第六百九話:渾身の一射
みんなが定位置についた。
現在いるのは、居住区と思われるエリアである。
途中で見た、破壊された場所と違って、こちらはまだ形を保っている場所が多いが、それも漆黒の巨人が通った後はただの廃墟と化している。
攻撃をしているわけではない。だが、実体がなくても、その圧倒的な質量は物理的に干渉するらしく、通ってきた場所は悉く破壊されてしまった。
今後のことを考えると、無事な居住区を破壊させるのは気が引けるが、今はそんなことを考えている場合ではない。
『あと三歩、頼んだ』
『任せて』
あらかじめ、決めておいた符丁を使って、サクラに指示を出す。
【テレパシー】が使えれば楽でよかったのだけど、未だに使えないのは健在のようだ。
これに関しては、恐らく目の前にいる漆黒の巨人が関係していそうである。
ボス戦のお約束として、戦闘に入ると転移系のスキルを使えなくなるって言うのはよくあることだし、こいつは俺達を待っていた様子だったから、逃がさないようにこうやって妨害しているんだろう。
今は暴走状態と言っていいのだし、解除されていてもいいとは思うけど、きっと無意識なんだろうな。
とにかく、正確に伝わったかどうかわからないから少し不安だけど、恐らく大丈夫のはず。
後は、サクラの火力が足りるかどうかだ。
「シリウス、一応もう一度バフをかけてほしいの」
「はいよ。アリスの攻撃が鍵だ、しっかり当てろよ」
「言われるまでもないの」
すでに回数制限があるスキルは使い切ってしまっている。
だから、かけられるのは汎用的なスキルだけだ。
しかし、それでもやらないよりはましである。ありったけのバフを乗せたこの一撃で、巨人の魂を打ち砕けなければ、今度こそ世界は終わる。
「そろそろだ」
「クーリャ、準備お願いなの」
「了解です」
一歩、二歩、そして、三歩と踏み出したタイミングで、サクラが動き出す。
「【ゲイルストリーム】!」
裂ぱくの気合と共に放たれたのは、強烈な風。
周囲の空気を掌握し、圧縮し、強靭な刃として扱うそのスキルは、驚異のシーン全体攻撃である。
射程には色々あるが、その中でもシーン全体攻撃は最高峰である。
その名の通り、そのシーンに登場しているだけで、攻撃対象にできるのだから。
きらめく青い光のように可視化された刃は、容赦なく巨人の体を切り刻んでいく。
頭、腕、足、胴体。それらを分けてもなお細かく、塵一つ残さないと言わんばかりに攻撃は続く。
クーリャのクリティカル効果もあって、ダメージは飛躍的に伸びているようだ。先程と違って、回復されてはいるものの、回復が間に合っていないように見える。
とは言っても、これだけでは足りないようだ。
魂の部分があらわになる瞬間こそあるが、それはほんのコンマ数秒程度のことである。
いくら俺の矢の速度が速いとは言っても、流石にそんなわずかな時間では、矢が到達する頃には塞がってしまっているだろう。
露出するタイミングを計算して撃つのも無理がある。攻撃にはムラがあり、胸に集中する時とそうでない時があるのだから。
いくらサクラが魔法をマスターしていたとしても、流石にシーン全体攻撃を特定部位に命中させるのは無理だ。俺達に当ててこないだけ十分制御していると言える。
このままでは、足りない。
「やっぱり、無理なの……?」
あの声の主は現れない。何か手助けしてくれた様子もない。
あの言葉は嘘だったのだろうか。それとも、絶望した俺が生み出したまやかしだったのだろうか。
やらないよりはまし、それは確かにそうだけど、このままでは他に打つ手が……。
『安心しなさいな。ちゃんと手は貸してあげる』
「はっ!?」
その言葉を聞いた瞬間、一瞬巨人の回復が止まった。
それがなぜかはわからない。先程の言葉が、手を貸してくれたのかもしれないけど、どうやったのかはわからない。
だが、そんなことは今はどうでもいい。今こそが、最大のチャンスなのだから。
「【ストロングショット】、【フェイタルアタック】、【ダイレクトヒット】、【フォーチュンリリィ】、【ストラグルショット】!」
俺はありったけのスキルを乗せて矢を放つ。
【ストロングショット】の攻撃力アップ、【フェイタルアタック】のクリティカル時のダメージ倍増、【ダイレクトヒット】による確定命中、【フォーチュンリリィ】による相手の防御力減少、【ストラグルショット】による、不利な時のダメージアップ。
それらすべてを掛け合わせた一撃は、寸分の狂いもなく、露出した魂に命中した。
「ぎゃぁぁあああ!?」
断末魔と共に、魂が砕け散る。
それと同時に、漆黒の巨人も形を崩していき、やがて風に溶けるように消滅していった。
辺りに静寂が訪れる。しばらくの間、みんなその場を動けなかった。
本当にやったのだろうか。先程と同じように、倒したと油断させて、実は隠れてチャンスを窺っているのではないだろうか。
そんな疑心暗鬼な気持ちを持ちながら、辺りを警戒する。
しかし、しばらく待って見ても、再び魂が現れることはなかった。
「やった、の……?」
「どうやらそのようですね。少なくとも、神界に反応は見られないです」
さっきの件があるからか、クーリャも警戒した様子であたりを確認していた様子だったけど、どうやら気配はもう感じないらしい。
クーリャが言うのであれば、本当にいないのだろう。
今度こそ、俺達はファーラー、いや、プレイヤーを倒したのだ。
「やりましたね、アリスさん」
「完璧な一射だったな」
「流石アリスだね!」
離れた場所にいたカインとサクラも合流し、お互いの健闘を称えあう。
ようやくだ。ようやく、元凶を倒すことができた。
それを認識した途端、どっと疲れが押し寄せて、その場にへたり込んでしまった。
思えば、ずっと緊張が続いていた。
ファーラー戦の時もそうだったし、何ならそれ以前にも対魔王のために人々にスキルを付与して、魔王自体とも戦って、本当に休む暇がなかった。
まだ、地上では魔王が暴れているかもしれないと考えると、まだ倒れる時ではないのかもしれないけど、少しくらい休憩しても罰は当たらないのではないかと思ってしまう。
それほどまでに、今回の戦いはしんどかった。
「地上の魔王に関しては、すでに対処はしています。そのうち出現も止まるでしょうから、そこまで焦る必要はないですよ」
「そうなの?」
「はい。どうやら、姉、と言うより、姉に取りついた不届き者は、付き従う神を犠牲にして、人々の負の感情を集める器にしていたようです。アリスも、途中で黒い靄の塊みたいなものを目撃しませんでしたか?」
「ああ、確かにあったけど……」
近づくと、人型の何かを生み出して近づいてくる謎の物体。
性質的には呪いに近いと思っていたんだけど、どうやらあれは、神を犠牲に作られた、魔王発生装置だったらしい。
ほとんどの魔王は、人々の負の感情によって生まれる。それらを意図的に集め、効率的に形作ることによって、魔王の無限沸きを実現していたようだった。
それらは、クーリャがすべて破壊し、犠牲になった神も開放したらしい。だから、もう魔王が次々と生まれるような事態にはならないとのこと。
あの時は、なんだかんだでスルーしてしまったけど、それだったら破壊しておいてもよかったかもしれない。
まあ、あの時は何かわからなかったから、仕方なかったと言えばそうなのだけど。
地上には、他のプレイヤー達も揃っている。無限沸きが止まったなら、すぐにでも魔王は討伐されて平和を取り戻すだろう。
それを聞いて、俺はほっと溜息をついた。




