第六百八話:不思議な声
見ていて思ったのは、あの身体は別に実体と言うわけではないということだ。
いや、確かに触れるし、攻撃すれば感触もあるが、どちらかと言うと、大量に水を含んだ霧、みたいな感じだと思う。
霧は手では触れないが、普通の場所にいる時よりも空気が重く感じることがあるだろう。
詳しいことは知らないが、霧の水分が抵抗となって、なんとなくそんな気分になるんだと思う。
それと同じように、あれ自体は実体と言うわけではなく、言うなれば、いくら破壊されも構わない鱗みたいなものだと思う。
つまり、経験値がある限りは、攻撃するだけ無駄と言うことだ。
もし、弱点があるとしたら内側になるんだろうが、一応それらしい場所は見つけることができた。
ちょうど胸のあたりに攻撃が行った時に、一瞬だけ赤い塊のようなものが見えた。
恐らく、あれはプレイヤーの魂だと思う。
本来、魂は目に見えないもののはずだが、実体はないとはいえ体を手にしたことで魂が定着し、疑似的に見えるようになったのではないだろうか。
あれが魂だとするなら、あれを破壊すれば、プレイヤーは確実に死ぬことになるだろう。
ただ問題は、そこまで攻撃が届かないということ。
サクラの使っている【スコール】は、貫通属性もあり、防御を無視してダメージを与えるが、それをもってしても届いていない様子だった。
体の一部を破壊しても、即座に周囲にある体の一部が集合し、空いた部分を埋めてしまう。
もし、魂を完全に露出させようと思ったら、一度体をすべて吹き飛ばさなくてはならないだろう。
だが、現状そんな高火力なスキルは存在しない。作ればあるけど、それを覚える手段がない。
すでにバフと言うバフをかけまくっている状況で火力が足りていないのだから、全身を吹き飛ばすなんて無理な話だ。
あるとすれば、クリティカルを連発して、ダメージブーストでも掛けるくらいしか……。
「そうか、クリティカル!」
思えば、ここにはクリティカルを自在に操れる神様がいる。
その力をもってすれば、確実に火力を上げることが可能だろう。
俺は思わずクーリャの方を見る。しかし、クーリャの顔色はあまり優れなかった。
「確かに、私の力を使えば、確実に当てられるし、ダメージも上がるでしょう。ですが、それだけでは足りません」
確定命中、ダメージブースト、防御無視。普通はそれらが揃えば、確実にダメージを通すことができ、相手を倒すことができるだろう。
しかし、今回の相手は、無限にバリアを張り替えてくるような奴である。
だから、たとえ高火力の一撃を与えたとしても、結局はバリアを数枚剥がす程度で、全身を吹き飛ばすのは無理だとのこと。
「相手も失敗してくれるなら話は別ですけどね」
相手のバリアの生成がパッシブでないのなら、生成の度に判定を行っていることになる。
そこでもし失敗してくれたなら、バリアの生成が遅れ、全身を吹き飛ばせるタイミングがあるかもしれない。
だけど、それは相当な低確率だ。
ほぼ無意識でやっているようなスキルを今更失敗するとは思えないし、そもそもアクティブスキルかどうかもわからない。
それこそ、相手を確実にファンブルできるような力がなければ……。
俺はちらりとクーリャに背負われているファーラーの方を見る。
ファーラーなら、相手を確実にファンブルさせることができる。その力が使えれば、この机上の空論も通るかもしれない。
しかし、ファーラーはすでに死んでいるし、生き返らせるにしても今日明日じゃ無理と言う話だ。
勝利のピースはあっても、それを活かす手段がない。
相手がファンブルすることを祈りながら、攻撃するしか手はないんだろうか。
『情けないわね。そんな弱腰でどうするの?』
「えっ……?」
ふと、どこからか声が聞こえた。
とっさに辺りを見回してみても、その声の主は見当たらない。
聞き間違い? いや、俺に限ってそんなことはありえない。この兎耳は飾りではないのだから。
どこかで聞いたことがある声だった。それも、ごく最近聞いたような声。
それは誰だっただろうか。身近な、それこそ、この場にいる人の声だったような……。
『ようやっとここまで来たんだから、失敗は許さないわ。私が手を貸してあげるから、信じて攻撃して見なさい』
「だ、誰なの?」
得体のしれない声。しかし、その声には不思議と説得力があった。
確かに、成功確率が低いからと、何もしなければ、絶対に成功することはない。
いつだって、成功する者は、チャレンジしてきた者達なのだから。
相手がファンブルするのを祈る? 確かにそれはただの運ゲーではあるんだろう。でも、これはただのTRPGじゃない。リアルとなった、本物の世界である。
こいつを倒すことを誰もが望むなら、それはゆるぎない運命力となって力を貸してくれるかもしれない。
「……みんな、次で仕掛けるの」
「何か妙案が浮かびましたか?」
「そんなんじゃないの。これは、ただの直感なの」
誰かもわからない声に耳を傾けて行動に移すなんて間違っているのかもしれない。
けれど、俺はこの声に賭けて見たかった。
幸い、そう悪い賭けでもないはず。今この状況であれば、失敗したとしてもまだ猶予はある。
俺の矢はなくなるかもしれないが、それでもできることがないわけでもない。
どうにか経験値を工面して、スキルを作って無理矢理突破するという手も取れるかもしれない。
どうせ、取れる手段は少ないのだから、まずはリスクが少ないものからやっていくべきだろう。
「直感ですか。アリスさんの直感なら、どうにかなりそうですね」
「そうだな。やらないで終わるより、やって終わった方がましだしな」
「私はアリスを信じるよ。きっとうまく行く」
「みんな、ありがとうなの」
ただの直感だというのに、皆迷わず頷いてくれた。
ここで期待を裏切るわけにはいかない。できる限り、成功するように思いっきりいこう。
「シリウス、バフをもう一度頼むの」
「オッケー。任せな」
「カインはサクラの足になって欲しいの。あの塔の上まで運んでほしいの」
「了解です」
「そしてサクラは、タイミングが来たら、渾身の一撃をお見舞いしてほしいの」
「いつも通りだね。任せて」
全身を吹き飛ばすには高火力の一撃が必要。ただ、普通に当てるだけでは難しい可能性もある。
だから、できる限り条件を良くして、全身に攻撃がいきわたるようにする。
「クーリャ、サクラの攻撃に合わせて、攻撃を絶対成功に変えてほしいの」
「それは構いませんけど、本当に行けるんですか? 無謀なように思えますけど」
「大丈夫なの。きっと、力を貸してくれるはずなの」
「? よくわかりませんが、アリスが言うなら、私も信じましょう」
チャンスは一瞬。
サクラの攻撃で、全身が吹き飛んだら、露出したコアである魂を俺が狙い撃ちにする。
一撃で破壊できるかわからないし、そもそも全身を吹き飛ばせるかどうかもわからない。
けれど、今取れる手段で最も効果があるのはこれである。
あの言葉がどこまで信用できるかはわからないけど、これに賭けるしかない。
俺は弓を取り出し、最後の矢に手をかける。
さあ、勝負だ。
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