第五百九十話:謎の人物
この世界は、地上とは違って、エリアがきっちり分けられているらしい。
例えば、居住エリアには神様が住むための建物ばかりが置かれていて、生産エリアでは畑が一面に広がっていると言ったように、それぞれのエリアで役割が決まっているように思える。
多分、さっきまでいた町は居住エリアだったんじゃないだろうか。人の気配はなかったけど、お店とかもなかったし、完全に住むためだけの場所って感じがした。
で、今は生産エリアにいる。
まあ、この呼び方は俺が勝手に考えただけで、本当に名前が決まっているかは知らないけど、辺り一面畑で、小麦やらなんやらがたくさん育っているから、とりあえずそう呼ぶことにする。
「食料には困ってないけど、最悪ここで調達できそうなの」
まあ、そこまで長居する気はないんだけど、もし【収納】が使えなくなったとしても、ここで補給はできそうである。
しかし、一向に他のみんなは見つからない。
もう結構な距離歩いたと思うんだけど、見つかるのは時たま存在している黒い靄くらいなもの。
ファーラーからの襲撃すらないし、本当にここは神界なんだろうか。
「まさかとは思うけど、ここがあの異空間みたいな場所ってことないよね?」
クーリャは、あの穴に飛び込めば神界だとは言ったが、ここに着いてからここが神界だと誰かに言ってもらったわけではない。
そう判断したのは、俺のただの想像であり、ここが神界である保証はどこにもないのだ。
それに、音のない世界、そして、白を基調とした世界と言う共通点もある。
分断が容易にできるのなら、こっそり異空間に閉じ込めることも可能だろう。
もしかしたら、ここは異空間で、俺は閉じ込められているのかもしれない。
「うーん、だとしてもどうしようもないけど……」
あの時は、【マルチテレポート】を使用することで脱出することができたが、ここではなぜか転移系のスキルも使うことができなくなっている。
転移できなければ、順当に出入り口を見つけでもしない限り、出ることはできないだろう。
仮にも一度はあの異空間を脱出しているわけだし、ファーラーが対策するのは何も間違ってはいないと思うし。
「でも、イナバさんがいるんだし、それはないのかな?」
みんなをそれぞれの異空間に幽閉したのだとしたら、イナバさんがここにいることがおかしくなってしまう。
まあ、イナバさんは兎だし、あえて分断しなかったって言う可能性もあるけど、それだったらイナバさんはサクラといるのが自然だろう。
ここにいる以上は、何かしら考えが間違っているからだと思う。
やっぱり、異空間ってわけではないのかな。
「……ん? あれは」
と、そんなことを考えながら歩いていると、遠くの方に、誰かが立っているのを見つけた。
金の刺繍がされたフードを被り、ただただその場に立っている人物には、見覚えがある。
そう、あの夢で神様の封印場所を示していた、あの謎の人物である。
その人物は、あの夢と同じように、ある一方を指さしていた。そして、しばらく示した後、その場で忽然と消えていった。
「あ、ちょっ……」
せっかく話を聞こうと思ったのに、結局話せずじまいである。
しかし、あの時と同じと考えると、恐らく示した先には何かがあるんだろう。
それがみんなの居場所なのか、それともファーラーの居場所なのかはわからないけど、今は誘導通りに進むしか手掛かりがない。
多分、悪い人ではないと思う。心の鍵をくれたのもあの人だし、何らかの理由で俺を助けようとしているんだろう。
もしかしたら、封印を免れた神様の誰かかもしれないね。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
示された方向に向かって歩き続ける。
しばらく歩いていると、畑はなくなり、多くの建物がひしめく場所までやってきた。
建物と言っても、これは居住スペースとは違うようで、どちらかと言うと、お店とかの施設が多い気がする。
名付けるとしたら、商業エリアとでも言えばいいのかな。
相変わらず人の気配はないが、このエリアに入ってから、俺の耳はとある音を感じ取っていた。
「この奥に、いそうなの」
それは言うなれば邪悪な気配。
あの靄もそれなりに悪い気配は感じていたが、これはその比にならないものである。
そして、時たま聞こえる笑い声。その声は、明らかにファーラーのものだった。
仲間より先にファーラーの下に辿り着いてしまった。
いや、もしかしたら、ここに他の仲間が集結している可能性もなくはないけど、この感じを見るに、すでに先に戦っているというわけではなさそうな気がする。あるいは、戦っていたけど、すでに決着がついているか。
万全を期すなら、きっちり仲間と合流してから行くべきなんだろうけど、仲間がどこにいるかの情報もないし、万が一にもすでにファーラーと接敵していて、危険な状況にあるとなったら、ここで逃げることは見捨てることになってしまう。
もちろん、耳で感じ取った情報を考えると、その可能性は低そうではあるけど、せっかくファーラーを見つけたのに、ここで逃がすのはどうなのかと言う考えもある。
一番いいのは、俺がここでファーラーを見張りつつ待機し、皆が合流してくれることだけど、そういうわけにもいかないだろう。
一応、ファーラーとは一人で戦う想定もしてきた。パーティで戦うのが基本とはいえ、俺だけでも、やってやれないことはないはず。
だから、ここで退く選択肢はなかった。
「イナバさん、ちょっとここで隠れているの」
「きゅっ……」
これから決戦を始める以上、イナバさんと一緒にいるのは危険だろう。
イナバさんも、一応回避はある程度できるとはいえ、ファーラー戦では何が起こるかわからない。
流れ弾でイナバさんが攻撃されてしまう可能性もあるし、ここで隠れていてもらった方が安全だろうという判断だ。
イナバさんはとても不安そうな顔をしていたが、それでも自分が役立つことはないと思ったのか、最後には頷いてくれた。
頑丈そうな建物を見繕って、そこに隠れていてもらう。後は、ファーラーの下に行くだけだ。
「ふぅ……よし、行くの」
音のする方に向かって、歩を進める。
しばらくして現れたのは、神殿だった。
同じく白を基調として作られた立派な神殿は、荘厳な雰囲気を感じる。
中に入ると、広い空間が広がっており、いくつかの柱に囲まれて、大きな椅子が一つ置かれている。
そして、その椅子には、一人の女性が座っていた。
白の混じった真紅の髪、太陽のような金の瞳、そして、情欲を煽るような扇情的な赤いドレス。
まるで、この世界の王だと言わんばかりに余裕しゃくしゃくと言った様子でくつろぐその姿は、あの時出会った依り代とほぼ同じ姿だった。
「ふふ、いらっしゃい。待っていたわ」
「ファーラー……」
ファーラーは、体勢を崩さないまま、こちらを見下ろしてくる。
ついに、ファーラーの本体を出会うことができた。後は、こいつを倒すだけである。
俺は気を抜かないように警戒しながら、戦いの準備を整えた。
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