだから、これ以上は邪魔できないはず。まあ、もしかしたら、私のように現世をさまよう、ってことにはなるかもしれないけど、できることなんて何もないと思うわ』
「あの状態でも意識があるかもしれないって言うのが怖いの」
俺の渾身の一撃によって、魂は粉々に砕け散った。
しかし、それでも一部の魂は自我を持ち、現世をさまようことになるかもしれないという。
それはそれで怖いけど、今のファーラーのように、安定して自我を保てているような状態ではなく、本当にごくわずかな部分、例えば、本能だけとか、そう言った状態のようで、間違っても、何かに憑依したりだとか、現世に干渉してものを動かしたりだとか、そう言ったことはできないのだという。
魂の欠片は目にも見えないし、そこまで心配する必要はないとのこと。
『まあ、心配しなくても、後片付けはしてくれると思うけどね』
「後片づけって、誰が?」
『それはあなた達には関係ないことよ。あなた達の役目はここで終わった。それでいいじゃない』
なんとも歯切れの悪い発言だが、恐らく元の体に戻ったファーラーが後で処理するとか、そんな感じなんだと思う。
復活の可能性がないなら、別にそこまで気にする内容でもないし、そこらへんは任せてしまって構わないだろう。
正直、今は疲れすぎて何もできる気がしないし、何かトラブルが起きるにしても、しばらく時間を置いてほしいものだ。
『改めて礼を言うわ。私の体を取り返してくれてありがとう』
「私もお礼を言いますね。姉を取り戻してくれたこと、そして、世界を救ってくれたこと、心より感謝いたします」
「まあ、これも何かの縁なの。元々、元の世界に戻るためにしていたことだしね」
いつの間にか、世界を守るという目的も追加されていたが、それは無事に達成することができた。
後は、元の世界に帰るだけである。
それにしても、本当に帰れるんだろうか? 呼び出すことはできるけど、帰すことはできないとかないよね?
「それに関しては、安心してください。すぐにとはいきませんが、次元の神が復活すれば、送り返すことは可能ですから」
「それならよかったの」
今は魂だけとなっている神様が復活すれば、その問題も解決するようだ。
ただ、今は神界がこの状態なので、復活できるのはしばらく先になりそうである。
それまでの間、待ってもらう必要はあるけど、必ず元の世界に帰すと約束してくれた。
ようやく、ここまで来たって感じだ。
俺はやっと目標を達成できると、心の中で歓喜の声を上げた。
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