幕間:わずかな違和感
ネームドドラゴン、アウラムの視点です。
世界の終わり。それは、粛正の魔王によってもたらされる、時代の粛正。
この世界には、魔王と呼ばれる者は数多く存在するが、中でも粛正の魔王は別格の存在である。
多くの魔王が、人々の負の感情から生まれるのに対し、粛正の魔王は人々が生きたいと願った結果生まれるものである。
人々が、この世界は自分が生きるには辛すぎる、もっといい世界がいいと望むからこそ、生まれる者。
しかし、そんな願いとは裏腹に、粛正の魔王はすべてを破壊し尽くし、文字通り時代を粛正する。
ある意味では、バグのような存在なのだろう。生きたいと願うからこそ、世界が終わるなんて、どう考えてもおかしいのだから。
しかし、神はそれを正そうとしない。気づいていないのか、それとも気づいた上で無視しているのかはわからないが、神はそれを正常なシステムとして受け入れている。
確かに、世界の運営をするにおいて、リセット機能は必要である。
どうしようもない方向に進み、制御が利かなくなった世界を正すには、一度リセットするほかない。
だから、そのための機能として、粛正の魔王が存在するのは理解できる。
しかし、理解できるからと言って、受け入れられるかと言われたら別だ。
神々は神界に住んでいるが故に、時代の粛正の被害を受けない。
蹂躙されるのは地上だけであり、神界は無傷なのだ。
だからこそ、そんな判断ができるんだろう。考えれば、もっと良くはなるかもしれないが、今の時点で問題ないのだから、変える必要はない。そんな考えが透けて見えるようである。
我らドラゴンも、被害を受けないという意味では、似たような状況ではある。
幻獣界へと逃げ込めば、地上がどうなろうと、無傷で生き抜くことは可能なのだから。
だが、だとしても、地上の生き物を見捨てることはできなかった。
他の多くの幻獣も同じ考えだろう。彼らは、地上を愛するが故に、地上を見捨てることができない。
中には、単純に逃げ遅れただけの者もいるかもしれないが、大半は粛正の魔王に立ち向かう強者である。
我らドラゴンの使命は、世界を守ること。そのためなら、たとえ神に牙を剥くことになろうとも、命を賭して戦う。
〈今回の時代の粛正、いかなものになるか、なかなか読めぬな〉
ただ、今回は少々事情が異なる。
元々、粛正の魔王はそこまで出現頻度は高くない。
世界中の人々が願わなければ、本来出現しないような存在なのだ、それこそ、他の魔王によって世界が滅ぼされかけているとか、あるいは世界中で大災害が起こって深刻な被害が出たとか、そういうことでも起こらない限り出現しないものだ。
それが、高々三千年余りで出現するなど、普通はありえない。
だが今回は、裏に神がいる。
前回起きた時代の粛正も、元を辿ればその神によって引き起こされたもののようだ。
我らドラゴンは、時に神の代行者として行動することもある。それ故に、神には一定の信頼を置いていた。
それがまさか、こんな形で裏切られるなんて誰が予想しただろうか。
とにかく、今回の粛正の魔王は味方であり、真なる敵は太陽神ファーラーだということだった。
こうなった以上、世界を守るためにする行動は一つ、粛正の魔王と協力し、世界各地に出現する魔物を掃討することである。
なんだか妙な感覚ではあるが、それが世界を守ることに繋がると信じて、今は行動するしかない。
〈魔王の同時出現、確かに世界の危機だろう。しかし、この違和感は何だ?〉
粛正の魔王、アリスの要請によって、我らは各地で奮戦する人々に加勢することになった。
グレンの話によれば、今、世界中で魔王出現の兆候が見られているのだという。その証拠として、各地で魔物が急増しているのだ。
それは実際に自分の目でも確認したし、確かに魔王が出てきてもおかしくはない。
ただ、本当にそれだけだろうかと思うのだ。
〈アリスを排除するために、一つの場所に集中して出てきている、とは聞いたが、それにしても……〉
聞いた話を鵜呑みにするなら、確かにその通りな気がしないでもない。
ただ、魔王出現の兆候にしては、いささか数が少なくないだろうか?
いや、少ないというより、範囲が広すぎると言った方が適切か。
魔王が出現する際には、その場所に陣地が形成される。魔王の配下である魔族は、魔王が快適に暮らせるように、その土地を整えるのだ。
それは大抵の場合、人間達が作る城と同等の大きさをしているはずである。
魔王が勝利した暁には、その周囲に町らしきものができたりして発展していくことはあるが、出現時点ではそんなものはないはず。なのに、この範囲の広さは、それを考慮しても足りないくらいに広いのだ。
まあ、そのおかげで、人々は初動で多くの戦力を失ったものの、現在は善戦できているわけで、ありがたいと言えばありがたいのだが、どうにも違和感が拭えない。
〈可能性があるとすれば……囮か?〉
一か所一か所の数が少ない代わりに、かなりの広範囲に魔物は出現している。
これを考えると、アリスの持つ戦力や我らの戦力を合わせても、対応するので手いっぱいになる可能性が高い。
これ以上、他の場所で出現しようものなら、その対処はできないだろう。
つまり、その対処できない場所こそが本命と言う可能性だ。
しかし、そんな場所あるだろうか?
世界を滅ぼすことが目的なら、世界すべてがその対象に入ると言えば入る。しかし、そのためだけにこれだけの戦力を出すだろうか。
いや、これだけ忙しければ、アリスも手が離せなくなる。いずれはファーラーを倒さなければならないのだとしても、こう忙しくてはそれは後回しにせざるを得ない。
時間稼ぎ。その可能性もあるかもしれない。
相手は神だ。時間があるのなら、何ができてもおかしくはない。
現在の要は、粛正の魔王であるアリスだ。アリスがやられてしまえば、こちらの戦力はがた落ちすることになり、結果的に世界は滅ぶだろう。
つまり、この時間を利用して、確実にアリスを滅する策を考えている可能性もある。
〈伝えるべきか、否か……〉
正直、これは憶測でしかない。可能性がないわけでもないが、高いかと言われたらそんなことはない。
今回のケースは相当稀、と言うか初めてである。故に、情報量が足りていない。
余計な情報を与えて、混乱させるくらいなら、我らが頑張ってその憂いを取り払えばいいのではないだろうか。
〈戦力は……まだ何とかなる。ここはせめて、迅速に対処して、こちらも時間を作る方がいいか〉
魔物の相手で手いっぱいと言うのであれば、さっさと魔物を殲滅すればいいだけの話である。
魔王がいる限り、魔物は無尽蔵に出現するが、魔王だってタダで魔物を生み出しているわけではない。
きちんと対価はあるはずだし、それを底をつかせてしまえば、魔物はもう出現しなくなる。
あるいは、魔王本体をさっさと叩くのでもいいだろう。
これだけ魔物が出現しているのだから、魔王が出現するのも時間の問題である。であるなら、出現した途端に倒してしまえば、時間稼ぎなど関係ない。
魔王が出現したら、なるべく早く位置を特定し、報告するように努めるとしよう。恐らく、それが最善の手だ。
世界の命運をかけた戦い。果たして、勝者はどちらになるのだろうか。
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