第五百七十七話:夢が示したもの
「夢、ですか」
「うん。クーリャは、何か心当たりはあるの?」
「とりあえず、その夢に出てきた人はどんな姿だったんですか?」
クーリャに夢の話をすると、その詳細を聞いてきた。
姿ならそれなりに覚えている。ただ、あまり特徴と呼べるものはない。
というのも、その人物はフード付きのローブのようなものを纏っていた。おかげで、体格も、表情すらも読むことはできなかった。
強いて言うなら、ローブにはところどころに金の刺繍がされていたけど、それだけじゃ大した特徴とは言えないだろう。
それらを伝えると、クーリャは腕組みをしてうーんと首を捻った。
「流石にそれだけじゃわかりませんね。確かに、神々は時に人の夢に入り込んで、啓示を行うことはありますけど、そもそも今の神界にそんなことをする神はいないでしょうし」
神様は、神託と言う形で人々に言葉を伝えることがある。
それと同じように、人々の夢に入り込んで、天啓を授けることもあるようだ。
そう言った形で現れる夢は、起きても忘れることなく、その人物の頭に残り続ける。今の俺と同じような状況なわけだ。
だから、誰かしらの神様が啓示をしたということも考えられるけど、現在それができる神様の中で、俺に対してそんなことをする神様などいない。
まさか、ファーラーが直接宣戦布告しに来たってわけでもあるまいし。宣戦布告と言うような内容でもなかったしね。
だから、これには天啓は関係ないはず。
あるとしたら、アリスとしての意識が影響した形とかだろうか?
今でこそ、俺に主導権を明け渡して大人しくしてくれているけど、アリスとしての意識は今も俺の中にいる。
それも、前のように眠っているとかじゃなく、きちんと起きている状態でね。
だから、その意識が強く入り込んだ結果、それが夢と言う形で現れたのではないか、と言うことである。
まあ、それだと、あの異空間を知らないはずのアリスがなぜそんな夢を見るのかと言う疑問が残るけど。
「気になるのなら、行ってみたらいいんじゃないですか? あそこにも飛べますよね?」
「まあ、行こうと思えば」
あの異空間は、ファーラーが作り出した牢獄のような場所ではあるけど、別に移動を阻害する要素があるわけではない。
もちろん、この世界とは隔絶された場所にあるのは確かなので、空間移動系のスキルがなければ脱出は不可能だけど、逆に言えば、それさえあれば割と行き来は簡単である。
まあ、すでにファーラーもあの空間から俺やクーリャがいなくなっていることは把握済みだろうし、セキュリティを強化している、あるいは、空間そのものを破壊している可能性もなくはないけど。
そう考えるとちょっと不安ではあるけど、この夢をただの夢として放置しておくのは何となく違う気がするし、もし出られなくなっても、その時はまた新たなスキルを作って脱出すればいいだろう。
「なら、私も行きます。もしかしたら、姉が待ち構えているかもしれませんし」
クーリャは基本的に、俺から離れるつもりはないようだ。
まあ、その方が心強いし、二人なら不測の事態に対処できる確率も上がるだろう。
大抵のことは、クーリャのクリティカルで何とかなると思うし。
「それじゃあ、さっそく行くの」
俺は、【マルチテレポート】を取得し、クーリャと共にあの異空間へと飛ぶ。
そこは、相変わらず色のない世界だった。音も聞こえず、とても寂しい世界である。
見たところ、何も変わっているようには見えない。変わっているところがあるとすれば、俺の姿が光の玉ではなくそのままの姿であることと、モニターがないことくらいだろうか。
一度脱出して、きちんと体を手に入れたから、今は魂だけの状態ってわけではないんだろう。
別に、どっちの姿でも移動に支障があるわけではないので、問題はないが。
「あれ、階段がなくなってるの?」
降り立った場所は、あの時最後に力を手に入れた草原である。
あの時は、ここに地下へと続く階段ができていて、その先で力を手に入れたわけだけど、今はその姿が影も形もなくなっている。
場所を間違えたってわけではないよね?
「あの時の鍵を使えばまた開くのでは?」
「ああ、あれか」
確か、あの階段が現れたのは、以前貰った鍵を捻ったからだったんだっけ。
いまいちこの鍵の仕組みがわからないんだけど、一体何なんだろうか?
とりあえず、鍵を取り出して捻ってみると、すぐに変化が現れる。
目の前に階段が出現し、奥へと続く通路が覗いた。
隠し要素を開くための鍵って感じなんだろうか。まあ、ちゃんと開いたみたいだし、来た損にならなくてよかった。
「さて、何があるのか」
俺とクーリャは、そっと階段を降りていく。
その空間は以前と変わりなく、封印の台座が残るだけの簡素な部屋である。
特に変わったものはなさそうに見えるけど、あの夢に意味があるのだとしたら、この辺りに何かありそうではあるが。
「……あっ」
とりあえず、辺りを調べていたら、台座の一部が外れてしまった。
慌てて元に戻そうと手に取ると、そこにはなにやら文字が刻まれていることに気づく。
こんなところに文字?
確かに台座は立派ではあるが、文字のようなものが刻まれている様子はない。そうなると、この文字は、それとは別の目的で書かれたということになる。
あの夢の人物が示していたのはこれだろうか?
とりあえず、内容を確認してみる。
「ふむふむ……」
言語に関してだけど、かなり珍しい文字だ。
確か、神代語だっけ?
『スターダストファンタジー』においては、遥か昔に使われていた神々の言葉、みたいな説明がされていた気がする。
そう考えると、これを書いたのは神様ってことになりそうだけど、一体誰が書いたのか。
で、内容だけど、どうやら場所を示しているようだった。
ただ場所を示しているわけではなく、この場所に行って、ある方向を向いて進み、また別の場所についたらまた別の方向に、みたいな感じに、とても回りくどく書いてある。
流石に、これを見てすぐにどこのことだということはわからないけど……地上であることに違いはなさそうだ。ところどころにそれらしい描写があるし。
埋蔵金の在り処でも記してあるんだろうか。いや、わざわざ神代語でそんなことを書くはずがない。
これにはきっと、何か特別な意味があるはず。
「この筆跡、姉のものに似ていますね」
「え?」
隣で覗き込んでいたクーリャが、ふとそんなことを言い出した。
え、これファーラーが書いたの? じゃあ、あの夢の人物はファーラーだってこと?
……いや、それはない。仮にあれがファーラーだとして、俺にこんなものを伝える必要はないはず。
それとも、興味を惹かれてやってきたところに罠が仕掛けてあって、それで俺を殺すつもりとかか?
いや、それこそない。罠を仕掛けるにしたって、こんな回りくどいことをする必要は全くないだろう。
そもそも、すでに魔王と言う戦力を整えつつあるのに、こんなことをやる意味はあまりない。
でも、妹であるクーリャが、筆跡を間違えるだろうか。
そりゃ、人間なら多少似ているなと思うくらいはあるかもしれないけど、一応神様だしなぁ。
俺は思わぬ謎に、頭を悩ませた。
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