幕間:孤独な魔女
森の魔女、ルミナスの視点です。
魔女と言うのは孤独な種族だ。人間と同じ容姿をしているが、種族としては全くの別物で、言うなれば魔女と言う種族である。
魔女はある程度歳をとるとその成長を止めてしまう。ほとんどの場合は20~30代で成長を止めるが、中には80代まで成長が止まらないこともあり、どの程度で成長を止めるかどうかは運である。
私はまだ運がよかった方だ。あんまり年を取りすぎた状態で成長が止まっても、ボロボロの身体では碌に動くこともできやしないだろうからね。
ただ、この成長しない特性のせいで周囲の人間からは悪魔の使いとして敵視されている。
そりゃあ、確かに見た目は同じ人間なのに何年経っても成長しないのは気味が悪いのはわかる。でも、だからと言ってつまはじきにするのは悲しいものを感じる。
これでも遥か昔の時代は私達の魔法や調合した薬などはかなり重宝され、崇められていた時代もあったのだ。それが今では悪魔の使い呼ばわり、愚かなものだ。
なので、魔女はひっそりと暮らさざるを得なかった。数年おきに住む場所を変え、怪しまれないように気を付けながら人間の中で暮らしていた。
しかし、それでもばれる時はばれる。魔女狩りと称して無実の人間もろとも排除しようとする。
だから、結局最後には魔女同士身を寄せ合って山奥でひっそりと暮らす他なかった。
それが今の魔女の形態だ。
私はその形態が一般的になった後から生まれたものだから特に疑問は抱かなかったけど、学びの一環としてそれらを教えられ、やるせない気持ちになったものだ。
それでも、村での暮らしは多少苦しかったとはいえ楽しかったし、人間と積極的に関わる気もなかったので問題はなかった。
……あの時までは。
村に突如としてやってきた怪物。その山では到底生まれないような巨大な化け物が村を襲ったのだ。
魔女は魔法の扱いに長けている。それに、日常的に魔物を倒しているし、時たま人間を装って教会に行っているからレベルもそこそこ高い。しかし、それをもってしてもあの化け物には歯が立たなかった。
今考えても、なぜあの化け物が村にやってきたのかがわからない。山奥とはいえ、麓の方には人間の村や町もある。そこで全く噂になっていないというのは不自然な話だった。
化け物によって村は壊滅。多くの仲間の犠牲と、そして娘の力によって化け物自体は封印することができたが、そこに住むのはもはや無理だった。
それからは失意の日々だ。
仲間を失い、娘を失い、住む場所も失って彷徨う毎日。幸い、お金は少しばかり持ちだせたからすぐに飢えるようなことはなかったけど、新たな住処を探すのは大変だった。
人間の町に住むのは論外。しばらくは大丈夫でも、後に絶対に命を狙われる。ならばどこか山奥に住むかと言われたら、それも難しい。仲間の助けがあるならともかく、私一人の力では完全に魔物の襲撃を防ぐことはできないからだ。
もちろん、生き残った仲間は何人か居たが、私が封印の魔道具を管理していることもあり、皆恐れから誰も一緒には来てくれなかった。
まあ、それは仕方がない。誰かが管理しなければならないものであるし、それならば娘が命懸けで封印したのだから私が管理すべきだ。しかし、いつ封印が解けてしまうかわからない以上、誰も付いてこないのはある意味当然で、そのことで仲間を悪く言うつもりはなかった。
それに、私は元々この封印を解く気でいたからね。
私の娘、ルナサは封印の媒介として共に封印された。つまり、ルナサはまだこの魔道具の中で生きている可能性があるのだ。
もちろん、そうでない可能性もあるし、ルナサ自身も死ぬ気だったと思う。でも、少しでも可能性があるなら、ルナサと会える可能性があるならやってみなければならないと思った。
そうして辿り着いたのが今の森。今ではルミナスの森と呼ばれているようだけど、たまに人間がやってくる以外には住みよい場所だった。
私はここで薬草を採取し、育て、調合した薬を近くの町で売り、細々と暮らしながら封印の魔道具に魔力を注ぎ込み続けた。
巨大種をも封じ込むことができる封印と言うのは存外頑丈なもので、一年がかりで魔力を注ぎ込んでもなお封印が解けることはなかった。
動きを封じ込めるための結界や有刺鉄線、魔力が尽きても戦えるように用意した投石器。封印を解いた時に共に復活するであろう化け物を倒すために様々なものを用意した。
もちろん、それで勝てるとも思っていなかった。あの時だって、数十人がかりで封印するのがやっとだったのだ、私一人で勝てるはずもない。
でも、最悪それでもよかった。ルナサに一目でも再び会えるなら、私は死んでもよかった。
生きているかもわからない娘のために封印を解こうとするなんて馬鹿げてると思うかい? ああ、確かに馬鹿げてるだろうね。でも、私にとってルナサはそれだけ大切な人だった。
そうして時が過ぎ、ルミナスの森での生活にも慣れてきた頃、ひょっこりと森に現れたのがアリスだった。
アリスは10歳そこらの兎獣人の少女だった。この森には一度入ったら戻ってくることはできないという噂が流れているにも拘らず、危険を冒してまで薬草を探しに来たらしい。
この森に生えるマンドレイクと言う薬草は、確かに薬の効果を高めてくれる貴重な薬草ではあるが、それを探しに子供がやってくるというのは初めての事だった。
恐らく、病気の親を助けるために単身無茶を承知でやってきたのだろう。ここでマンドレイクを渡し、助けてやることは簡単だったが、あまりに軽率に助けて後で噂されても困る。
この森で貴重な薬草が取れると知られたら人間どもは私を討伐しにやってくるだろう。そうなってはまた住処を移さなくてはならなくなる。
だから、友好的に話しつつも警戒は怠らず、ひとまず家に招いた。家には簡易的な結界が張ってある。悪しき心を持つ者なら、それに弾かれてしまうはずだ。
しかし、結果は何も起こらず、弾かれることはなかった。それに、子供ながらに誰かのために一生懸命に薬草を探しに来たその姿勢はとても悪い子には見えなかった。
だからだろう、私はうっかり身の上を語ってしまった。ルナサの事、化け物の事、封印の事。それを聞けばどんな反応を示すのか見てみたかった。
返ってきた答えは、助けたい、だった。あろうことか、化け物の危険性をわかっていながら、ルナサのために力を貸すと言ったのだ。
私は嬉しかった。人族なんてみんな人間と同じようなものだと思っていたから、獣人であろうときっと魔女を差別するだろうと思っていた。それなのに、魔女だと明かしても嫌悪感を示すことなく、協力を惜しまないという。
こんな素直で優しい子を巻き込むわけにはいかない。私は何度かやめるように説得したが、結局やるという一点張りで意見が変わることはなかった。
私はせめてこの子だけでも守ってあげようと思った。しかし、結果はどうなったかと言うと、圧勝。アリスの放った矢によって化け物の頭は弾け飛び、一瞬にして勝負はついてしまった。
確かに、子供にしてはレベルが高いなとは思っていた。私よりは低くとも、私はすでに100年ほどを生きている。最近はほとんど更新していなかったとはいえ、この年でレベル40を超えているのは凄いことだ。
でも、だとしても、あの化け物には遠く及ばないはずだった。私は村ではまだ新参者の方であり、私よりレベルの高い人はたくさんいた。それでもなお、倒せなかったような相手なのだ。
信じられないことだったが、それと同時に喜びが湧き上がってきた。これでルナサに会うことができると。
しかし、そこにルナサの姿はなかった。恐らく、封印と同時に体を失ったのだろう。媒介となったのならその可能性は極めて高い。
所詮、現実なんてこんなものだ。そう失意の底に暮れていると、アリスは私の肩を叩き、まだ諦めるのは早いと言った。
すでにルナサはこの世にはいないのに、まだ諦めるのが早いとは異なことを言う。しかし、もしその言葉が本当だとしたら私は諦めるわけにはいかない。
一縷の望みを託してアリスの言う通りにしてみると、どうだろう。次の瞬間にはアリスが子供のように泣きじゃくって私に抱き付いてきた。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。でも、なんとなく察することができた。
アリスの顔にルナサの面影を見たからだ。
もちろん、アリスとルナサは顔は全然似ていない。でも、不思議とそう感じたのだ。
それから、ルナサの魂をアリスの身体に降ろしたのだと聞いて仰天したものだ。魂を身体に降ろすなど、そんなのもはや死霊術の域である。いや、死霊術でもこんなことできるのかわからない。少なくとも、これが表に出してはいけない禁忌の術の類なのだとわかった。
獣人は人間と比べて魔力が少なく、あまり魔法が使えない。にも拘らず、このような術を使えるということは、代々秘術を守る家系か後ろ暗い過去を持つ者だろう。
本来なら、禁術を使う者を生かしておくわけにはいかない。でも、私はそんな気には全くならなかった。
どういう形であれ、ルナサとまた対面させてくれた恩人にそんなことできようはずもない。それに、アリスならばその力を悪用することもないだろう。
アリスを通してルナサと会えただけでも嬉しかったのに、さらに器があればルナサの魂をそれに移すことができるという。
私は真っ先に以前ルナサに贈ってもらった人形の事を思い出した。もうかなり古いものなのでボロが目立ってはいるが、それでも思い出深い品には変わりない。
アリスはこれを了承すると、すぐさま人形にルナサの魂を移した。するとどうだろう、人形が意思を持ったかのように動き出したではないか。
「……おかあ、さん?」
口も動かず、表情も変わらないけれど、その声は紛れもなくルナサのものだった。
ルナサが帰ってきてくれた。私はそれだけで心がいっぱいになり、気づけば人形を抱きしめていた。
アリスにはいくら礼を言っても足りない。私の長年の悲願を成就させてくれた大恩人。姿こそ違うけれど、ルナサと再び出会わせてくれた人。
アリスは急がなくてはならないとマンドレイクを持って早々に旅立ってしまったが、折を見てルナサのちゃんとした体を作ると約束してくれた。
人体練成までできるとなるといよいよ何者だと言った感じだが、もはやそんなことは気にならなかった。
ただただ、ルナサと再会できたことが嬉しくて、涙を流した。
「お母さん、大好きだよ」
「私もだよ。もう二度と、無茶な真似はしないでおくれ」
「大丈夫だよ。この姿じゃそんなことできないし」
あれから人形となったルナサとの共同生活が始まった。
人形であるルナサは魔力を全く持たないようで、以前のように魔法を使うことはできなくなっていた。しかし、その技術力は健在であり、どこから持ってくるのか適当な道具を使って簡易的な魔道具をいくつも作り上げていった。
元々かなり質素な暮らしをしていたが、それのおかげでだいぶ暮らしやすくなったことだろう。私はルナサさえいてくれたら後は何もいらなかったが、ルナサとしては今まで心配かけた分恩返しがしたいらしい。
人形の身体では大変だろうに、手伝いもよくしてくれる。本当に、よくできた子だよ。
「お母さん、これからはずっと一緒だよ」
「ああ、もちろんさ」
今日も誰も来ない静かな森の中でルナサとの生活は続く。
願わくば、この幸せがいつまでも続きますように。
感想ありがとうございます。
 




