幕間:目指すべき居場所
クリング王国王女、フローラの視点です。
私には今とても気になっている人がいる。
彼女はこの国では珍しい獣人であり、私よりも年下であろう少女であるが、その功績は不治の病と診断された国王の病気を暴き、エリクサーなどという常識はずれな霊薬を用いて治癒して見せたというとんでもないものである。
彼女がここに来たのはほんの一か月ほど前。お兄様が辺境の町であるマリクスで優秀な治癒術師がいるとの噂を聞いて呼び寄せたのが始まりだった。名前はアリスと言うらしい。
ここ、クリング王国は人間至上主義の国だ。住んでいる人は皆人間で、一部の特殊なお店や冒険者以外には人間以外の姿はない。だからなのか、この国では他種族、特に獣人に対しての偏見が強かった。
獣人は獣と同等であるとか、魔法も使えぬ野蛮な種族だとか、酷いものでは魔物と同一視している人もいる。
そんな国であるから、獣人であるアリスを呼ぶのは少し心配ではあったが、お父様を助けなければという一心で藁にも縋る思いで召喚状を書いた。
治癒術師が来るということは城の者には伝えたが、案の定、獣人だからという理由で門番には門前払いを食らいそうになり、お兄様ですら獣人だとは思わなかったのかアリスを見るなり敵対的な視線を向ける始末。
これでは治療してもらえるものもしてもらえない。そう思っていたが、アリスはそんな薄情者な私達のことなど気にも留めず、お父様の様子を見てくれた。
そして、お父様の病が毒だと断定し、エリクサーでなければ治せないと判断し、自ら材料を探しに出かけ、見事にエリクサーを作成し、お父様を治したのだ。
それだけでなく、毒を仕込んだ犯人であるセレンまで捕まえてくれて、お父様がリハビリしている間も素晴らしい治癒魔法で支えてくれた。
お父様を助けてくれたというだけでも凄いのに、その助け方やその後のフォローまで完璧で、私は一目でアリスのことが好きになった。
私よりも年下なのに、あの行動力。ちょっと口調は変だけれど、私にとっては国のどんな英雄よりも輝いて見えた。
惜しむらくは、お父様がある程度回復して王としての業務を再開し始めた頃、早々に城を去ってしまったことだ。
なんでも、元々は冒険者パーティの一員であり、この大陸に来る際にはぐれてしまったらしい。どうやらかなり思い入れがあるらしく、お兄様から話を聞いたすぐ後に出て行ってしまった。
もちろん、私としてはもっとここにいてほしい。可能ならばずっとこの国にいてほしいと思っている。だから、あの手この手で引き止めようとしてみたが、最後には大切な友達だからと言われて引き下がるしかなかった。
私にとってお父様が大切な人であるように、アリスにとってもその仲間は大切な人なんだろう。そう思うと、探しに行きたいというアリスを引き留め続けるわけにはいかなかった。
「はぁ……」
あれから数日、私は心にぽっかりと穴が開いたかのように憂鬱な日々を過ごしていた。
お父様が元気になったことは喜ばしいし、アリスの活躍によってお父様を始めとした多くの城関係者が獣人に対する認識を改めたのもいいことだ。しかしやはり、アリスが傍にいない日々はかなり退屈だった。
別に、アリスにずっとそばにいて怪我したらすぐに治療しろと言っているわけではない。確かにアリスの治癒魔法は今まで見たことないくらい素早く傷を治してくれるし、エリクサーすら実現可能なほどの高い調合技術を持っているのだからだれでも手元に置いておきたいと思うだろう。でも、私がアリスに求めているのはそんなことではなく、可愛がれる妹として傍にいてほしいだけだった。
私は末っ子であり、弟や妹と言う者はいない。だからというわけではないが、お父様もお母様も私を凄く可愛がってくれたし、お兄様もつんけんした態度ではあるが所々で気遣ってくれる。私は愛されていた。
でも、だからこそ、自分が可愛がる側になってみたかったということもある。かといって、ペットや奴隷ではなんだか少し違う。あくまで対等で、少し突っかかってくるくらいのそんな相手が欲しかった。
その点では、アリスはかなり有望である。可愛らしい口調ではあるが、歯に衣着せぬ物言いは私の好みに非常にマッチしていた。
「アリス、今頃どこにいるのかしら」
お兄様の話では、アリスが探しているシリウスと言う男はヘスティア王国で最後に目撃されたらしい。とはいえ、その情報を入手したのは一か月以上も前であり、件の人物は絶えず移動しているようなのですでにそこにいるかどうかはわからない。
でも、なにか手掛かりがあるかもとひとまずそこを目指したことは知っている。
ヘスティア王国はここから馬車で一か月ほどかかる。しかも、アリスは馬車を断って徒歩で出発した。となると、到着時期はさらに倍以上かかるだろう。果たして、そんな調子で追いつくことはできるんだろうか。
憂鬱なのは、移動でそれだけかかるということは、少なくともその倍は時間が立たないとこの国に戻ってくることはないということである。しかも、着いてから情報収集をし、移動していればさらに追うことになるのだからいつ帰ってくるか分かったものではない。
いや、そもそもアリスはこの国の住人ではないのだから戻ってこない可能性すらある。
一応、滞在していたマリクスの町にはいずれ帰るような雰囲気ではあったが、どこまで信用できるものか……。
そう考えると溜息が止まらなかった。
「アリスなら大丈夫だとは思うけれど、少し心配だわ」
旅が順調に進んでいるならまだいい。しかし、旅にはトラブルがつきものだ。
盗賊に襲われたり、雨に降られて立ち往生したり、時間がかかればかかるほどそういったトラブルに遭う可能性は増していく。
お兄様の話では、お兄様を含めた兵士に囲まれて剣を向けられても危なげなく回避し、奈落の森では長年討伐依頼が出されていたものの討伐できていなかったワイルドスパイダーを撃破し、セレンの配下の騎士に捕まった時も腕を縛られ麻痺魔法をかけられた状態から返り討ちにしてみせたと言っていた。
正直アリスがそこまでの実力者とは到底思えないけど、実際に森でしか手に入らない薬草を持って帰ってきたし、あちこちに傷を作って無残な状態になった騎士達を牢屋で見たし、本当の事なのだろう。
それほどの実力者ならば、盗賊が出たところで大丈夫だとは思うのだが、いくら強くても一人旅と言うのはかなり危険だ。心配にもなる。
「フローラ、こんなところにいたのか」
「お兄様」
次第に曇り始めてきた空を見上げながら呟いていると、お兄様がやってきた。
お兄様もアリスがここから出ていくのは反対だったようで、もしその人物を探しているのであれば国が調査の兵を出すとまで言った。お父様もそれには賛成のようだったし、私もそれでいいのではないかと思った。
でも結局、自分の手で探したいからとアリスはそれを断った。
いや、断ったというわけではない。それはそれで探してほしいが、自分でも探したいと言った様子だった。
なので、お兄様はここ最近お父様の補佐の傍ら各地に調査団を派遣している。
一応、人相書きをアリスに描いてもらったが、アリスはあまり絵は上手ではないようで、そこまで精巧な絵と言うわけではない。なので、あくまで気休め程度として、それとは別に特徴を紙に書いてそれを各地で聞いて回るという作戦らしい。
正直、どこにいるかもわからない人を探し出すなんて難しいとは思うけど、国内にいるのであればもしかしたら見つかるかもしれない。
見つかって国で保護すればアリスは帰ってくる。だから、お兄様も必死なようだった。
「またアリスの事を考えていたのか?」
「ええ……せっかく素敵な子を見つけられたと思ったのに……」
私は獣人に対して差別的な感情など一切持っていない。むしろ、この国に蔓延る獣人差別を疎ましく思っている。
弟か妹が欲しいと願うならお父様にお願いするのもいいだろう。しかし、アリスという前例がある以上、どうしても比べてしまう気がする。
もちろん、自分の実の弟妹となれば目一杯可愛がるつもりではあるけど、やはりどうしてもアリスの影がちらついてしまう。
やっぱり、戻ってきてほしいなぁ。
「アリスの探し人はまだ見つからないの?」
「ああ。人間の方はともかく、エルフとなると交流もないからな、探すのは苦労しそうだ」
アリスのお仲間は人間、ホビット、エルフと言う凄く個性的なパーティらしい。種族によって住みやすい場所は変わってくるし、だからこそ探すのは困難を極める。
ここは人間の国だから人間であるカインはまだ探しやすい方だと思うけれど、エルフであるサクラは確かに難しいでしょうね。
「フローラ、よければお前も手伝ってくれないか?」
「私が? それは構わないけど、どうすればいいの?」
「この国から獣人差別をなくすんだ」
この国から獣人差別をなくす。その言葉を聞いた時、はっと息を飲んだ。
そうだ、ここは人間至上主義の国であり、獣人に対する風当たりが強い。そんな場所に獣人であるアリスがわざわざ帰ってきたいと思うだろうか? いや、ないだろう。
アリスが去ってしまったことばかりに気がいっていて、アリスが帰ってきたいと思う場所を作ることを失念していた。
アリスを本当にこの国に迎えたいと願うなら、その下地を作るのは当然の事だろう。
だらだらと憂鬱な気分に浸っている場合じゃない。
「わかったわ! 私、頑張って獣人差別をなくしてみる!」
「お、おう、そうか。まあ、ほどほどに頑張ってくれ」
お兄様が少し引いている気がするが気にしない。
さあ、まずはどこから手をつけるべきだろうか。外交? 説得? 民衆を扇動する人も必要かもしれない。
獣人がただの獣の子でないことを証明するためにも、なにかしらの偉大なエピソードが必要になるだろう。
私は頭の中で色々と案を出しながら、どのようにして政策を広げていくべきかを思案した。
感想ありがとうございます。




