第五百八十七話:出発の時
「アリス、地上の戦力はどんな感じだ?」
「魔王が出てきた地域を中心にしているから、ばらつきはあるけど、大体みんなレベル30は超えたの。もちろん、非戦闘員はその限りではないけど」
「アリスさんが上げてレベル30なら、並の魔王程度なら対処できそうですね」
「そんなに強いの?」
「この世界のレベル30ならともかく、アリスが調整して上げた30なら十分強いだろうよ。スキルも覚えさせてんだろ?」
「うん。主に防御系だけど」
この世界の人々のレベルは、俺達のキャラがいた世界である『スターダストファンタジー』のレベルとは少し異なる。
と言うのも、レベルアップ時に貰えるボーナスが存在せず、さらにクラスにも着けていないので補正が貰えず、著しく能力値が低いためだ。
それを、俺がクラスを与えて、レベルアップ時のボーナスもきちんと加えて育てたのだから、このレベル30は、この世界の人で言うところのレベル150とかに相当すると思う。
魔王を相手取るのに最低限必要なレベルは10くらい。きちんと勝つことを意識するなら、20は欲しいだろうか。
もちろん、これは最低限と言う意味ではあるけど、そう考えると、レベル30と言うのは、十分すぎるほどに強いのである。
ただ、生存を優先したため、攻撃系のスキルはほとんど教えていないのが現状である。
生き残るだけだったら、【状態異常無効】や【HP自動回復】なんかで十分に耐えることは可能だろうけど、攻撃スキルはこの世界由来のものになるから、そんなに火力は出ない。
そう考えると、ちょっと厳しいのかなと思わないでもない。
「俺達の勝利条件は、ファーラーを倒すことだ。その時、魔王がすべて倒されていることは絶対に必要な条件じゃない。なら、耐えられさえすれば、問題はないわけだ」
「他のプレイヤー達もいますし、地上の魔王は彼らに任せて、こちらはファーラーに注力する、と言うのもありかもしれませんね」
「魔王の出現速度はかなり上がっているみたいだし、早いところ対処しないと間に合わなくなるかも。だったら、すぐにでも神界に行くのは間違いじゃないのかな」
ファーラーと魔王の関係はよくわからない。
ファーラーが魔王を復活させて、意図的に世界を破壊しようとしていることはわかるが、魔王がいくら相手が神様とはいえ、言うことを聞くかと言われると微妙なところだ。
だから、もしかしたら、魔王達はファーラーに利用されているだけで、協力関係ではないのかもしれない。
そう考えると、ファーラーを倒したところで魔王は止まらない可能性もあるが、なんにしても、元凶であるファーラーを止めない限りは、また別の手段で世界を滅ぼされる可能性がある。
もしかしたら、魔王の無限沸きはファーラーが関わっている可能性もあるし、現状を打破するためにも、やはりファーラーを倒す必要がある。
「なら、地上の戦力は他のプレイヤーとドラゴン達に任せて、私達は神界に向かうの」
「オッケー。いよいよだな」
神界への道は、空中にある。
本来なら、閉じられたその道を強引に開く必要があったが、それに関してはクーリャの許可、そしてスターダスト様の権限によって難なく突破することが可能になっている。
だから、後は純粋にファーラーを倒せるかどうかと言う話だ。
『スターダストファンタジー』では、神様のステータスは存在しないため、どんな強さなのかはわからない。
依り代の強さなら、クーリャの強さからある程度は予想が立つけれど、本来はどうかわからない。
だから、ここは行き当たりばったりでいくしかない。
なに、ほぼすべての耐性スキルを取得しているし、すべての攻撃属性も完備している。防御も攻撃も、十分すぎるほどに用意してきた。
それは、弱体化していたとはいえ、粛正の魔王をほぼ一人で突破できるほどである。
であれば、後は戦うだけだ。
「各地のプレイヤーに通達しておくの。私達は、これより神界に突入するの」
【テレパシー】でみんなに伝えると、みんな頑張ってくれ、とか、後は頼んだ、とか、激励が飛んできた。
プレイヤー達はよくやってくれている。一緒に魔王を倒すのに協力してほしいという俺の願いを聞き入れてくれただけでなく、こうしてきっちり戦ってくれているのだから。
いくら強い力を持っていても、粛正の魔王と言う、強力な魔王と戦うにはリスクが付きまとう。
本来なら、怖気づいて逃げ出してもいいはずだ。
それでも、皆は戦ってくれている。
もちろん、プレイヤーだけでなく、元々はこの世界の住人だったシュライグ君とかイグルンさんとかも同じだ。
みんなの協力があるからこそ、俺達はこうして任せて進めるのである。
みんなの協力を、ここで無に帰すわけにはいかない。
「それじゃあ、クーリャ。案内してほしいの」
「わかりました。あ、皆さん飛べますよね?」
「もちろんなの」
「それなら大丈夫ですね。こっちです。ついてきてください」
そう言って、クーリャは窓を開ける。
そこから行くのかと思わないこともないけど、まあ、空を飛んでいくなら別にいいのかな?
俺は、今一度装備を確認する。
アイテムも、きちんと用意されている。何も忘れ物はないはず。
「それじゃあ、さっそく……」
「アリス様、いらっしゃいますか?」
「うん?」
と、そこで扉がノックされた。
今は、俺の部屋で相談のためにみんなに集まってもらっていたけれど、ここにいることを知らせていたわけではない。
そもそも、ここ最近は、世界中を回るのに忙しくて、城に帰ってくる暇もなかったしね。
だから、このタイミングで部屋をノックする人がいるのは意外だった。
俺はみんなに目配せをした後、扉を開ける。そこには、ナボリスさんとファウストさん、そしてアルマさんが立っていた。
「みんな、どうしたの?」
「よかった、ようやく捕まりましたね」
「世界の危機だと言って、ここ最近はずっといなかったようだからな。話す機会がなかったのだ」
「その様子だと、今から乗り込むつもりだったのかしら?」
口々にそういう三人。
一応、世界の危機だということは、この三人にも伝えてあった。特に、ナボリスさんに関しては、ポータルのことも知っているし、俺やみんなが世界中を回っていることも知っている。
しかし、この元凶がファーラーであるとか、それを止めるために神界に乗り込もうとしているだとか、そういうことは話していないはずだった。
でも、明らかにみんな知っている様子である。いつから気が付いていたんだろうか?
「今更止める気はない。むしろ、神と言う強者を相手にできるのだから、存分に楽しんで来いと言いたい」
「私達にはこうして見送ることくらいしかできませんが、どうか、世界を救ってくださいませ」
「アリス、あなたならできるわ。あなたは、この世界で一番強い人なんだから」
「みんな……」
どうやら、俺達が神界に行くことを察知して見送りに来たようだ。
なんか、決戦前の最期の会話みたいになってしまったな。
死ぬつもりは毛頭ないけど、こうして託されたのなら、ますます負けるわけにはいかんくなった。
俺はふっと笑って、胸を叩く。
「任せるの。大船に乗ったつもりでいるの」
みんなの思いを胸に、俺達は神界へと出発する。
果たして、ファーラーを止めることはできるだろうか。
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