第六百二話:仲間達
しばらく沈黙が続いた。
答えはわかり切っている。こんな話に乗る必要はない。
そもそもの話、俺の体を渡してしまったら、その後イナバさんの命が助かるかどうかなんてわからない。
俺の制御が効かない状態で、騙されたことをせせら笑う気かもしれないし、仮に助けるのだとしても、同じような兎を用意して、これはイナバさんだと笑うのかもしれない。
ファーラーの性格を考えるなら、どう考えても頷くべきではないのはわかり切っているはずである。
でも、その答えが言えなかった。
それを言ってしまったら、俺は本格的にイナバさんを見捨てたことになる。
たとえそんなに話していなくても、交流が薄かったとしても、それでも仲間であることに変わりはない。
アリスは、仲間を助けるために生まれたキャラなんだ。仲間を見捨てて、何がお助けキャラなのか。
もう手遅れなのかもしれないけど、その矜持を捨てるわけにはいかなかった。
「黙っているということは、了承したと受け取ってもいいのかしら?」
「……」
体が動かない。
別に何かされたというわけではなく、自分の意志が弱いから。
断らなければならない。撥ね退けなければならない。動かなくてはならない。
わかり切ったことができない自分。差し出される手を睨みつけることしかできない自分。
ああ、俺は何て弱いんだ……。
「ふふ、それじゃあ、その体、いただくわね」
ファーラーの手が、俺の頬に触れる。
もう片手で杖を振り上げ、何かを唱えようとしている。
それが、俺の体を操る術なんだろう。
いっそこのまま……いや、諦めてはいけない。
俺にはまだ、仲間がいる。イナバさんの想いを、皆の想いを無駄にしてはいけない!
「その通り」
「ッ!?」
その瞬間、ファーラーの持っていた杖が真っ二つに割れた。
むしろ、腕ごと持っていきそうな一撃だったが、ダメージ無効に阻まれて通らなかったようだ。
しかし、きっちり杖を破壊したおかげか、疑似太陽は収縮し、そのまま小さく破裂した。
「なっ!? なんであなたがここにいるの?」
「アリスさんがここにいるのですから、来るのは当たり前でしょう? 私は、アリスさんの騎士なのですから」
「カイン!」
目の前に現れたのは、カインだった。
剣を振りぬき、杖を破壊したのは、カインだったのである。
やはり、カインは生きていた。駆けつけてくれると信じていた。
俺は思わずカインに抱き着く。
眼には涙が浮かび、視界がぼやけた。
戦闘中に、こんなことやってる場合ではないのかもしれないけど、それでも感情が抑えられなかった。
「分身はどうしたの」
「そんなもの、パパッと返り討ちにしたに決まってるだろ」
「シリウス!」
背後から悠々と歩いてくるのはシリウスだ。
シリウスも来たとなれば、後はサクラも……。
「【テンペストレイド】」
「きゃっ!?」
突如、ファーラーの頭上から嵐のような風が巻き起こる。
ダメージ自体は通っていないようだが、それでも風に煽られて吹き飛ばされ、ファーラーはしりもちをついていた。
この攻撃は間違いなく、サクラのものである。
「やたら堅いね。流石はラスボスってところなのかな?」
「サクラ!」
神殿の天井から降り立ったサクラは、油断なくファーラーを見つめる。
これで、クーリャ以外はすべて揃った。
やはり、皆来てくれた。それが嬉しくて、心臓がバクバクしている。
俺は一人じゃない。仲間が、いるんだ。
「まさか、全員生存するなんて思わなかったわ」
「あれくらいで倒せると思われていたなら心外ですね」
「まったくだ。中ボスにしては強かったが、それまでだな」
「同じことしかしてこないなら、対策は考えられるよね」
何と戦っていたかはわからないけど、みんな勝利した様子である。
ただ、みんな結構ボロボロだ。
HP自体は、シリウスのおかげもあって回復できているようだけど、服には汚れが目立つし、かなりの激戦をしていたと思われる。
ここに辿り着くまでにも、色々と大変だっただろう。気丈にふるまってはいるが、若干の疲れの色が表情から窺えた。
「アリスさん、状況は?」
「イナバさんが、さっきの疑似太陽に飲み込まれてしまったの……」
「ちっ、ちょっと遅かったか」
カインが杖を破壊してくれたおかげで、疑似太陽は消え去った。
しかし、そこにイナバさんの姿はない。
やはり、飲みこまれた瞬間に、消滅してしまったのだろうか。
一応、まだ魂は残っているとは思うけど、容れ物となる体を今から作るのは難しい。
【コール】によって、自分の体にイナバさんの魂を降ろせばまだなんとかなるだろうか。
状況的には、ルナサさんの時と大差ないはずである。であるなら、今すぐにでもやればひとまず命を繋ぐことはできるはずだ。
「イナバさんの魂を保護してみるの。それまで、少し時間稼ぎをお願いするの」
「了解です」
「それと、そいつダメージ無効みたいだから、気を付けるの」
「それは反則では?」
「反則なの。理不尽なの」
とはいえ、そんな理不尽に対抗できている時点で俺も理不尽なのかもしれないが。
とにかく、今は集中しよう。
まずは、【コール】によって、イナバさんの魂を呼び出す。
「【コール:イナバ】」
イナバさんのことを思い浮かべつつ、【コール】を発動する。
うまく行けば、これで自分の体にイナバさんの魂が降りてくるはずだけど……。
「……だめ、なの?」
しばらく待って見ても、イナバさんが降りてくる様子はなかった。
状況的に、すでに魂が昇天している可能性は考えにくい。であるなら、【コール】で呼び出すのはそう難しいことではないはず。
それなのに、呼び出せないということは、すでにこの場に魂がないということ。
そんなことあるだろうか? 流石に、魂がなくなるには早すぎる。
それとも、あの疑似太陽が特別で、魂すらも焼き尽くしてしまったのだろうか。
もしそうだとしたら、本当に悔しい。俺のせいで、イナバさんを犠牲にしてしまったのだから。
「イナバさん……」
こうなってくると、できることは限られる。
新たにスキルを作って、と言うのも考えたけど、どんなスキルを作ればいいのかもよくわからない。
【リザレクション】とかを試すのも難しいし、イナバさんを取り戻すのは絶望的だった。
こうなれば、ファーラーを倒して、せめて仇討ちをするくらいしか思いつかない。
俺が弱かったというのはもちろんある。全力で戦っていて、その中でやられたのなら、まだ諦めもつく。
けれど、ファーラーは遊び感覚でイナバさんを奪った上、それを何とも思っていない。
こんな奴を生かしておくわけにはいかない。命に代えても、確実に破滅させなければならない。
「すぅー……はぁー……。うん、大丈夫なの」
正直、心はまだざわついている。イナバさんの死を受け入れられたわけではない。
けれど、ここで腐っている場合でもないのは確かである。
せっかく仲間が助けに来てくれたのに、いつまでも俺が足を引っ張るわけにはいかない。
こいつだけは必ず倒す。それが、今の俺にできる、せめてもの償いだ。
俺は頬を叩いて気合を入れ直し、再びファーラーに挑むのだった。
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