第五百八十八話:分断
クーリャの案内の下、俺達は神界の入口へとやってくる。
今まで行った中では一番高い、霊峰スタルの山頂よりもはるかに高い位置にあり、防寒着がなければまともに滞在するのは難しい場所だ。
まあ、それでも、きちんとした装備をしているのと、俺達のレベルが高いせいか、ステータスの暴力である程度は解決できているようである。
空気が薄いのも、ちょっと違和感はあるけど、そこまで気にはならないし。
「ここですね」
ある程度進んだところで、止まる。
見た目には、特に何かあるようには見えない。周りは何もなく、ただ単に空が広がっているだけだ。
しかし、クーリャがひとたび手をかざすと、目の前に亀裂のようなものが現れる。
隙間から光が溢れ出してきており、直視するには目が痛い。
こんなの、まともに探していたら絶対見つからないだろうな。
「本来は、入り口と言うより出口なんですけどね。でも、正規の方法で入るよりは、こちらの方が意表を突けるかもしれません」
クーリャが言うには、きちんとした入り口と言うのはまた別に存在するらしい。
今目の前にしているのは、神々が地上の依り代に降りる際に通る場所であり、あちこちに点在するもののようだ。
神様によって、使う場所が違うため、ここから入るなら、もしかしたらファーラーに察知されずに入ることができるかもしれないという理由もあるようだ。
確かに、いくら権限があって自由に出入りできる場所でも、待ち伏せとかされたら堪ったものではないしね。
なるべく相手の裏を突くような行動をしないといけない。
「アリス、ここに手を入れてみてください。そうすれば、道が開くはずですよ」
「わかったの」
言われるがままに、亀裂の中に手を伸ばす。
光に溢れていて、何があるかわからない場所に手を突っ込むのはちょっと怖いけど、闇の中に手を突っ込むよりは精神的な不安は少ない。
俺が手を突っ込んだ瞬間、光はより一層強い輝きを見せ、思わず目を閉じてしまう。
しばらくして目を開けると、そこには先程のような亀裂ではなく、大きな穴が開いていた。
「これで通れるでしょう。スターダスト様の権限もありますし、全員問題なく入れるはずです」
「いよいよなの」
ここに飛び込んだら、いよいよ神界である。
神界と言う存在自体は知っているが、入ったことはもちろんない。
そもそも、神界は神様しか存在できない場所であり、一般人が入れるような場所でもないからね。
果たして、一体どんな光景が広がっているのか。そして、ファーラーはきちんといるのか、少し緊張してきた。
「みんな、準備はいいの?」
「俺はいつでもいいぜ」
「私もです」
「私も」
「……サクラはほんとにそれでいいの?」
「え?」
みんなが気合ばっちりな返事をしてくれる中、水を差すのはちょっと申し訳ないのだけど、俺の目線はサクラの胸元に行っていた。
正確には、サクラが抱えているイナバさんにだけど。
そう、いつもサクラはイナバさんを抱えていたが、今この場にもきっちり連れてきていたのだ。
いや、別にイナバさんがいたところで、サクラの戦い方なら支障はないと思うけど、それでも両手が塞がるのは何となく不安じゃないだろうか。
それに、イナバさんを連れて行ったところで、イナバさんにできることなどない。いくら【ダンサー】のスキルを多少取得しているとはいっても、兎の体では相手の攻撃を避けるくらいしかできないだろう。
そういう意味では、置いていった方がいい気もするけど……。
「あ、いつも抱いてるから気が付かなかった」
「……まあ、サクラがそれでいいならいいけど」
イナバさんの安全を考えると、置いてきた方がいいのかもしれないけど、今更戻ってって言うのは、なんとなくやりたくない。
せっかく気合が入っているのに、それを邪魔するのもなんだか申し訳ないし。
出発時点で気づかなかった俺のせいでもあるし、ここは責任もってイナバさんを守りながら戦うしかないかもしれないね。
「こほん。それじゃあ、改めていくの」
俺は今一度みんなの意思を確認した後、光の穴の中へと入っていく。
全身を光に包まれ、目を開けていることすら難しい。
本当にこの先に神界があるのか不安になってくるが、今更それを気にしても仕方ない。
目を細めながら進むことしばし、ようやく光が収まってくる。
そこに広がっていたのは……白を基調とした建物が立ち並ぶ、静かな街並みだった。
「ここが、神界……」
神界の情報はほとんどなかったため、もし神界を出す場合にはゲームマスターの想像によって補完されることが多かった。
しかし、こうしてきちんとした街並みが広がっているのを見ると、ちょっと感慨深いものを感じる。
俺の想像していたものとはちょっと違うけど、やはりスターダスト様とか他の神様によって作り上げられたものなんだろうか。
「とにかく、ここからは敵陣なの。みんな、気を引き締めていくの」
ひとまず、ちゃんと入り込めたことだし、警戒するに越したことはない。
そう思って、皆に呼び掛けたのだが、いつまで経っても返答はなかった。
「……みんな?」
おかしいと思って振り返ってみると、そこには誰もいなかった。
カインも、シリウスも、サクラも、そしてクーリャでさえ。
確かに、一番最初に光の穴に飛び込んだのは俺だが、まさか続いて入ってくれなかったなんてことはないだろう。
ここに現れるまでにラグがあるのかとも思ったが、しばらく待って見ても誰かが現れる様子はなかった。
「……もしかして、分断された?」
考えられる可能性としては、それしかない。
今回の侵入は、ファーラーに悟られないように、あえて正規でない入り口から入ったわけだが、もしかしたらそれを見越して先手を打たれていたのかもしれない。
『スターダストファンタジー』において、単独で行動するのはあまり推奨されるものではない。
アタッカー、タンク、ヒーラー、バッファーなど、それらが集まって初めて真の強さを発揮するからだ。
もちろん、今の俺達のレベルはめちゃくちゃ高いし、個々の力もかなり高いから、単独での行動も悪いわけではないけれど、流石に神界と言うアウェーな場所で分断されるのはかなり危険なことである。
まさか、ファーラーはここまで読んでいたんだろうか? 俺達が神界に焦って突撃してくることも、正規でない入り口から入ってくることも。
だとしたら、相当に頭が切れる。ちょっと甘く見過ぎたかもしれない。
「とにかく、早く合流しないと」
カインやサクラはアタッカーだからともかく、シリウスは一応攻撃手段を獲得したとは言っても、本来はヒーラーと言う後衛職である。
クーリャも、今のファーラーの力を考えると危険だし、早いところ合流してみんなの安全を確保しないとまずいかもしれない。
まさかいきなりこんな展開になるとは思わなかった。みんな、無事でいてくれよ。
俺はひとまず、闇雲に走り出した。
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