第六百三話:盤石の守り
状況はだいぶ改善された。
確かに、攻撃自体は通らないが、守りが盤石になった形だ。
今ならば、どんな攻撃が来ようともカインが【カバー】に入って守ってくれるし、シリウスの支援や、サクラの火力ごり押しによる牽制によって、耐えるのがとても楽になった。
流石に、さっきの疑似太陽みたいなものを出されたら【カバー】できるかわからないけど、それを発生させるための杖はすでに破壊している。
あの杖は、魔法の補助的な役割も担っていたのか、先ほどまでと比べて弾幕が薄いのも追い風だった。
耐えきること自体はできる。しかし、その先に続かない。
相変わらず、ダメージ無効は健在だし、それを貫通できるような対策を施しても、結局回復されてしまうという最大の壁がある。
今ならば、全員の連携攻撃で一気にHPをゼロにできるかもしれないと思ったが、恐らくそれが通るのは最初の一回だけ。
ファーラーは、どうやら力の源が失われていくことによって回復力が低下していることに未だに気づいていない様子だし、その攻撃で倒しきれなければ、確実に何か対策をしてくるだろう。
少なくとも、全員の攻撃を受けないように警戒してしまうはずである。
だから、安易に連携攻撃をして、削り切れないなんてことになったら、それこそ勝ち筋がなくなってしまうというものだ。
しかし、かといっていつまでも手をこまねいている場合でもないのは事実。
早くイナバさんの仇を取りたいし、地上に残してきたみんなもまだ魔王と戦っているはずだ。
あんまり長引かせるのはよくない。それはわかっている。
せめて、相手のHPが見えるなら多少は判断もつきやすいが、【アイデンティファイ】は通らないし、キャラシも恐らく本体じゃない奴のもの。
もっとファーラーと言う神様の情報があればいいんだけど……。
「アリスさん、焦らないでください。今は時間稼ぎで十分ですから」
「どういうことなの?」
「アリスさんが戦っている間、ファーラーの力が弱まったのを感じませんでしたか?」
カインに言われて、確かにと思い出す。
途中で、何もしていないのに力の源が飛び出し、それを破壊したらファーラーの回復力が弱まったという場面はあった。
俺が何もしていない以上、あれは外側にいるカイン達が何かしらやってくれたのではないかと思ったけど、その予想は当たっているのだろうか?
「クーリャが道を示してくれました。曰く、あと一回、だそうです」
「あと一回……」
それが何を意味するのかはわからないが、推察するに、恐らく力の源が抜けていく回数ではないだろうか。
俺の予想が正しければ、外で何かしらをすることによってギミックが解除され、ファーラーの力が削がれていく。
その回数があと一回であり、残ったクーリャがそれを何とかすることによって最後のギミックを解除する。そういうことなんじゃないかと思う。
この場にクーリャだけいないのが疑問だったが、クーリャだけやられてしまった、と言うわけではなさそうで安心した。
「なら、後はギミックが解除されるのを待てば……」
「はい、何とかなると思います」
正直、力の源と言うのが何かはわからない。
しかし、それによって回復力が弱まったということは、すべて破壊したらダメージ無効すら解除されるという可能性もなくはない。
ギミックを解除することによって、一般的なボスの仕様に収まってくれるなら、そここそが倒す最大のチャンスである。
「絶対に勝ちましょう。勝って、元の世界に帰るんです」
「わかったの。みんなで一緒に帰るの」
ファーラーを倒したからと言って、元の世界に帰れるかどうかはわからない。
しかし、元々神様達は、異世界から人を召喚するというのを繰り返していた。
召喚する術があるなら、送還する術もあるだろう。
ファーラーがいなくなり、他の神様達が復活できれば、元の世界に帰れる可能性は十分にある。
「【スコール】!」
ファーラーに視線を戻すと、サクラが強烈な嵐を出現させていた。
サクラが得意とするのは風魔法だが、ここまでレベルを上げた影響で、他の属性魔法もマスターレベルまで育っている。
【スコール】は水魔法と風魔法の合わせ技のようなものであり、二つの属性に加えて、貫通属性を付与する効果がある。
今までの行動を見る限り、ファーラーが得意とするのは火属性。そして、火属性は水属性と相性が悪い。
スキル自体が、周囲に強烈な嵐を巻き起こすという効果なので、雨が降りしきり、火魔法の効果が減衰しているのだ。
いくら太陽神と崇められるような人物であっても、相性は平等に働く。
先程までと違って、ファーラーもかなりの苦戦を強いられていた。
「確かに、さっきよりは面白くなったけれど、これだと蹂躙できないのが考えものね。二人ずつくらいに分かれない?」
「黙れ、下郎が。貴様の言葉に耳を傾ける者などここにはいない」
「すっかり嫌われちゃったわねぇ。ちょっと遊んでただけなのに」
ダメージ無効があるからこそ、余裕の表情を浮かべているけど、四人を同時に相手にするのは面倒なようだ。
サクラがいる限り、火魔法のほとんどは相殺できる。それ以外の攻撃だったとしても、カインとシリウスが防いでくれる。
もちろん、さっきの疑似太陽の様なぶっ壊れスキルをもう所持していないとは限らないけど、ファーラーからしたら、何をしても防がれて実質詰んでいるのと同じ状態なわけだ。
こちらはただ、時間を稼ぐだけでいい。であるなら、ダメージを与える必要もないわけで、ダメージ無効も気にならない。
さっきまでの戦いとは一転して、こちらが圧倒的に有利と言えた。
「あ、あれは……」
そうこうしているうちに、ファーラーの体から再び力の源が溢れ出してきた。
俺はサクラに目配せして、即座に破壊してもらう。
さて、これでクーリャの言っていた、あと一回は来たわけだ。
確認するため、サクラには一時攻撃を中断してもらい、様子を見る。
これでもし、ダメージ無効が解除されていれば、ファーラーはきちんと弱体化していることになる。
総攻撃を仕掛けるためにも、ここでそれに気づかれるわけにはいかない。
俺はもはや片手で数えるほどとなってしまった矢を取り出し、あえて掠らせるように放つ。
正確に放たれた矢は、見事にファーラーの服の裾を射抜き、その切れ端を宙に舞わせた。
先程までだったら、問答無用ですり抜けていた一撃。それが、服の切れ端とはいえきちんと攻撃が通った。
であるなら、やはりダメージ無効は解除されたと言っていいだろう。
ここが最大のチャンス。俺はみんなに目配せして、攻撃のタイミングを計る。
「あら、疲れてきたのかしら? まあ、プレイヤーと言えど、あれだけ魔法を撃ってたら、そうもなるわよね」
ファーラーは気づいている様子はない。
ここからは、声を聞かれないように【テレパシー】で指示を出す。
ここまでさんざんやってくれたんだ。せめて一瞬で葬ってやる。
そう考えながら、準備を進めた。




