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第六百六話:漆黒の巨人

 気が付くと、俺の周りにみんなが集まっていた。

 みんな心配そうに俺のことを見ていて、カインに至っては抱きかかえてくれている。

 どうやら、俺の知らない間に体を操られて暴れ散らしている、なんてことにはなっていないようだ。

 そこは素直に運がよかったと言える。間違っても、仲間を傷つけたりしたくないし。


「アリスさん、気が付きましたか!」


「体は大丈夫か?」


「カイン、シリウス、うん、大丈夫そうなの」


 俺は体を起こす。

 体が動かしにくいだとか、自分の意思とは無関係に動くとか、そう言った異常は見られない。

 念のため、キャラシも確認してみたが、目立った状態異常などもなく、HPも意識を失う前の水準を保っている。

 あの鍵を捻ったことで、何が起こったのかはわからないが、少なくとも、俺の体に入ってきていたプレイヤーを追い出すことはできたようだ。


「ファーラーは?」


「多分、こいつ、なんだよね?」


 サクラが警戒したように正面を見上げている。

 そこには黒い渦のようなものがあった。

 先程俺の中に飛び込んできた靄よりもどす黒く、範囲も大きい。

 明らかに、何かやばいことをしようとしているというのがわかる。

 アリスに追い出されて、行き場を失った魂だが、いったいここから何をする気なのか。


「なんなんですか、この禍々しい気配は。こんなの姉ではないです」


 クーリャは嫌悪感を隠すこともなく、吐き捨てるようにそう言った。

 もはや、ファーラーの面影は何一つない。言うなれば、悪意の化身とでも呼べばいいだろうか。

 クーリャも、これを見て、先ほどまで戦っていたのが本物のファーラーではないことに気が付いたようだ。


「そいつがファーラーに取りついていたプレイヤーなの。そいつさえ倒せば、今度こそ勝ちなの」


 このままこいつを放って置けば、またどこかで被害が出るのは確実。

 体を求めて、誰彼構わず体を乗っ取ろうとする化け物になってしまうかもしれない。

 その時に、犠牲になるのは、クーリャか、スターダスト様か、それとも俺の仲間なのか。いずれにしても、そうなったらまた同じことの繰り返しである。

 こいつはここで滅さなければならない。この世界を救うためにも、元の世界に帰るためにも、確実に潰すべき存在だ。


「倒すって言っても、どんどん大きくなっていくよ!」


「このままでは巻き込まれそうですね。サクラ、止められませんか?」


「無理だよ。攻撃しても、全然手ごたえがない!」


「まだバフは残ってるはずだが、それでも通らないのか」


 先程から、サクラは黒い渦に向かって攻撃を仕掛けているが、すべてかき消されているようである。

 ダメージ無効が再発動した、と言うよりは、渦の勢いが激しすぎて、攻撃が届いていないって感じだろうか。

 とにかく、このままだとこの神殿ごと飲み込んでしまいそうな勢いである。

 戦うにしても、場所を変えた方がよさそうだ。


「クーリャ、ファーラーの体をお願いできる?」


「言われなくてもやりますよ。また乗っ取られたら大変ですからね」


「みんなもいったん退くの! 広い場所に行くの!」


「了解です」


 倒れたまま放置されていたファーラーの体をクーリャが担ぎ、一時神殿から撤退する。

 幸い、逃げられないようにしていた炎の柱は、疑似太陽が出てきた時点で消滅しているので、外に出るのにそう苦労はなかった。

 神殿を出て、しばらく進んだ後に振り返る。

 そこには、化け物の姿があった。

 全身不定形の黒い物体で覆われた巨大な人型。

 この世のすべてを恨んでいそうな怨嗟の声を上げながら、ゆっくりとした足取りで近づいてくるそれは、もはやファーラーどころかプレイヤーの面影すらない。

 漆黒の巨人。ひとまずはそう呼ぶことにする。


「なんですかあれ。あんなもの、この世に存在していいものじゃないですよ」


「何か情報はないの?」


「ありませんよ。初めて見ました」


 どうやら、クーリャでさえ、あれの存在を見たのは初めてらしい。

 まあ、あれの正体は、プレイヤーの意思が具現化した悪意の塊みたいなものだろう。

 どういう理屈であれほどまでに巨大になったのかは知らないが、神様が信仰の力で強くなるように、人々の負の感情でも吸収してあんな姿になったんだろうかね。

 とにかく、ここで止めなければ神界がめちゃくちゃにされる。態勢も整えたし、攻撃を再開しよう。


「【テンペストレイド】!」


「【ストロングショット】、【アローレイン】」


 ひとまず、遠距離から攻めてみる。

 俺とサクラによる攻撃は、頭と思われる部分に見事にヒットしたが、一瞬はじけ飛んだものの、すぐに再生してしまった。

 ダメージ自体は通っているみたいだけど、回復力がすさまじいってところだろうか。


「これは、近づけそうにありませんね……」


 しかも、近接攻撃を仕掛けようとしたカインだが、斬っても斬った感触がなく、すぐに再生される上に、急激な脱力感を感じたようで、即座に離脱したようだ。

 バリア系の何かも持っているんだろうか。一定距離に近づくと相手にデバフをかけるみたいな?

 わからないことが多い。さっきのファーラー戦から何か学べるものがあるかもしれないと思ったが、完全に別物と考えた方がよさそうだ。


「アリス、あれは近くにあるものの経験を吸い取る効果があるみたいですよ」


「経験を吸い取る?」


「そう。簡単に言えば、相手にすればするほどこちらは弱体化して、相手は強くなるということです。厄介この上ないですね」


 なるほど、急激な脱力感を感じたのはそれが原因か。

 プレイヤーが何を望んであの姿になったのかはわからない。けれど、周りの経験を吸い取って、あれほどの大きさになったのは確かなようだ。

 いやな予感がして自分のキャラシを見てみると、確かに経験値がゼロになってしまっている。

 レベルに影響を及ぼしていないだけましかもしれないが、これだと新たにスキルを作っても、レベルアップができないからスキルを覚えることができない。

 つまり、自前のスキルだけで何とかしなければならないってことだ。


「まずは情報が欲しいの。【アイデンティファイ】が通れば一番楽なんだけど……」


 さっきのファーラーの例を見る限り、相手の情報を見抜くスキルである【アイデンティファイ】は使えそうにない。

 でも、一応試しておいた方がいいか。もしかしたら、さっきまでは神様だから情報が非公開だっただけで、今は本体が出てきているようなものだから見れるかもしれないし。


「【アイデンティファイ】。……あ、見えるの」


 ダメ元で使ってみただけだったが、何と普通に情報を抜くことができた。

 しかし、そこに書かれている情報は、一瞬目を疑うようなものだった。


「れ、レベルがバグってるの……」


 『スターダストファンタジー』において、レベルの上限というものは存在しない。

 一応、敵の中で一番強いのはレベル999である粛正の魔王だが、やろうと思えば、プレイヤーはそのレベルを超えることができる。

 まあ、そこまで上げるには膨大な量のシナリオを回らなくちゃいけないから、ほとんどはゲームマスター権限によるチートを頼りにするしかなさそうだけど。

 だから、実質限界値はレベル999と言っていいだろう。

 しかし、漆黒の巨人のレベルはまさかの9999。実質的な限界値の約十倍である。

 いや、ありえない。いくら神様としてビルドしたキャラだとは言っても、そんな無茶苦茶なレベルにするなんてありえない。

 もちろん、一人で遊んでいたと言っていたから、もしかしたらありえない話ではないのかもしれないけど、だとしてもそんなこと子供でもしないだろう。

 実際、ファーラーと戦っていた時の感じを見るに、そんな絶望的なレベル差があるようには感じられなかった。

 レベル999くらいはあってもおかしくはないが、9999は絶対にない。

 となると、あのレベルは、周りから経験を吸い取った結果生まれた数値と言うことになるだろう。

 だが、仮に俺達の経験値をすべて吸い取っていたとしても、流石にそんな高レベルにはならないはず。

 他にも何か、吸収できるものがなければ……。


「……まさか、この世界の人達のレベルアップの必要経験値が多かったのって、それが理由なの?」


 この世界で、やたらとレベルアップに必要な経験値が多い理由。

 もしそれが、これが原因だとしたら辻褄が合う。

 でも、信じたくはない。もしこれが真実だとしたら、こいつはとんでもない化け物なのだから。

 俺は漆黒の巨人を見上げながら、苦虫を噛み潰したような顔をするしかなかった。

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