幕間:武器鍛冶の葛藤
【ブラックスミス】の商人、ラズリーの視点です。
世界は今、とんでもないことになっているらしい。
カインさんが知らせに来てくれたけど、今世界では数多くの魔王の出現の兆候が見られていて、現在はそれに対抗すべく、世界中の人々に【獲得経験値上昇】というスキルを付与して回っているのだとか。
以前は、魔王を倒すのに協力してほしいみたいなことを言われた気がするけど、まさか複数出てくるとは思わなかったし、世界規模の戦いになるなんて思ってもみなかった。
こんなことなら、私もレベルを上げておいた方がよかっただろうか。
私にできることは、せいぜい武器や防具を作るくらいである。
「ラズリーさん、できることなら、大量に武器や防具を作っていただけませんか?」
「それは構わないでちが、みんなに配る気でちか?」
「はい。流石に、レベルが上がっても、武器がなければ意味がないでしょうし」
ただ、そんな私でも、役に立つことはあるようだ。
以前は、クリーのためにとびっきりいいナイフを作ってくれと言われたが、今度は世界中の人々の武器や防具を作ってくれと言う話である。
商人としては、ここできっちりお代をいただいておくべきなのかもしれないけど、今は非常事態。流石に、そんなことを確認している場合でもない。
幸い、材料であるミスリルは大量に確保している。素材さえあれば、武器を作ること自体は容易だ。
後はどう運ぶかだけど、それに関してはカインさんや、他のプレイヤーの人達が何とかするらしい。
まあ、皆レベル上げをしたようだし、【収納】の容量は十分あるだろう。
移動自体も、ポータルがあるのだからそこまで苦ではないはず。後は、上手く配れるかどうかの話だ。
「わかったでち。すぐに用意するでち」
「よろしくお願いします」
さて、これは忙しくなってきたな。
今は、商業ギルドのギルドマスターとしての仕事もあるので、そんなに武器も作っていなかったけど、久々に本気を出さねばならない。
私は部下を呼んで、商業ギルドの仕事を一時任せる。
「みんな、仕事でちよ」
「ラズリーさん、急にどうしたんですか?」
「どうもこうも、世界のピンチでち。倉庫からありったけのミスリルを持ってくるでち。片っ端から作るでちよ」
まあ、片っ端とは言ったけど、作るのは主に剣とかでいいだろう。
誰でもそれなりに扱えて、外れが少ない武器である。
他には槍とかこん棒とかがいいだろうけど、槍はともかく、ミスリルのこん棒って贅沢だなと思う。
目を丸くする従業員達だったが、私のやる気を感じ取ったのか、即座に準備を進めてくれた。
付与効果もしっかりしなくてはならないだろうか。量産品にするなら、あんまり強い効果はつけなくていい気もするけど、相手が魔王となれば多少は強い武器でなければ意味がない気もする。
カインさんは、いつまでに必要とは言わなかった。いや、今すぐ必要って意味だったのかもしれない。
であるなら、なるべく無駄は省くべき。とりあえず、攻撃力の高い剣を作るように心がけよう。
私は従業員達が持ってきてくれたミスリルを並べて、【ウェポンコーディネート】を発動する。
幅広い人に使ってもらえるように、攻撃力は高く、且つ取り回しがしやすいを意識して、量産していく。
作ること自体は一瞬で終わる。作る時間がかかるとしたら、それは考える時間だ。
それさえ決めてしまえば、後は単純作業である。
私は次々にできていく武器をそこらへんに置いて、どんどん量産していく。
生産スピードの速さもあって、あっという間に武器や防具の山が出来上がった。
「ふぅ、とりあえず第一陣はこんなもんでいいでちょう。どうやら迎えも来たようでち」
「よっ、ラズリー、武器はできてるか?」
「当たり前でち。さっさと持っていくでち」
「言われなくてもそうするさ。あ、ナイフありがとうな」
「お代は後できっちり請求するでち」
「おいおい、あれはアリスが払ってくれるんだろ? 俺は関係ないだろ」
「まあ、払ってくれるなら何でもいいでち」
取りに来たのはクリーだった。
相変わらず、軽薄そうな男ではあるけど、やる時はやる男だということは知っている。
ただ、あんまり見たい顔でもないので、武器を押し付けて、さっさと店を出る。
まだミスリルはあるが、これから足りなくなることは目に見えている。今のうちに、調達に行った方がいいだろう。
森に入り、シーリンの待つ洞窟へ向かう。
相変わらず、洞窟の外にまで溢れているミスリルを見て、ちょっと呆れるけど、今はそれが必要だから文句も言っていられない。
私が持っていけるミスリルの量にも限りがある。何度かは往復する必要があるだろう。
あんまりやると、怪しまれそうだからやりたくないんだけど、今は仕方ないと割り切るしかないかな。
「シーリン、なんだか大変なことになったでち」
洞窟の奥にいるシーリンは、相変わらず答えない。
それでも、この不安は吐露しておきたかった。
私は、魔王討伐に協力してほしいというアリスの誘いを断った。
私はレベル3しかないし、そんな死ぬかもしれない危険な勝負を挑むくらいだったら、この世界に骨を埋めた方がいいと思ったから。
だから、そんな私が今更になってやっぱり帰りたいなんて言うのは間違っているし、レベル上げをするにももう手遅れである。
結局、私は強い方に味方するコウモリでしかない。ただ利用されて捨てられるだけの、哀れな存在。
そうなることを望んだのは私だけど、いざ世界の危機と言われると、罪悪感もある。
私も戦った方がいいのではないか、もっと協力した方がいいんじゃないか。
こうして武器を作っているけど、果たしてそれだけで貢献できているのだろうか。
不安の種は尽きない。それを話せる相手は、シーリンしかいなかった。
「あちきは、どうするべきだったんでちか?」
きっと、アリスなら、私が何もしなくても、何とかしてくれるという謎の信頼はある。
けれど、だからと言って全く力を貸さないのはどうなのかと言う疑問もある。
仮に、アリスが勝って、世界に平和が戻ったとして、その時私に居場所はあるのだろうか?
この世界に残るにしても、元の世界に帰るとしても、すでに私に居場所なんてないのではないかという錯覚を覚えてしまう。
こんなこと思うくらいなら、もっと積極的に関わればいいのにね。
「……」
しばらくの間、私はその場を動けなかった。
シーリンだけが、私のことを慰めてくれる。たとえ返事がなかったしても、私にはその声が聞こえる気がするのだ。
だが、いつまでもこうしてはいられない。
私は、臆病者なのかもしれない。けれど、かといって逃げ出してしまいたいとも思わない。
だからせめて、受けた依頼くらいは全うしなくてはならない。
私はミスリルを取って、その場を後にする。
さあ、何本必要なのかわからないけど、いつまでもくよくよしていないで、気合を入れて行かないとね。
感想ありがとうございます。




