第六百四話:決着、そして
「行くの!」
「「「おお!」」」
準備を整え、いざ行動に移す。
まずは拘束だ。
恐らく、ファーラーは【状態異常無効】を持っていると思う。だから、普通の拘束状態は通用しない。
だから、物理的に逃げられないように、周辺に糸を張り巡らせた。
【ワイヤートラップ】。敵の周囲に見えない糸を張り巡らせ、相手が行動すると様々な状態異常やデバフ、そしてダメージを与えるスキルである。
これの強いところは、このスキルを所持している個数によって効果がどんどん上乗せされていくということ。
最大で五つまで取得でき、その場合は、ダメージ、毒あるいは麻痺付与、回避減少、行動力減少、移動不可のすべてを与えることができる。
このうち、毒と麻痺と移動不可は状態異常扱いなので、【状態異常無効】で防がれてしまうだろうが、その他のものは有効だろうし、何より、ただ動くだけでも物理的に行動を制限されるというのが強い。
現実となった今、動いたら見えない糸に絡めとられてダメージを受けるなんてものがあったら、容易には動けない。
仮に知らずに動いたとしても、それはそれでダメージを与えられるし、拘束とダメージを両立できるいいスキルだと思う。
「シリウス!」
「おう! 【セイントオーダー】、【ホーリーブレッシング】」
シリウスのバフがみんなにかけられる。
この他にも、シリウスは様々なバフスキルを持っているが、特に効果が大きいものから順番にかけていく。
シーン一回だとか、シナリオ一回だとかの制限も関係ない。すべてのバフをかけ、全力で攻撃力を上げていく。
「カイン! サクラ!」
「ええ、任せてください。サクラ、行きますよ」
「うん。うまく合わせてよね」
「【シールドスラスト】!」
「【エアバニッシュ】!」
カインの突撃攻撃とサクラの魔法。高火力でありながら、決して交わらないであろうその攻撃は、二人の見事な連携によって合わさり、ファーラーの体を貫いた。
もちろん、攻撃が通らないということもない。ファーラーの体は真っ二つになり、周囲に発生した無数の空気の刃によってずたずたに引き裂かれた。
「ぎゃぁぁああああ!?」
最後に、断末魔を上げて、ファーラーは倒れる。
ダメージ的に見て、素通しなら粛正の魔王にすら届きうるほどのダメージだ。これで生きていたら、もうどうしようもないというほどの一撃である。
警戒しながら近づき、安否を確認してみる。
体中酷い有様なので、ちょっと見るに堪えないけど、呼吸は止まっているし、動く様子もない。
神様の死と言うのがどういうものかわからないからあれだけど、きちんと死んでいると見ていいだろう。
「どうやらうまく行ったみたいですね」
「その声は、クーリャ?」
声に反応して振り返ると、あちこちボロボロになったクーリャが入り口から歩いてきていた。
どうやら、無事にギミックを解除して、ここまでやってきたらしい。
陰の立役者に、思わず顔がほころんだ。
「クーリャ、これってちゃんと死んでるの?」
「ええ、間違いなく。まあ、魂は残っているので、生き返ることは可能でしょうけどね」
と言っても、今はそれすらできない状態でしょうが、とクーリャは付け加える。
神様は、死んでも生き返ることが可能ではあるが、それにはいくつかの手続きが必要になるらしい。
少なくとも、今日明日すぐに復活と言うことはなく、正式に復活する前に、ファーラーがやっていたように封印してしまえば、もう二度と復活することはできないということだ。
それを聞いて、ようやく終わったんだなと思う。
地上の魔王がどうなったかはわからないけど、少なくとも、無限沸きと言う状況からは解放されるだろう。
後はゆっくり処理していけば、いずれ地上は平和を取り戻すはずである。
「でも、よかったの? ファーラーを殺してしまって」
気になるのは、ファーラーの処遇である。
もちろん、プレイヤーであるファーラーはこの世界にとって害のある存在でしかないし、もう二度と生き返って欲しくはない。
けれど、恐らくこのファーラーは、この世界に元々いた、本物のファーラーと融合して生まれた存在だろう。
つまり、プレイヤーのファーラーを生き返らせるわけにはいかない以上、本物のファーラーもまた生き返ることはできない状況になるわけである。
これがもし、魂を分けて考えることができるなら話は別だけど、そんな都合のいいことできるんだろうか?
「ええ、まあ、確かに思うところはありますが、このまま好き勝手される方が困りますからね。仕方のないことです」
「そう……」
まあ、そもそもクーリャは、そういった事情を知らないから、本物のファーラーが今回の騒動を起こしたと思っているんだろう。
本当のことを話したら、また違った意見が出てくるかもしれない。
今諦められているのに、今更ファーラーは悪くなくて、プレイヤーの方が悪いんだと言われたらどう思うだろうか。
喜ぶのか、悲しむのか、怒るのか、ちょっと予想ができない。
でも、もしかしたら魂を分離する方法なんかもあるかもしれないし、話しておくべきか。
ここでもやもやしたまま帰りたくないし。
「クーリャ、実は……」
「アリスさん、後ろ!」
「えっ……?」
カインの慌てた声に振り返ると、そこには得体の知れないものがあった。
倒れているファーラーから湧き出るように出てきているそれは、さっきから壊していた力の源と似ていないことはない。
けれど、それは明確な意思があるかのように動き、こちらに向かって突撃してきた。
「うっ……」
とっさに避けようと思ったが、流石に距離が近すぎたし、突然のことだったから避けるに避けられない。
しかし、それは俺の体を傷つけることはなく、そのまま俺の中に入ってきた。
直感的に、それはよくないものだと感じ取った。このままこれを受け入れてしまえば、とんでもないことになると。
だが、そう思ったところでどうしようもない。手で抑えようにも、それすら貫通して入ってくるのだから。
「うぁ……」
だんだん意識が遠ざかっていく。
ここで意識を手放したらいけない。そう思っていても、それを止めることはできない。
『体をよこせ』
そんな声が頭の中に響いてくる。
間違いない。これは、ファーラーの中にいた、プレイヤーの意思だ。
元々、ファーラーは俺の体を乗っ取ろうと動いていた。しかし、イレギュラーによってそれは叶わず、一時は断念していた。
こうして対峙した後も、何度か機会を狙っていたが、結局それは叶うことはなく、死んでしまった。
しかし、プレイヤーの意思はまだ諦めていなかった。
ファーラーの体がなくなっても、俺の体を奪えばまだ巻き返しが利くかもしれない。そう考えて、俺の体を奪いに来たんだろう。
完全に油断していた。ファーラーに対する考え方が甘かった。
今更そう思ってももう遅い。俺の意識は、ぷつんと途切れた。
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